第二話『カルドス・クバーレ』
<カルドス視点>
今までの人生、ほぼ全ての事において、他と比べて圧倒的に劣っていると言うことはなかった。
自慢では無いが昔から要領が良いとよく言われた。座学や剣技も覚えが早いほうで、同年代の庶民上がりの兵士達と比べると一番の出世株とも言われていた。
出世に対する欲こそ無いものの、他から認められるのは嬉しかった。何よりハミルさんが喜んでくれた。
まだ幼い頃に両親をなくし同じ境遇だったハミルさんに拾われてから、彼にどう恩返しをするのかだけを 考えて生きてきた。だから十五歳になると同時にデパトス軍に加入した。
幸いな事に俺のスキルも兵士向きだった。
『割れずの愛情』
能力は至ってシンプル。自分の周りに平べったい盾を生成する。盾とは言いようで要するに板である。
盾は動かせないし殺傷能力も無いが、その代わり耐久値が高い。
実際、一日で出せる盾の最大枚数、五枚の盾を重ねて上級魔術から生き残ったこともある。
だからこそ歯がゆい。悔しい。
こんなに上等なスキルを持っていながら、俺は誰かを守れた事はあるのだろうか?
部隊の仲間が消し炭になる中、俺だけはスキルで生き永らえた。
襲撃の時だってそうだ。あの竜人の少女の奇襲で気を失っている間、守るべき民は無惨に殺されていた。
そしてハミルさんの兵士としての命も守れやしなかった。
俺は兵士失格だ。
そんな事は分かっている。それでもまだ戦わなければ、守らなければいけない。そうでなければハミルさんに顔向けが出来ない。
しかし守るべき物を失った盾は、どこに向けてその盾を向けるべきなのだろうか。
いや・・・まだだ。まだ俺には守るべきものがある。ハミルさんとその家族の命を守らせて貰うことは、まだ出来るはずだ。
ー
診療所のベッドに寝そべるハミルさんは決して絶望の表情を見せない。
もう二度と両手で剣を振れないと言うのに。
「ハミルさん、水ここに置いときますね」
「おう。ありがとう」
残った右手だけで、ハミルさんは器用にも本を読んでいる。ネイに勧められたどっかの国の恋愛小説らしい。
「そういえば・・・アイシュムに向かう難民は五日後に出発らしいな」
「そうですね。やっとこの村も落ち着いてきましたね」
村中では難民達の移動の準備が行われている。この村もやっと余所者達がいなくなってせいせいしている事だろう。
ハミルさんもフィリア達の事が気がかりだろう。あの四人が避難した街に一刻も早く向かいたいはずだ。
「・・・俺達はいつこの村を出ます? とは言っても全員が移動するのを確認するまでは出発は出来ませんね」
新しい街でも、また兵士として暮らしていけるだろうか?
まあ・・・ハミルさんは引く手数多だろうな・・・
ハミルさんは読んでいた本を閉じ、コップの水を一気にグイッと飲み干す。
体を起こしてベッドに座るように、俺の方を見据えてきた。真剣な眼差しだ。
滅多に無いが、ハミルさんが真剣な話をする時はいつもこの表情だ。
「その事なんだけどな、カルドス。お前・・・・もう俺に着いてくるな」
「・・・はい?」
「もうホンレスは無い。お前は好きに生きろ」
耳を疑った。
今ハミルさんに、もう着いてくるなと言われたか・・・?
何で? どうして? 嫌われたのか? 失望されたのか?
俺が不甲斐ないばかりに・・・
いや、違う。ハミルさんの事だ・・・良い機会だから世界を見てこいとでも言うのだろう。いつまでも恩返しのために自分の可能性を潰すなととでも言いたいのだろう。
ハミルさんに恩返しをするのが俺の生きる意味だと言うのに。
「・・・・何で・・・着いて行っちゃダメなんですか・・・?」
多少は動揺したのだろう。思考は至って冷静なはずなのに、声が上手く出なかった。
しかし何を言われても言い返す準備は出来てる。どんな手段を使っても、俺はハミルさんと共に生きていく。
「そうだなぁ・・・お前は頭が良いから上手く説得は出来ないだろうが・・・なんて言えば良いんだ? ・・・・カルドス、お前には世界を見て欲しいんだよ」
ほら来たやっぱり。でもそんなのは俺がハミルさんと離れる理由にはならない。
「大丈夫です、ハミルさん。俺は大丈夫です。世界を見て回るより、ハミルさんと一緒に居る方が幸せですから」
はぁー、と大きなため息をつきながら、ハミルさんは顎に手を当てる。昔からの癖だ。
「まあ・・お前はそう言うだろうと思ってたけど。確かに俺もお前と居るのは楽しいし、酒の席でお前を揶揄うのも必要不可欠だ。でもな・・・いつも思っちまうんだよ。俺がお前を縛りつけてるんじゃないかって・・・」
「そんな事は・・・!!」
「多分だけどお前は自分で自分を納得させたんだよ。俺達を守るのがお前の幸せで、生きる意味だって」
「そうです。それが俺の幸せなんです。俺の人生なんです!!」
「違うだろうが!!」
ハミルさんの怒号が診療所内に響く。
驚いた。ハミルさんが力任せに怒鳴るなど見たことがなかった。
「なに勝手に悟ったフリしてやがる?何で17年しか生きてないお前が生きる意味を分かった気になってる? なんだ頭が良いやつってのは皆んなそうなのか!? 悩めよ!迷えよ! 一生かけて、生きる意味を探してみろよ!!」
「でも・・・俺はあなたに恩返しを・・・」
「要らねえよ!! 俺を守るだぁ?俺より弱いくせに!? 俺の家族を守る?? 俺の仕事を奪うなよ!!」
「でも・・・でも・・・!!」
分かっている。俺がハミルさんを守れる程に強くないと。
でも、ハミルさん達が俺の唯一の家族なんだ。もう少しだけで良いから、縋らせてくれよ!!
その時やっと俺は気づいた。
俺は甘えていたのだ。俺はただ寂しかったのだ。守ると言う大義名文を振りかざして、ハミルさんとの縁を保っていたかっただけなのだ。
「なあ、カルドス・・・守るものを失った俺達がしなければいけないのは、次に守るものを探すことだ。俺には妹がいる。お前には俺がいるかもしれない。でもな・・・俺は兄として、戦友としてお前の前に居たいんだよ」
「俺は・・・ハミルさんの前に行こうなんて思いません。ただその背中を守らせて欲しいんです」
「違うよ、カルドス。前に立っていたいのと同時に・・・兄は弟に追い越して欲しいんだよ。前に出て欲しいんだよ。矛盾してるけど、この歪な感情が心地良いんだよ」
「・・・何の話をしてるんですか?」
ハミルさんの話は支離滅裂だ。思わず吹き出してしまうほどに滅茶苦茶だ。
でも何故だろう・・・身体が、心が納得を始めていた。
思うとこれは兄弟喧嘩と言うものなのだろうか。感情も言葉もぐちゃぐちゃにしながら、互いの気持ちで殴り合う。
そうか・・・俺はハミルさんの前に盾を置いちゃダメだったんだ。兄に拳を向けなければいけなかったんだ。
次第にハミルさんの顔がボヤけていく。
俺はどんな表情をしてるのだろうか。ハミルさんは動揺を見せつつ続ける。
「前に出ろ、カルドス。俺を置いていけ。そして・・・本当に守りたいものを探してみろよ。俺はお前の守る対象じゃない、ただの上司で戦友で兄だ」
「どうやって・・・探せば良いんですか・・・?」
「知らねえよ。とりあえず、家族から離れてみろ」
それだけ言い残し。ハミルさんはシーツの中に潜り込んでしまった。もうハミルさんの声は聞こえない。
後は自分で決めろって事か・・・・上等だよ。探してやるよ、俺の守りたいものって奴を。
ハミルさんのベッドを背に、俺は診療所の出口に向かう。
今振り返るのは野暮ってものだろう。
背後から微かに声だが聞こえた。ハミルさんの声だ。振り返りたい気持ちを抑え、俺はただ足を一瞬だけ止めた。
「カルドス、ありがとうな。俺はあんまし賢くねえから上手く伝えられなかったけど・・・お前なら分かってくるだろ?」
「そうですね・・・全く言語化されてませんでした。でも理解できます。弟ですから」
「そうか・・・じゃあ、行ってらっしゃい」
「行ってきます!!」
診療所の外にはアーノルドが立っていた。
俺とハミルさんの話が終わるのを待っていたのだろう。
察するに、ハミルさんに俺の事を頼まれでもしたのだろう。本当にあの方は・・・
「なあ、アーノルド。お前は何のために生きてる?」
何を思ったのか、いつの間にか聞いていた。兄弟喧嘩の弊害だろう。
俺らしくない。
「生きてる意味? さあな・・・色々と候補はあるんだけど、イマイチ分からなくてな。まあ多分死ぬその時に分かるだろうから、今は捜索中てところだ」
アーノルドはニコリと笑顔を見せる。こんなに嬉々とした表情で自分の死を語る奴がいるだろうか。
まあ良い。一緒に旅をするならこのくらいぶっ飛んでる奴の方が飽きないだろう。
「その捜索の旅に、護衛は必要ないかい?」
「護衛ねぇ・・・ちょうど探してたんだよ。オレ一人なら要らないけど、今はワガママ姫さんも旅に同行する事になったからな」
姫・・・? おそらくネイの事だろう。
なるほど、確かにワガママな少女だった。
「それじゃあ・・・元デパトス一等兵士 カルドス・クバーレを護衛として雇ってみるのはどうだい?」
「契約成立だ!! それでは五日後、我々はアイシュムに向かう!!」
真っ青な快晴の下、暖かな春疾風が俺の背中を少しだけ押したような気がした。
大きな背中を見せてくれた兄と、肩を並べるくらいにはなれただろうか。
これは俺の旅の物語。恩師と故郷を守れなかった矮小な少年が世界を見て回るだけの物語。
カルドス・クバーレが、悪知恵を働かせ、とんちを働き、クレバーに生きていくだけの話。
旅の終着点は『守りたいものを見つける』こと。




