第三話『後でいいよ』
<旧ホンレス 現『合唱軍』の本拠地>
ベッドに横たわるエイドスをシーベルトは心配そうに見つめている。
エスペルがよく絞ったタオルをエイドスの額に置いた。
アーノルドの奇襲を受けて『合唱軍』は疲弊していた。何年も前から計画していたホンレス襲撃を実行に移し、体力的にも精神的にも皆疲れが溜まっていたのも大きい。
アーノルドの身体が消滅した後、残ったのはボロボロになったエイドスとガイアだけだった。
両者共に重度の火傷と打撲で数週間行動不能。
やろうと思えば、直ぐに二人を行動可能にすることも出来るが、あえてシーベルトは自然に治るのを待っている。
(まあ・・・ホンレスを奪えただけで上出来だからな・・・しかも誰も死ななかったし・・・)
コーヒを嗜みながらシーベルトはため息をつく。
「さて・・・とりあえずは一件落着ってところですね・・・」
エスペルも新しい眼鏡探しから帰ってきた。淹れたてのコーヒーを片手に、シーベルトの前に座った。
「それで次はどうするんだ?」
どこからかヨルダも現れる。しかし午後のコーヒーブレイクを嗜む二人とは違い、その手には酒が入ったとっくりを持っている。
「そうだな・・・とりあえずはアイシュムとエイレに向かった皆んなを待たないと・・・そのあとは、仲間探しかな・・・?」
確認するようにシーベルトはエスペルに伺い立てる。
やはりエスペルがこの組織のリーダーでなのではないかと、ヨルダは思った。
「そうですね・・・今回は上手く行きましたが、もう二度と同じ作戦は通用しないでしょう。ほぼ確実に次は調停委員会が出てくる。今の私達が『魔導士』と遭遇したら終了ですから。まずは戦力の増強が第一です」
「『魔導士』ねぇ・・・何人いようがあいつには勝てるとは思えねぇが・・・」
ヨルダが天を仰ぐ。この中で『魔導士』とまともに会話したことがあるのは『運命』であるヨルダだけだ。
故にヨルダの意見は、シーベルト達にとっては文字通り生死を分ける情報だ。
『魔導士』・・・七大厄災の一人であり、同時に調停委員会に所属する魔術師。厄災を監視する厄災である。
「しかしお前ら・・・行動に移すのが早すぎたんじゃねえか? 普通はもっと強くなってからじゃないと調停委員会に・・・世界に喧嘩は売らないだろ」
「大丈夫、大丈夫。最終的には良い感じに終わりますよ。絶対!!」
「後先考え無しかよ・・・」
眩しい笑顔でシーベルトは両手でブイサインを作る。それが今回の勝利を祝ってなのか、それとも世界の平和を願って作られたのかは誰にも分からない。
「・・・しっかりとした理由はありますよ。いずれ調停委員会はさらなる戦力を保有するという情報が入ったからです。万が一そうなっては私達の勝ち筋が一切無くなる。行動に移すなら早い方が良いと思ったのです。まあ・・・それでも少し早すぎましたね。その情報の通りになるのもも数年後か数十年後か曖昧ですし・・・」
横で呆れたようにエスペルが説明を始める。
ヨルダにとって見慣れた光景だ。シーベルトが考えなしに発言をし、それにエスペルが補足する。
なんだかんだ言って、仲が良い二人だとヨルダは思った。
「それで・・・新しい仲間の候補はあるのか?」
「とりあえず数人にはもう唾をつけてあります。あとはまあ、リーダー次第ですね」
エスペルがシーベルトの方を向く。それを受けてシーベルトは待ってましたと言わんばかりに、演説を始めた
る。
「そうそう、仲間候補なんだけど。この人達とかどうかな?」
どこからかシーベルトは新聞を取り出した。
エイレ共和国の北東に位置する国、ラマヌン発行の新聞だ。
見出しには大きな文字で『勇者、またも国を救う』と書かれている。
大陸最大の宗教『アノン教』の総本山はラマヌンにある。そして勇者とはアノン教に属する戦士なので、ラマヌンの新聞は度々こんな感じだ。
「まさか・・・新しい仲間って勇者か?!」
ヨルダの声がホンレスの廃墟に響き渡る。
今回ばかりは擁護できないと言った顔でエスペルは、シーベルトを睨みつけた。
「勇者は無理と言ったでしょう。だから勇者の足止めのために、エイレにも魔物達を向かわせたんですから・・・いいですか?彼らの大元は宗教、ある意味私達の目標から最も遠い存在なんですから。それに勇者はヘイロスの地雷でしょう?」
エスペルの説教にシーベルトはむくれる。
「だ〜か〜ら〜 早とちりはやめてっていつも言ってるじゃん。僕が言ってるのはコッチ!!」
シーベルトは新聞の右下を指さす。大見出しに埋もれ、小さい文字である殺人事件について書かれていた。
小さな村の小さな教会で起こった、小さな事件だ。
見出しは『アノン教牧師 殺害 犯人は反勇者組織か』
「反勇者組織・・・アノン教の敵対組織ですか・・・」
「敵対組織って言っても実際はただのチンピラの集まりらしいけどね・・・」
「どういった狙いですか、リーダー?」
「狙い・・・? そんなの考えるのは後で良いよ。というかエスペルが言ったんじゃないか。アノン教はある意味僕達の真逆に位置するって。真逆の真逆は僕達の味方だ!」
「確かに・・・接触する価値はあるかもしれませんね」
「それじゃ皆んなが集まったら早速会いに行こうか!!」
シーベルトがティーカップを掲げる。つられてエスペル、ヨルダもそれぞれ自身の飲み物を掲げる。
「それでは平和な世界に!!」
「私達の勝利に」
「全ては運命の女神のために」
「「「乾杯!!!」」」
軽快な音がホンレスの瓦礫に染み渡った。
しかしそんな矮小な音が街に響き渡ったのはほんの刹那の刹那だった。
瞬間。ホンレスの街に、『合唱軍』の寝床に数個の巨大な影が落ちる。
時刻はおよそ午後三時。だと言うのに辺りは夜のように真っ暗だ。当然である。家の数倍もある大きさの火球が空を覆っているのだから。
「エイドス!!! 起きなさい!! 起きなさい!!」
持っていたカップを投げ出してエスペルはエイドスを叩き起こす。未だ満身創痍のエイドスだが、それでもエスペルも表情を見て事態の緊急性を察した。
恐怖からか、それとも火球による気温の上昇か。椅子から一歩も動いていない、否、動けないシーベルトの首筋には滝のような汗が流れている。
地面に投げ出されたエイドスがその視線を送り、魔術を霧散させる。
ジュワァと言う音を出しながら、シーベルト達の頭上の火球は消滅する。
そしてホンレスの街が轟音と共に揺れる。
エイドスの視界に収まり切らなかった火球達が街に落ちたのだ。
遠方で落ちたはずの火球の熱波と衝撃がシーベルトを椅子から転げ落とした。
「なんだ?なんだ?なんなんだぁ!!??」
騒音で目を覚ましたガイアがベッドから落ちた。ここまで最悪な目覚め方も珍しいだろう。
「来たか・・・『魔導士』!!!」
「そうか〜 ついにきたって感じですね・・・・流石にチビったな・・・・」
一瞬で焦土と化したホンレスの街をシーベルトはただ呆然と見つめる。
心ここにあらず、と言うよりは、強大すぎる力に感動しているようだった。
「すごいですね。僕達が何年もかけて成し遂げた事をこうも簡単に・・・」
「と言うか『魔導士』が来てるんなら逃げなくて良いのかよ!?」
おぼつかない足でカルドスは立ち上がろうとする。
「いや・・・『魔導士』がここまで来てるとすれば、こんなものじゃありません。おそらくこの魔術はネステムから撃たれたものです」
「は・・・? ここからネステムまで何百キロあると思ってるんだよ? しかもあんな質量の魔術だぞ!?」
「『魔導士』・・・魔術だけで世界を滅ぼせると言われた七大厄災です。こんな事はあの人にとって初級魔術と同じなんですよ。あなたもいずれ相対したら嫌というほどわかるはずです」
歯痒そうにエスペルが言い放つ。
「そうそう。俺達がこれから戦う七大厄災は全員このレベルだ。まあ一応『魔導士』が頭ひとつ飛び抜けてるが・・・それでもこのくらいで心折れないでくれよ、リーダー」
酒を飲み干したヨルダがシーベルトの肩に手を回した。
しかし未だ遠くを見つめるシーベルトにはもう恐怖の表情など浮かんでいなかった。
「フッ・・・なあシーベルト、見せつけてるんだろ? 俺達が正義だっていうことを!!」
ヨルダの手をシーベルトは払い除ける。地平線に沈んでいく夕日を見つめながら、シーベルトは祈るように呟いた。
「いえ・・・誰が正義とか誰が悪とかはどうでも良いんだよ、ヨルダさん。そんなものを決めるのは平和になった世界でのうのうと生きるハナタレ小僧達です。僕達が善と認められるのなんて、ずーと後回しでいい」
沈みゆく夕日と焦土と化した街並みを背景に、シーベルトは残ったコーヒーを一口だけ含んだ。シーベルトが余ったコーヒーを飲むのは、彼が世界を平和にした後だろう。




