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第二七章 砂嵐 前編

 灼熱の日差しの中、好男は図書館のすぐ近くにある公園のベンチに座っていた。

 その手には、昨日借りた文庫本が乗っている。退屈そうに文字を眼で追う好男。腕時計を見て時間を確かめると、薄らとクマの出来た目元を擦り、頬杖をついてぼんやりと遠くを見つめた。


 猫背気味に身体を丸める好男の背後から、小さな女の子の声が聞こえる。


「あっ、おじちゃんだー! 先に来てたんだね! 」


 元気いっぱいで嬉しそうな女の子の声に、好男が笑顔を作って振り返った。


「やぁカノンちゃん。それに秋祢あきねさん、こんにちは」


「――こんにちは、好男さん」


 自分目掛けて一直線に走ってきたカノンを抱き上げ、好男が秋祢に会釈えしゃくした。日傘の影から、秋祢の微笑む顔がのぞく。せがまれるままにカノンを肩車する好男に、日傘を畳んだ秋祢が寄り添った。


「すみません。こちらからお誘いしたのに、お待たせしてしまって」


 品良く化粧した頬に手を当てて、秋祢が眼を伏せた。熱気のせいか顔を赤らめる秋祢に、好男が気さくな笑顔を向ける。


「楽しみにしてたんで、ちょっと早目に来てただけですから。気にしなくても大丈夫ですよ」


「そう、ですか……」


 桃色に染まった頬を押さえ、秋祢が嬉しそうに微笑んだ。いい雰囲気が漂う中、カノンが好男の口を引っ張って遊んでいる。


「ねぇねぇおじちゃん、昨日テレビに出てたよね。すごいね! 空飛んでるところかっこよかったよ」


「うっ……」


 無邪気なカノンの言葉に、好男の顔が引き攣る。まぁ、と秋祢が目を円くして好男を見た。


「そうだったんですか。……空を飛ぶ……? 仕事に行っていて見逃してしまったので、よろしければ内容を教えてくださるかしら」


 瞳を輝かせて見つめてくる秋祢に、好男の背中を汗が伝う。目を泳がせて言い逃れしようとする好男の顔を両手で包み、カノンが母親に答えた。


「あのねー、好男おじちゃんは、みゅーたんとなんだって。ごはん食べると、強くなるんだって! それで、ふたまたしてるんだって。……ふたまたって、なに? 」


 純粋な眼差しで尋ねるカノンから目を逸らし、好男が空を見上げて誤魔化し笑いをする。


「え、えっと――やだなぁカノンちゃん、聞き間違いをしているよ」


「……」


 それよりどこか遊びに行きたいところがあったら連れてってあげるよ、と好男が強引に話を切り替えている。顔を輝かせるカノンと反対に、秋祢は眉根を寄せて黙り込んでしまった。苦しそうに胸元で拳を握る秋祢に、好男がうろたえる。


「あ、いや、その――秋祢さん、これは……」


 どうにかして上手く誤魔化そうと好男が言葉を探していると、急にカノンが空を指した。


「わぁっ! 見て見て! キラキラがいっぱい降ってきてるよ! 」


 カノンの指差す先に眼を向け、その先にあるものを見て好男が息を呑んだ。


「あ、あれはいったい――――? 」


 どこまでも青く突き抜けた空に、小さな穴が開いている。丁度図書館の上あたりにある穴から、キラキラと光る無数の破片が地上に降り注いでいた。目を見開いて凝視する好男に、秋祢が不思議そうに細い首を傾げている。


「何か見えるんですか? 」


「すごいなー、きれいだなー。どこから降ってくるのかなぁ」


 夢中になって空を見つめるカノンの横で、秋祢が必死に目を凝らしている。腕時計の文字盤に影が現れ、冷ややかな声が聞こえた。


「……あの亀裂……故郷むこうにできたものと同じだ。だが、何故異世界こちらにまで――? 」


 困惑の色が窺える声でアズァが呟き、好男が心中複雑そうな顔をする。しばらく沈黙していると、図書館の方から地響きのような低音が聞こえてきた。


「――――! 」


 驚く好男に、秋祢が短く悲鳴を上げて腕にしがみ付いた。さっきまではしゃいでいたカノンも、笑うのをやめて身体を縮めている。


「何だったんでしょう、今の……」


 音の聞こえた方向を眺め、秋祢が震える声で好男に訊いた。肩を強張らせて警戒する好男の前で、図書館の壁が崩れていく。がらがらと音を立てて崩壊していく壁に、図書館の中から次々と避難する人々が駆け出してきた。


「なぁ、これって――」


「ウェジュの差し金が来ているのだろう。好男、行くぞ。みなの命が危ない」


「でも、秋祢さんとカノンちゃんが――」


 怯える二人を心配して二の足を踏む好男に、今行かなければ間に合わないぞ、とアズァが厳しい声を出した。唇を噛み締めて悩む好男の背中に、すぐ近くから甲高い声が浴びせられる。


「やっと見つけた! ちょっと、どうして昨日勝手に電話切ったのよ! 」


 ぎくりとして振り返ると、昨日テレビに出ていた女性芸能人が肩を怒らせて仁王立ちしていた。その後ろには、機材を担いだテレビクルー達が居る。まさか、本当に来たのかよ……、と好男が蒼い顔で呟いた。


「その隣の女は誰? ……もしかして、あんた子持ちだったわけ? じゃー、あたしとのことも、あの女とのことも、全部お遊びだったってこと? もう、信じらんない! サイテー! 」


 次々と批難の言葉を浴びせる女に、好男が冷や汗をかいて、たじろいだ。腕にしがみ付いていた秋祢がショックを受けた表情で手を離し、数歩後退りして涙ぐんだ目で好男を見つめている。


 二人の女の間で板ばさみ状態になって戸惑う好男に、アズァが腕時計の中から先を急かした。


「好男、刈子殿が向こうで呼んでいる。早く行こう」


 焦りが見えるアズァの様子に、好男はカノンを肩から下ろして図書館へ走り出した。後に残された秋祢とカノンの不安に満ちた眼差しを、その背中で受け止めて。


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