婚約破棄されたので、マザコンだとバラしてあげました。どうか私の友達と末永くお幸せに。
エトランゼ学園で行われた卒業記念パーティー。
無事に何事もなく終わりを迎え、席を立つ者もちらほらいた矢先、事件は起こった。
「プリシア・アンドローネ!今日限りで君との婚約を破棄させてもらう!」
一人の令嬢を隣に連れ、突然壇上の前に立っては声を荒げそう言い放ったのはクロード殿下だ。
彼は私の婚約者であり、殿下に腕を絡めていたのはいつも私の隣にいた友人マーガレットで大きな瞳には涙を溜め、身体は小刻みに震えていた。
どうやら私は、婚約破棄を突きつけられてしまったらしい。
正直殿下には思うところが山ほどあったが私なりに忠誠を誓い、いつ如何なる時でも寄り添って関係性を築き上げてきたと思っていたのに結局はこうなってしまった。
言いたい言葉を呑み込んで顔を上げると二人は私を見下ろしていて、突然の出来事に席を立っていた観客は動きを止め、他の生徒に至っては静かに騒めき始めた。
「聞こえたのか?君との婚約を解消させてもらう!」
「承知いたしました」
「⋯⋯随分と物分かりがいいな。理由は聞かないのか?」
「大体察しはつきますので。ですが何か、もっと他に言うべき事があるのでは?」
「⋯あ、ああ。そうだ!君が今ここにいる彼女を虐め、更には身分を振り翳し、好き勝手していた事は調べがついているんだ!」
「当然ではありませんか?私は公爵家の娘であり彼女は男爵家。爵位においては私の方が身分が上ですし、それなりの行動をとったまでですが、何か問題でも?」
「なんだその傲慢な態度は!?」
私の毅然とした態度に殿下は肩を震わせ、何も言い返さないまま、ただひたすら俯き泣くばかりのマーガレットを抱き寄せる。
完全に二人だけの世界といったところだけど、一体何を見せつけられているのでしょうか?
会場も凍りついてるし、面倒臭いから早く帰りたいんですけど。
一応、お礼は言っておかないとね?
「クロード殿下。最後に一度だけマーガレットと話がしたいのですが」
「貴様⋯虐めだけでは飽き足りずまだマーガレットを苦しめようというのか!!」
逆鱗に触れてしまったのか殿下は私を怒鳴りつけ、腕を絡めていたマーガレットがその場をおさめると、酷く怯えた様子で声を掛けられた。
彼女とはある程度仲良くしていたつもりだけど、そこは仕方がないと思うの。人それぞれ感じ方が違うわけだし殿下にどう告げ口したのか知らないけれど、そこを咎めるつもりはありません。
「最後にこんな事になってしまうなんて⋯私、プリシアとは友達でいたかった⋯」
「そんな事はどうでもいいの。マーガレット。私ね?今この状態にすごく感謝しているの」
「⋯最後まで強がるなんて、どこまでも貴女らしいわね。この状況に感謝してるだなんて、今の状況をわかってるの?」
「強がりだなんて笑わせないでちょうだい。だって私、殿下があまりにも王妃様の言いなりだったものだから今後を心配していたの」
「⋯⋯⋯⋯え?」
「あら、殿下が自ら婚約破棄なさるほどの関係なのに、何も知らないの?殿下はね、王妃様の言いつけを全部守っているのよ。帰宅する時間も、お召し物も、全部王妃様がお決めになっているの。それに身の回りの事もスケジュールも毎日一部始終報告してらっしゃるんですって。そうそう、この間はつい痺れを切らして、たまには二人の時間を作ってほしいとお願いしたのよ?いつもお会いする時は何かと王妃様も一緒だったから。そうしたらね?母上を侮辱するのか!って癇癪をおこされて、それはもう大変だったのだけど、貴女がクロード殿下と上手くいってるなら私とっても嬉しいわ。肩の荷が下りるってこの事なのね」
「⋯⋯⋯嘘、でしょ!?」
捲し立てるように一から説明すると、マーガレットは青ざめた顔をして、殿下に絡めていた腕をそっと離す。
そんな横で殿下はデタラメを申すな!!!なんて顔を真っ赤にしてアタフタしているものだから私もう楽しくって。
ついつい、あの話もしてしまいましたの。
「それに、貴女なら十分やっていけると思うわ。だってあのロレントを困らせていたんですもの」
「⋯⋯っ、ロレントって⋯まさか⋯⋯」
「あらごめんなさい。隣町の魔法騎士学校に通っているロレントのことよ。言い忘れていたけど彼、実は私の幼馴染なのよ。とっても女性タラシでろくでもなくて、すぐ女の人と一夜を共にしちゃうくらい見境がないのだけど貴女のことも言っていたわ。すごくしつこくて、困ってるって」
「一体どういうことだマーガレット!?さっきからプリシアが言ってる馬鹿げた話は本当なのか!?」
「⋯ち、違います!⋯違うんです殿下!!!ロレントなんて方⋯私は、知りません⋯!!」
「あら?貴女、毎日のように彼の話をしていたのにそんな事を仰るの?ではこうしましょうか。今からロレントを此処に呼びましょうよ」
「やめて!!!!」
「どうして?本当に何も知らないなら彼を此処に呼んで、自分の身の潔白を洗いざらいお話になればいいじゃない?我ながら、なんて素敵なアイディアなんでしょう」
「⋯プリシアっっ!!あなた!!本当に許さないわ!!!」
顔を歪め、ホール全体に響き渡る彼女の悲痛な叫びは全てを物語っているわけで。
あまりに泣き喚く姿に、隣にいる殿下も流石に顔を引き攣らせていたけど私はもうどうでも良い。
周りもそろそろこの茶番劇にうんざりしている頃だろうし一刻も早く終わってほしいのだけど、殿下はロレントの件が許せないのかもはや婚約破棄の話はそっちのけ。
まあ、あれね?わりと本気でマーガレットに入れ込んでいたのに違いないと思うのだけど、悲しさ?胸が痛い?酷く傷ついた?
そんな気持ち、私にはこれっぽっちもなくて今にも欠伸が出そうなの。
「君は僕を愛していると言ってたんじゃなかったのか!?」
「⋯⋯それはっ⋯⋯」
「プリシアは僕の事を愛してるとは一度も言わなかった。けど君は何度も言ってくれた。だからこそだ、プリシアから虐めを受けていると聞いたあの日は彼女に酷く腹が立った。けどもう何も信じられない⋯⋯今までの言葉は全部嘘だったのか!?」
「⋯嘘ではありません!!ですが殿下だって!!先程のプリシアの話は本当なのですか!?それが本当なら相当なマザコンじゃありませんか!!!」
「ま、マザコン!?!貴様⋯⋯我が国の王妃を侮辱するのか!?」
「っ違います!!!ただ、そういう所なんじゃなくて!?」
「殿下、お話の途中申し訳ないのですが私そろそろ飽きたので帰らせていただきますね」
「待ってくれプリシア!もう一度話がしたい!!!何か誤解があったようだ!!!」
「あら殿下、何の誤解もありませんことよ?殿下がお母様をさぞかし愛してらっしゃる事も、マーガレットがロレントに入れ込んでふしだらな話をしていたのも全て真実です。
そして、マーガレット。今後、貴女のような醜悪さを隠しきれない女性を引き取ってくださる素敵な男性に巡り会えるように私は心から祈っています。それが殿下だと尚更良いんですけどね?どうか、お幸せに」
そうして最後に私は慰謝料の話だけ殿下に伝えると、お願いだ待ってくれプリシア!と、引き止められたがもう遅い。
いくら卒業とはいえ、今回の件は瞬く間に広がるだろうし、この先ずっと後ろ指をさされる人生を歩んで下さい。
そしてマーガレット。貴女の幸せを心から祈っているわ。なんたって、お友達ですものね?
こうして私は晴れ晴れとした気持ちでホールを抜け出すと、園庭を歩き、そのまま帰ろうとしていたその時だった。
「何処の誰が女好きだって?」
「あらロレント」
正門の前で立っていたのは幼馴染のロレントだった。
どうやら私の卒業祝いに来てくれたようだけど、突然の騒ぎに何事かと魔法で一部始終見ていたみたい。
「そう怒らないでよ」
手に持っている花束も一向に渡してくれないし、私を置いてスタスタ歩いて行ってしまう所を見ると、どうやら相当お怒りの様子らしい。
それもそのはず。私の言っていた女性タラシでろくでもなくて、すぐ女の人と一夜を共にしちゃうくらい見境がないなんて、全部嘘。
なんならその逆で、学校に人集りができるほど人気があるのに誰にも見向きもしない、堅物さんなんだけど。
ずっと前からマーガレットが彼の事をよく口にしていて、最初は普通の話だったのにロレントが目を合わせてくれたとか、話しかけられたとか、手を握ってもらえたとか。デートに誘ってもらったなんて、私が彼の幼馴染とも知らずにそんな嘘ばかり話していたものだからついこの話を思いついて、反撃したってわけ。
マーガレットにとっては話したこともない、ただ一方的に付き纏っていたロレントがあの場に来られるとまずいし、何より私への嘘も全てバレるからその展開だけは意地でも避けたかったはずだけど。
「ねえ、まだ怒ってるの?」
「別に」
「私にも色々あったのよ。あんな盛大な所で婚約破棄されちゃったわ」
「あっそ」
「ねえロレント、待って」
「いやだ」
「許してくださらないの?」
目を潤ませて、上目遣いで彼の方を見つめるとロレントは慌てて私から顔をそらした。
「ロレントってほんとに女の人が苦手なのね」
「苦手じゃなくて興味がない」
「そう?じゃあ、私のことも興味がないの?」
「⋯そうは言ってないけど」
「私ね?もう自由だから、いつでも貴方の気持ちに応えられるわよ」
そんな私の言葉に彼は目を丸め、次第に距離を縮ませると今日だけ許す、なんて小さく呟いた声が聞こえてきた。
男なんて、振り回すくらいがちょうどいい。
だけどいつの日か、今隣で歩く彼の手をとって歩いてみたいと私は密かにそう思った。