アレク王国第六話『初めての夜(3)』
死なないからと言って性欲がないと思ったら大間違いだ。確かに寿命が長い、生命力が高いという特性は性欲を薄れさせることがある。頻繁に種を保存する必要性がないからだ。例えばエルフなどの長寿種は性欲が他の生物に比べて薄い傾向にある。
しかしオレは人間だ。後天的に長寿になってしまったが、体の作りには変化が生じていない。
まあ一言で表すとしたら、500年で溜まりに溜まったものを出すのは今夜ということだ。
ギルドから歩いてわずか十分ほど。ミューイの家は昼間に串焼きを買った市場の通りに並ぶ家のひとつだった。時刻は12時。昼間の喧騒はどこへ行ったのか、通りにある家のあかりは全て消え、道のかたわらにある何本かの街灯だけがオレ達の足元を照らす。灯りが少ないからか、今日は星が綺麗だ。
「どうぞ」
「お邪魔します」
夜の闇につられて小声になってしまう。
ミューイが家の灯をつける。玄関にはオレの半身ほどの丈をした大剣が飾られているのが目に入った。冒険者ギルドで働いているということもあり、案外こういうのが好きなのかもしれない。一階にはこじんまりとしたキッチン、そして六人席の(一人暮らしにしては)大きなダイニングテーブルが置かれていた。
「こちらです」
ミューイが暗闇の中、オレを先導する。木でできた階段を上がるたびにギィという音が家中に響き渡る。
ふと階段の上を見上げると、階段の先の暗闇で何かが動いているのが見えた。はっきりとは見えないが、輪郭からしておそらく『人』だ。そしてやたらとでかい。
泥棒?強盗?
「ミューイ!下がれ何かいる!」
咄嗟に叫んだ。
同時に2階の灯りがつき、暗闇に佇んでいた不審者の姿があらわになる。と、同時にオレは絶句した。なぜならこの不審者はただの不審者ではなかったからだ。不審者だが全く素性が知れないやつではなかったからだ。
高い身長、ゴツゴツした手、そしてやたらと太くまるで岩のように硬そうな腕。
不審者は『スカイラット串焼き屋』の店主、シヴァだった。
ー
「おかえりミューイ。後ろの人は?」
「ただいまー。新しいお客さんだよ」
ミューイとシヴァがオレを横目に話す。頭の理解が追いつかないオレは階段の下でただずんでいた。昼間、オレに串焼きを売ってくれた屋台のおっちゃんを見つめながら。
なんでシヴァがここに?この二人はどんな関係性だ、まさか夫婦か?・・・いや、ないない。それだけは絶対あり得ない。もしそうだとしても二人の愛の巣にオレを呼び込む理由がわからない。それよりも『お客さん』とは?
色々な考えが頭をめぐる。すると突然シヴァがオレの方を指差して言った。
「あー!お前、昼間の。世間は狭いな〜」
シヴァもやっとオレに気づいたのか、階段を下りて近寄ってくる。オレの背中を叩きガハハと豪快に笑う。背中が痛い。叩かれたからなのかオレの口からやっと言葉が溢れた。
「あのー、これどういう状況ですか?」
ミューイとシヴァはきょとんとした顔をこちらに向けてくる。
瞬間、シヴァは何かに気づいたのかミューイの方を向き言い放つ。
「ミューイ、もしかしてまた伝え忘れたのか?」
ミューイはハッとした顔でオレに問う。
「あれ?私の家、一部屋だけ貸しているという話しましたよね」
恐ろしいほど初耳だ。オレはただ単にギルドで出会った美少女にお持ち帰りされるという、ラッキー展開だとばかり思っていた。よくよく考えてみるとおかしな話なのだ、初対面の見ず知らずの男を家にあげることなど。
「すまんなー兄ちゃん。説明不足で。コイツたまにおっちょこちょいでな。ギルドでは引くほど優秀なんだが」
「ちなみに、お二人はどういうご関係で?」
「ああ、そういえば言ってなかったな。改めて、ミューイの父親ことシヴァだ。兄ちゃんは確か・・・アーノルドって言ってたけ?」
「ああ、アーノルド・アンダーソンだ。アンって呼んでくれ」
そういい、シヴァは握手を求めてきた。オレも手を取り握手に答えるが、恐ろしい力で握り返される。シヴァはニコニコしているが、その目の奥は暗く鋭くまるで笑ってはいなかった。
「宿屋じゃないのにノコノコ着いてきたってことは、『そういう事』を期待してたって事だよな?」
シヴァがオレの耳でそう囁く。
「アハハ、そんなことは無いっすよ・・・」
半ば事実なだけに、笑って取り繕うしかない。
続けて、シヴァはミューイの方を振り返り申し訳なさそうな顔でいう。
「せっかく客を連れてきてくれたのに悪いが。今日、ちょうどアイツが部屋使っててよ」
「えー!?あと2ヶ月は帰ってこないって言ってたのに」
「アイツ?」
なんの話をしているのだろう?とりあえずオレはこの空間から逃げるべきか否かを必死に考えていた。
親子間の話し合いが終わったのか、ミューイがオレの方を向いて言う。
「すいません、アーノルドさん。ちょっと今夜は部屋が空いていないので、私と一緒の部屋でもいいですか?」
「「ふぇ?」」
シヴァとオレが同時に変な声を出す。
途端にシヴァがあたふたしながら、ミューイに発言の撤回を求める。
「コイツと一緒の部屋!?ダメだ!そんなことなら父さんの部屋で寝かせればいいから」
「でもお父さんの部屋、お父さん一人入ったら終わりじゃん」
「じゃあ、俺がミューイの部屋で寝る」
「それだけは嫌」
シヴァがミューイに一喝される。よほどその言葉が効いたのか、シヴァはしょぼんとした顔をしながら『でもぉ』と繰り返している。
オレのせいで親子喧嘩が勃発してしまうのは耐えられないので、ここはオレが大人になれば全て解決するはずだ。
「大丈夫、他の宿を探すよ。ありがとなミューイ」
そう言い玄関から再び灯り一つない街へと出ようとしたが、ミューイを納得させるにはいかなかったようだ。ミューイはオレの手を掴み言い放つ。
「いやいや。元はと言えば私が強引に連れてきたんですし、今から宿を探しても見つかるわけないですよ。もし路上で寝ることになったらどうするんですか?今の季節は冷え込みますし、ここら辺は治安がいい方とはいえ危ないですよ」
「大丈夫、オレ死なないから」
「何の根拠があって言ってるんですか?いくらアーノルドさんが強かったとしても、路上で寝かせる原因になった私はどんな顔すればいいんですか?今夜は大人しく私の部屋で寝てください」
簡単に言いくるめられてしまった。ミューイの後ろでシヴァもやれやれという顔をしている。さすがギルドの受付嬢、大の男二人を簡単に説得してしまう。
「仕方がないから今夜はミューイの部屋で寝てもらうが、もし変なことをしたら・・・分かっているような?」
そう言いシヴァは服越しに全身の筋肉を浮かび上がらせる。あの筋肉に全力で殴られたら四肢がぶっ飛びそうだ。
「はい、お父様」
「お父様じゃねぇ!」
悪態をつかれる。態度こそ悪いが、娘を思っての行動だ。なんだかほっこりしてしまう。
「アーノルドさん、こちらです」
ミューイが階段を上がって奥の部屋でオレを待っていた。部屋に向かう途中ずっと、シヴァはオレの背中を睨んでいた。




