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第九章 暗黒爆錬武闘 前編

 きゃぁっ、と玄関から刈子の悲鳴が聞こえて、あたしは顔を上げた。まさか、もう追手が来たのか? 嫌な予感に部屋を飛び出し廊下を抜けると、大理石で出来た白い玄関に刈子がぺたんと座り込んでいた。その向こうに人影が見える。


「俺に……触れるな……! 」


 低く抑えた声が俯く顔から発せられる。黒い髪を銀色に脱色した少年が、震える右手を左手で抑えていた。カラーコンタクトを入れているのだろうか、左目が赤い。一目見た瞬間にわかった。こいつはヤバイ。しかも刈子が見えてるらしいってことは、あいつも何か特殊な力を持っているってことだ。いざとなったら透明化して刈子を助けることが出来るように、あたしはファイルを握り締めた。


「あの、でも、武宮さん――」


 腰を抜かしたまま刈子が話しかけるが、少年の赤い眼に睨まれて口を噤んだ。震える右手を握り締め、少年が大袈裟に痛そうな振りをしている。

 昔、中学生だったころに一度だけ同じよーなことをする奴を見たことがある。あーいう人種を何て言うんだったかな……。迂闊に話しかけたせいで何故か逆ギレされて、しかもその後一年間ずっと「俺たちは選ばれた戦士だ」とか意味不明なことを言われ付きまとわれて以来、ああいう人間には二度と関わるまいと思っていたのに。


 演技だってバレバレなのに、少年は肩で息をしてあたし達を睨みつける。自分ではかっこいいと思ってやってるんだよな、突っ込んだらまた逆ギレされるよな。どつきたい心を必死に抑えるあたしに人差し指を向ける少年。


「解っているぞ……おまえ達の狙いは俺の持つ強大なエナジー……。だが屈するものか……! 世界の破滅エンド・オブ・ザ・ワールドは俺の暗黒爆錬武闘ダーク・エクスプロージョンで……防いでみせるっ……! 」


 痛々しい台詞を吐いて、少年は右手が疼く……! と一人芝居を続けている。もう我慢の限界だ。あたしは座り込んでいる刈子の前に出ると少年を睨んだ。


「おーい、何があったんだ?」


 一発ぶちかましてやろう、と拳を握ったあたしの背後から気の抜けた声がして、好男が現れた。腰を抜かしている刈子と、銀髪の少年を交互に見る。


「駄目じゃないか、女の子に乱暴しちゃ」


「……その女は……不用意に俺の名を唱えた……当然の報いだ……」


 ああ駄目だコイツ、完全にぷっつんしてる。一度殴るか何かして正気に戻さないと。好男も同じことを思ったのか、腕時計の中のアズァに囁いて黒髪で出来た剣を構えた。


「ふん……やはり……敵か……。晴天を彩る塵芥となって……命散らすがいい……」


 イライラする台詞を吐きながら、少年も身構える。緊迫した空気が流れ、あたしも思わず身構えた。好男が目配せして口を開かず囁く。


「俺が囮になるから、魅首ちゃんの透明化する力であいつを後ろから捕まえてくれ」


 りょーかい、と呟き、吊り広告の中で眠そうにしているスィフィを見る。睨まれたスィフィは面倒臭そうに肩を竦めて見せると大袈裟に溜息を吐いた。身体に力が漲ってくる。


「さぁー、何処からでもかかってこい! 年季の違いってもんを教えてやるよ! 」


 大声で芝居掛かった台詞を言い、好男が少年にこれ見よがしにポーズをキメている。いやいや、そんなあからさまな挑発に乗る奴なんていないでしょーが……。なんて突っ込みを心の中で入れて少年を見ると。


「ふっ……七音の征服者コンクアー・オブ・セブンサウンズに挑んだこと……すぐに後悔リグレットさせてやろう……」


 案外ノリノリだった。格好付けてる割には煽りに弱いんだなぁー。なんて気を抜いていると、少年が片足でリズムを取り始めた。え、まさかここで踊りだすとか、さらに痛い行動を取るのか?

 眉を顰めて状況を見守るあたしの耳に、十六ビートの心地良い音楽が聞こえてくる。聴いたこと無い曲だけど、結構いい感じだ。あたしの知らない間にこんな名曲が世に出ていたとは。



「ぐわっ! 」


 好男の叫び声で、あたしは正気に戻った。何時の間にか身体がリズムを取っていたみたいだ。棒立ちしているあたしの前で、少年に思いっきり殴られて好男が仰け反っている。ころん、と白い何かがあたしの足元に落ちた。これは、まさか。


「ひぇーヨッシィ歯が取れちゃった痛そぅだねぃー」


 やっぱり歯か。飛び起きたスィフィの言葉を聞いて納得するあたし。血が出る口を押さえて好男は涙眼になっている。少年は銀髪を揺らして後退し、またビートを刻んでいる。


「ううっ……どーいうことだよアズァ! 相手はあんなひょろいガキなのにさぁ」


「恐らく、彼はクゥイと契約を結んだのであろう。音を操って自分の身体能力を大幅に上昇させている――それより好男、歯を回収しておかないと。治せなくなってしまう」


 アズァに言われ、口を押さえたまま好男が地面をきょろきょろと見回す。親切なあたしは足元に落ちた歯を拾ってあげた。好男に見せるけど反応が無い。ってことは、もう能力が発動してるってことか。にぃ、とあたしの口端が上がる。


 くるりと振り向くと、あたしは銀髪の少年に眼を遣った。心地良い音楽が少年の身体から流れ、攻撃準備は整ったみたいだ。次がおまえの最期フィナーレだ、とか好男もびっくりのキザ発言をする少年にこっそり歩み寄るあたし。笑いを堪えすぎて頬が痛い。


「いくぞ……第六の音ザ・シックスス・サウンド――っ? 」


 急に後ろから羽交い絞めにされて、少年が声を詰まらせた。じたばたと無駄な抵抗をする少年からは音楽が止まってしまって聞こえない。


「はははははー! どうだ思い知ったか! さぁ、態度を改めて刈子にちゃんと謝れ! 」


「くっ……ステルスだと……! おのれ……! 」


「おい! 返事! 」


 もがく少年が逃げ出さないようにしっかりと押さえつけるあたし。能力で強化してない只の子どもなんかあたしの敵じゃないし。悔しがる少年をいい気味だと見下ろしていると、諦めたのか頭を垂れて静かになった。


「ん? 謝る気になった? 」


「違う……こんなの俺じゃない……気高き指揮者コンダクターがこんな野蛮な奴にっ……負けるわけが……っっ! 」


 や、野蛮だと? ほほう……この少年、いい根性してるじゃないか。血管が浮かぶほど拳を握り締めて、あんたのこめかみをぐりぐりしてやろうか。思考を実行に移そうとしたとき、あたしの眼に少年の表情が映った。カラーコンタクトのオッドアイは潤み、今にも泣きそうだ。――ちょっと虐めすぎたかな……。良心が痛んで腕の力を弱めた途端、少年が虚空に咆哮を上げた。


「もっと――もっと俺に力を! 立ち止まらないために――永遠の音律リズムを! 」


 さっきまでとは違った悲痛な絶叫に、思わず手を離してしまった。少年の眼からキラキラした涙が零れ落ちる。なんだ、子どもらしいところもあるんじゃん――そう思うあたしの耳にアズァの声が聞こえる。


「――また……来る! 魅首殿、伏せるんだ! 」


「え? 」


「ぉぉおおぉおおぉぉおおぉおおお――――っ! 」


 少年の咆哮にアスファルトの大地が揺れ、身体を包む空気が震える。尋常じゃない雰囲気を察したあたしは言われた通りその場にしゃがみこんだ。


「喰らえ! 暗黒爆錬武闘ダーク・エクスプロージョンッッ! 」


 叫びに応えるかのように大気が波打ち、少年を中心に衝撃波が迸った。空気の刃がアスファルトを砕き破片を巻き上げ、巨大な牙となって長閑な住宅街とあたし達を襲った。



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