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第三十章 惹かれあう絆 前編

 暑い日差しが破れた天井から降り注ぐ図書館の中。青いヘッドホンの男が、不敵な笑みを浮かべながら、じりじりと近付いてきている。男が一歩踏み出す毎に、好男が後退りする。

 遠くで鳴いていたセミの声が、少し小さくなったみたいだ。代わりに、耳鳴りのような音と砂嵐の音が頭を揺さぶる。


 ヘッドホンの男から向こうの世界の惨状を教えられた好男は、すっかり戦意を失くしてしまったみたいだ。剣を持つ手はだらりと下がり、膝も曲がっている。

 これじゃ、あいつの思うつぼだ――。


 好男が闘わないのなら、あたしが闘う。重しをつけたような身体を引き摺り立とうとするあたし。それを見たヘッドホンの男が指を鳴らす。周りを漂うコンクリート片が、あたしと刈子に向かって飛んできた。

 咄嗟に刈子を突き飛ばしたあたしの腕に、コンクリート片が突き刺さる。

 それが合図だったかのように、床のコンクリートがもの凄い勢いで隆起しはじめた。


「――危ない! 」


 刃物のように鋭く尖る床から飛び上がり、黒い鎧があたしと刈子を抱き上げた。倒れた書棚の上へあたし達を下ろし、男が飛ばしてくるコンクリート片を好男が弾く。


「ふーん、やっぱり闘うんだ? まぁ、その気持ちわからなくも無いぜ。誰だって自分が傷つくのは嫌だもんなぁ」


 意地の悪い顔で嗤いながら、男がヘッドホンを押さえてズレを直した。挑発にめげず破片を叩き落していく好男に、ヘッドホンの男が更に小憎たらしい声を出す。


「それに女二人守らなきゃならないってか……。さしずめ気分は騎士ってところか? はは、頑張ってくれよ、似非えせ英雄さん」


「茶化すんじゃないっ! 」


 黒髪の兜の下から、好男の怒鳴る声が聞こえる。その声はさっき啖呵を切ったときより、苦悩してる感じだった。話を聴いて躊躇ってるせいか、好男の剣裁きにはキレが無い。どうしよう、好男の奴、これ以上何か言われたら闘うのも止めてしまうかも……。


 串刺しにするように隆起する床から逃げながら、あたしは好男とヘッドホンの男の様子を見守った。

 吹っ切れない自分に歯噛みしてる好男を見て、男は可笑しくてたまらないって顔をしている。ヘッドホンを押さえていた男の手が横に伸ばされ、傍を飛んでいたコンクリート片が変形して剣の形になった。


「あんた、好男って言ったっけ……。いいぜ、俺もその騎士ゴッコに乗ってやるよ。どっちが『正義』か、この場で勝負しようじゃねーか」


 男の手に握られた剣にコンクリート片が集まり、細身の剣が太刃の両手剣へと変化していく。男の周囲を漂っていた破片も、只の欠片から刃へ変形していった。足場にしていたコンクリートが男の足を包み、灰色の鎧になる。


「さぁかかって来いよ。それともこっちから行こうか? 」


「くっ……」


 幾千の剣を従えて挑発をかます男に、好男は怯んで腰がひけている。これだけ思い切り力の差を見せ付けられたら、誰だって尻込みしてしまうだろう。しかも頼りにしてる相棒アズァが弱気になってるし。せめてここに十四季がいれば――。


 既に機能を果たしてない出入り口に目を走らせ、あたしは十四季の姿を探した。あいつ、こんなときにどこに居るんだ? 半分イラつき、半分焦りながら、そう思うあたし。けれど、十四季がこのピンチに現れる気配は一向に無い。

 居ない奴を頼りにするより、ここに居る自分達だけでなんとかするしかないか――。


 遣り切れない気持ちで出入り口から目を逸らすと、あたしはヘッドホンの男の隙を窺った。

 悦に入った様子で大剣を構える男の頭上からは、まるで紙ふぶきみたいにキラキラしたものが降り注いでいる。あれは何だ?

 不審に思って眼を細めるあたしの視界に、空に開いた穴の存在が映る。あんなもの、いつの間にできたんだろう。これもこの男の能力の一つなんだろうか?


 空に開いた不思議な穴は、男がコンクリートの剣を動かす度に少しずつ広がっている。いや、男の行動だけじゃない。相手の刃で切れた剣を好男が直すときにも、穴は広がってキラキラした欠片が降り注いだ。

 もしかして、能力を使う度に穴が広がっているのか?


 遥か上空を見上げて目を凝らすあたしの前で、ヘッドホンの男が大きく一歩踏み出した。


「なんかもー面倒臭くなってきたな……一気にケリつけるぜ」


「――! 」


「好男さん、左後ろ足元から攻撃が来ます! 気をつけて! 」


 前からの斬撃を避けようと左足を下げた好男に、刈子が叫んだ。弾かれたように鎧が右前方に飛び、一瞬遅れて床が針のように変形する。髪の鎧のかかとが裂けて、赤い血が飛び散った。


「いっ……てぇー……」


 書棚の上に着地した好男が膝をつき、かかとを押さえて呻いている。すぐに治療したのか、少し血が出ただけだった。よろよろと立ち上がる好男に、男がヘッドホンを押さえて舌打ちしている。


「床全部、あいつの攻撃手段になるってことかよ……。焼き鳥は好きだけど、自分が串刺しになるのは勘弁して欲しいな――」


 波打つコンクリートの床を見つめ、好男が愚痴をこぼしている。気を取り直したのか、アズァが好男を励ました。その声にはいつもの冷静さが戻っている。


「ならば、床に触れなければいい。綱渡りをしようではないか」


 アズァがそう言った途端、黒髪の鎧から幾筋もの髪が空間に伸びた。しなやかな黒髪が壁、床、天井に突き刺さり、くもの巣状に広がっていく。なるほど、良い考えだ、と好男が明るい声を出した。

 確かにこれなら、不意に突き上げる床に怯えず済むな。それに縦にも移動できるし、ちょっとは有利になるかも――。


 期待に胸を膨らませるあたしの前で、ヘッドホンの男が、足を支えるコンクリートの鎧ごと宙に浮かび上がる。

 ……相手は更に上を行ってるみたいだ。


 あたしが肩を落としている間にも、上空では好男とヘッドホンの男が激しいつば迫り合いを繰り返している。

 剣術は好男、というかアズァの方が上みたいだけど、髪の細剣とコンクリートの大剣じゃ、強度の差は圧倒的だ。ヘッドホンの男は構えている大剣以外に、自分の周囲を飛び回る剣も使えるし――。


 じわじわと壁際に追い詰められていく好男を見て、あたしの頬を汗が伝った。このままじゃ好男がやられてしまう。今、あたしに出来ることは――。

 拳を握って悩むあたしに、刈子がおろおろした様子で声を掛けてきた。


「どうしましょう魅首さん、好男さんが――。さっきのように未来予知で援護できればいいのに、ここからじゃ声が届きませんし……あれ? 魅首さん? どこに行ったんですか? 」


 あたしはすぐ横にいるのに、刈子が両手を前で組んで辺りを見回している。……もしかして、また身体が透明化しているのか? はっと振り返ると、瓦礫の下から何本もリボンが這い出て塊を退けているのが見えた。スィフィが気を取り戻したんだ。


 リボンがコンクリートの塊を完全に持ち上げ、その下から吊り広告が現れた。枷を着けられたように重かった身体が、軽くなっていく。これなら好男を助けに行けそうだ。

 両手を見つめて決意を固めるあたしの横に、スィフィが飛んでくる。


「……ごめん、おいら……」


「なぁスィフィ、広告が濡れたら、あたしの身体もスィフィの身体も滲んだよな? ってことは、あいつのヘッドホンを壊したら、レェンって奴も相応のダメージを負うってことだよな」


 何故かしょげているスィフィに、謝る暇も与えず尋ねるあたし。肩の辺りで漂う広告がひらりと羽ばたき、スィフィがうなづいた。


「最初に言った通りだねぃ。おいら達は棲んでるものが壊されたらおしまい。そしておいら達と契約した人も、おいら達が怪我すれば同じように怪我するねぃ。反対も同様ねぃ」


 スィフィの言葉を聴いて、あたしもうなづいた。やっぱり、そうか。これで確認は取れた。

 頭上で闘う好男とヘッドホンの男を見つめ、あたしは両手を拳に握る。レェンとか言う奴の声は、あの青いヘッドホンから聞こえていた。あれを壊せば、男を無力化できるはずだ。


「行くぞ、スィフィ。あいつのヘッドホンを奪って叩き壊そう」


 返事も聞かず、あたしは目の前の髪束を掴んでよじ登り始めた。ヒビの入った腕が痛む。それに、さっき刈子を庇ったとき怪我した傷も。

 顔を顰めて歯を食い縛りながら、あたしはがむしゃらに髪のロープを手繰った。好男だって必死に闘ってるんだ。ここでめげてなんかいられない――!

 髪束を掴もうと伸ばした手に、色とりどりのリボンが絡んだ。腕に掛かっていた体重がふっと軽くなる。


「――スィフィ、おまえ……」


「起きたばっかりでへろへろだから、全身は支えられないねぃ――。魅首、頑張れる? 」


 あたしの顔を覗き込み、スィフィが気遣わしい声でそう訊いた。もちろん、と答えるあたし。支えられている体重は、多分十キログラムにも満たないだろう。でも、スィフィがあたしに協力しようとしてくれてる――。その気持ちだけで、何倍もの力が湧いてくる気がした。


 好男が移動する度に揺れる髪束をよじ登り、あたしはついにヘッドホンの男の後ろに辿り着いた。

 男は好男と剣を交えていて、こっちには気付いていない。周囲を漂う刃に気をつけながら、あたしは男の頭からヘッドホンを外した。


「なっ――? 」


 驚いた男の動きが止まり、黒い剣がその喉元に突きつけられる。


「好男、コードを切ってくれ! こっからコレを投げ捨てる! 」


「わ、わかった――」


 黒い剣が閃き、男の首から下がっていたヘッドホンを繋ぐコードが切れた。これで終わりだ――! 遥か下方の床目掛け、あたしがヘッドホンを投げ落とす。

 あたしの手を離れた青いヘッドホンは、真直ぐに落ちてばらばらに砕け散った。

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