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第八章 電波受信中

 誰かから頬をしつこく叩かれて、あたしは眼を覚ました。天国ってもっと人に優しいところだと思ってたんだけど、と迷惑ぶって前に座っている人物を睨む。眼鏡を掛けた少女が満面の笑みであたしの顔を覗き込んでいた。

挿絵(By みてみん)


 見てはいけないものを見てしまった、と眼を逸らすあたしの前でそいつは嬉しそうに両手を叩いた。


「ああーよかったですー! 気が付かれたのですね! 」


「誰だよ……」


 鬱陶しそうなタイプの人間だな、と思いぼそっと呟くあたし。一言訊いただけなのに、そいつは眼鏡がずり落ちるほどの勢いで自分のことを語り始めた。


「わたくしの名は香椎かしい 刈子かるこです! 選ばれし巫女として世界中の皆々さまに素晴らしき天からのお告げを知らしめる使命を背に精一杯頑張ってるのです! さぁあなたも一緒にありがたい天啓を受けましょう! 」


「はぁ? 」


 初対面なのに電波爆発な眼鏡少女が分厚い本を取り出して執拗にあたしに勧める。くそっ、宗教系の痛い子か……これは面倒なことになりそうだな。とにかくこういうのは最初が肝心だと、毅然とした態度で本を断るあたし。少女は薄桃色の頬をぷうっと膨らませると今度は説教を垂れ始めようとする。


「どうして教えを拒むのですか? あなたの命が助かったのも天啓のお陰なのですよ! 」


「なんだって……? 」


 あたしの脳裏に、涙を流す華奢な少女とその内側から響くムカつく声が過ぎる。そうだ、あたしはあいつに身体を斬られて――。はっとして身体を見下ろすけれど、そこに傷跡は見当たらなかった。それどころか、雨の一件で滲んでいた身体の輪郭が元に戻っている。


「これは……どうして……」


「好男さんがあなたを治療したんです。もちろん、その好男さんが助かったのもわたしが天啓の通りに行動したから」


「好男、無事なのかっ? 」


 がばと跳ね起きて相手の肩を掴むあたしに、刈子と名乗った少女はきゃっ、と声を上げて頷いた。光の太刀で真っ二つにされて死んだとばかり思っていた好男が生きてるなんて。本当に、いったいどうなってるんだ?


「あいつは……好男は、今どこにいるんだ」


「隣の部屋です。男として一番大切なところを取り戻してる最中なので、絶対に扉を開けてくれるなと言ってました」


 刈子の言葉を聞いて、あたしはちょっとでも好男を心配したことを後悔した。解らないからって、何をいたいけな少女に吹き込んでるんだ、あいつは。ここでやっと落ち着いたあたしは部屋の中を見回した。白で統一された神殿を思わせるようないかにも宗教っぽい部屋。多分この刈子って子の家だろう。自作らしい白い石膏の神像に薄ら寒いものを感じながら好男の再登場を待つあたしの前で、急にああっ! と刈子が大きな声を出した。


「来ましたわ! 新しい天啓です! 」


 おいおい勘弁して頂戴よ、と生暖かい眼で真剣な表情をする刈子を眺めていると、彼女の眼鏡にあたしとは別の人影が映るのが見えた。まさか、こいつも。身構えるあたしの目の前で、眼鏡に映った影が鮮明に人の形をとっていく。現れたのはあたしと同じ歳位に見える金髪の青少年だった。眉間に皺を寄せて凝視しているあたしに、気恥ずかしそうに手を振っている。


「……どうも。テンキィっていいます」


 ああ、名前をもじって天啓ね。ってやかましいわ! などと一人心の中で乗り突っ込みをかまして、あたしは自分の名前を言った。それから少し間を置いて、天啓とやらに酔ってトランス状態になっている刈子を指しテンキィに尋ねる。


「こいつがこんな風なのは、最初から? 」


「うん……まぁ……」


 弱ったなぁと眼鏡の中で呟いて、テンキィは金髪の頭を掻いた。なんか、こいつからは苦労人の匂いがするな。取り敢えず助けてくれた礼を言うと、あの状況からどうやって助かったのかをテンキィに尋ねてみる。うーん、と金髪が眼鏡の中で揺れる。


「僕達一人ひとりが特殊な力を持ってることは、もうアズァから聞いたかな。僕の能力は至って簡潔、任意の未来像を数分間相手に見せることができる力なんだ」


「へぇー」


 スィフィのただ透明化するだけの能力よりもよっぽど複雑そうじゃないか、と心中愚痴りつつも相槌を打つ。あたしのじとっとした視線を感知したのか、テンキィは慌てて能力の説明を付け足した。


「ほら、君もウェジュに斬られたと思っただろう? あれ、僕が見せた『君が斬られる未来』の像。ショックで倒れちゃったみたいだけど、別に斬られても痛くなかったでしょう」


「ああー、最初の一撃は斬られた痛みがあったけど、二撃目は確かに痛くなかったな……。でもさぁ、それって普通に幻覚を見せる能力でいいんじゃないの? 」


 と、的確な突っ込みを入れるあたし。我ながらなかなか冴えてる。身体の不快感が無くなったせいかな。相変わらず恍惚状態で心酔してる刈子の眼鏡の中で、テンキィが人差し指を振って、一寸違うんだなぁー、と言っている。


「幻覚みたいに何でも好きなものを見せられるわけじゃないんだ。相手にこれから起こり得る確率が高い事象を見せる、ただそれだけ。大抵は一つか二つしか見せられる像が無くって、それもお互い似てることが多いから、見せる像を選べることなんて滅多にないんだ」


 随分使いづらい能力だな……。あたしだったら、その力であの少女を操っていた声の主に対抗しようと考えるだけで、頭が茹だってしまうだろう。つまりウェジュにも同様にあたしを斬ったという未来を見せ、命を絶ったと確信させて帰るように仕向けたんだ、とテンキィが解説を続けてるが、正直理解できそうにもない。


「まぁでも、ウェジュのことだから、生きてるって分かったらすぐにでもトドメを刺しに来るだろうけど……」


「けど、何だよ。テンキィが幻覚を見せてる間に、あたしとアズァの二人掛りで襲い掛かったらあいつを負かせられるんじゃないのか? 」


 うーん、とまたテンキィは頭を掻く。じれったい奴だな……。言い渋っている間にちらりとファイルに入った吊り広告を見ると、スィフィがど真ん中で気持ちよさそうに爆睡していた。ったく、呑気なんだから。


「この能力、ほんとにただ像を見せるだけだから――相手が気付いて無差別範囲攻撃を仕掛けてきたら、意味が無くなっちゃうんだよね」


 首を傾げるあたしに、目隠ししてスイカ割りしても、やたらめったら打ち下ろしてたらいつかは当たるでしょう? とテンキィが説明してくれる。なるほど、視界を奪えても身体の自由は奪えないわけか……。眼鏡の中でテンキィが肩を竦めた。


「多分、今回のことでウェジュは僕のことに気付いちゃったと思う。同じ作戦はもう使えないね。あーあ、困ったな」


 眼鏡の奥で頭を抱えるテンキィに、今まで恍惚状態だった刈子がはっと目を覚ました。


「わたくしに出来ることがありましたら、何なりとお申し付け下さいませ! 巫女の務め、立派に果たしてみせます! 」


「あ、うん……」


 なるほど刈子はテンキィの命令に絶対服従ってわけか。ある意味一心同体と言ってもいい二人の関係は一寸、いやかなり気持ち悪いけど、いろいろ物事がスムーズに運びそうだ。あたしも二人を見習ってスィフィの言うことを聴いてみるか……。


 傍に置いてあったファイルを手に取ると、いびきをかいているスィフィを叩き起こす。


「おいこらっ! なんで襲われるのか説明してもらおうかっ! 」


 うん、まぁ、急に態度を変えるなんてできないし。吊り広告の中で、地震でも来たのかとスィフィが飛び起きた。なんかよく判らない言語を早口で喋ったけど、英語も解らないあたしに言うだけ無駄だ。


「むぅうー。気持ちよく寝てたのに起こすなんて酷いねぃー。で、なにか言ったかねぃ? 」


「だから、どうしてあたし達が変な奴に狙われなきゃならないんだよ」


 寝惚けるスィフィは欠伸を繰り返して、返事をしてくれない。ったく、肝心な事は絶対喋らないんだよな、こいつ。うんざりして溜息をつくあたしの肩を、刈子が叩く。


「その説明でしたら、わたくしがして差し上げますわ」


 親切にそう言ってくれるのは嬉しいが、これ以上電波な言葉は聴きたくない。丁重にお断りしようとするあたしを無視して、刈子は例のトランス状態の目で話し始めた。なんかいきなり天地創造とか言っちゃってるので、最初のほうは適当に聞き流すことにした。





 こことは違う世界で、そこを治める女王がおりました。女王の権力は余りにも強大で、女王の名を呼ぶのは余りにも畏れ多く、『あのお方』と呼ばれるようになりました。


 女王の治める世界は繁栄していましたが、ある時を境に世界に亀裂が入るようになりました。亀裂は時が経つほど大きくなり、外の世界から沢山の異物が流れ着くようになりました。それらは女王の治める世界を蝕むものでした。


 蝕まれた世界は変容を始め、女王の力もそれにあわせて弱まっていきました。女王は世界から力を得ていたからです。亀裂を元に戻そうとした時には、かつての半分ほどしか力がありませんでした。

 自分一人の力では亀裂を直せないと気付いた女王は、配下のもの達にも手伝うように御触れを出しました。多くのものが女王に従いましたが、変容した世界に馴染んでしまったもの達は女王に逆らいました。女王は彼らの力の一部を封印し、亀裂の外の世界へと追放しました。


 世界にできた亀裂はたった一つを残して全て塞がりましたが、女王の力は弱まるばかりでした。女王の身を案じた側近達は頭を寄せて相談した後、女王自身を変容させてしまおうという結論に達しました。一番安全な方法として、既に変容した世界に馴染んでいる追放者達の全ての力―――つまり魂を、女王に食べさせることが選ばれました。





「――という訳で、わたくし達は女王の配下のもの達から命を狙われているのです」


「なんっつー勝手な話だ……」


 まるでおとぎ話のような刈子の語りに愕然とするあたし。普段ならこんな事聞いても一笑に付すんだけど、スィフィやアズァのような非現実を実際目にしてるから肯定するしかない。

 兎も角『あのお方』の正体はよくわかった。あたしの眼が、まだ広告の中で寝惚けているスィフィに向く。変なのに取り憑かれてその上命まで狙われるなんて。やっぱりこいつは疫病神だ。


 部屋の扉が開く音がして、好男が現れる。なんだ元気そうじゃん、よかったよかった、と思うあたしと好男の眼が合った。妙に嬉しそうな表情の好男にあたしが眉を顰めると、聞いてもいないのにでれっとした様子で口を開いた。


「いやぁー、一時は死ぬかと思ったけど刈子ちゃんのお陰で助かったよ。ありがとう」


 そう言ってあっという間に刈子の傍に寄り、肩を抱く。夕日の綺麗な場所を知ってるんだ、よかったら二人で見に行かない? とかふざけたことを言っている。この女たらしは……。好男の手をぺち、と刈子が叩き、態度をたしなめる。


「駄目ですよ、好男さん。素敵なものは皆さんで分かち合うべきなのです。行くのなら魅首さんも一緒でなくては」


「ああ、そうだね。両手に花を持ちながら夕日を見るのも、悪くない」


 電波と変態が交じり合うとこんな会話が繰り広げられるのか……。傍で聞いているだけで脳みそが溶けそうだ。痛む頭を抑えながら、まだ刈子の肩に触っている好男を引き剥がす。


「やめろ、犯罪だぞ」


「ははっ、やきもちを妬くなんて魅首ちゃんも可愛いところがあるじゃないか」


 こっちは好男が警察のお世話にならないように気を遣って言ってるのに、何を寝惚けたこと言ってるんだ。口をへの字に曲げるあたしを、好男は妙ににやにやして眺めている。この男、恐怖で頭のネジが飛んじゃったのか? へらへら笑う好男の左手から背筋も凍るようなアズァの声が聞こえる。


「魅首殿、済まない――。そなたの怪我を治すには、他に方法がなかった……」


 詳しく聞こうと腕時計の中で俯く影に顔を近付けると、好男がとんでもないことを口走る。


「そうそう。俺が患部に触って傷を治してあげたから。ね? 」


 ……患部に、触って? そうだ、滲んだ輪郭も斬られた脇腹も治っている。でも、ということは、つまり……。あたしはその場からよろよろと後退りした。目の前では好男が最高のキメ顔で微笑んでいる。なんてこった、あたしはこの変態ナルシストに――。


「大丈夫ですよ魅首さん。治療は服を着たままでしたので」


「そーいう問題じゃないだろっ」


 刈子に突っ込み、あたしは頭を抱えて蹲る。いや、まだ服着てただけマシか……なんて大分毒された感覚で思っていると、吊り広告の中からスィフィの声が聞こえてきた。


「魅首ぅ、ちゃんとヨッシィにお礼言おうよぉー」


「うぐぐ……」


 抱えた頭を上げると好男が笑って白い歯が輝いた。好男がどう思ってるかは兎も角、助けてもらったことに変わりはない。両手を拳にして立ち上がるとあたしは好男と、そしてアズァに頭を下げた。


「……あ、ありがと」


「全然気にしなくていいよ! むしろこれからも怪我したら遠慮なく俺にいてててて――」


 左手を押さえて呻き声を上げる好男の横で、刈子が時計を見て呟いた。


「あら、そろそろ天啓に導かれて求道者さんがいらっしゃいますわ」


 また電波を受信してるのか……。そう思って軽く流したあたしの耳にチャイムの音が響く。ぱたぱたと走っていった刈子の悲鳴を聞いたのは、それから僅か数分後のことだった。


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