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第二五章 夜に泣く

 白色蛍光灯に照らされた居間で、あたしは刈子の長い身の上話に付き合わされていた。

 時間軸が行ったり来たりで脈絡も無く延々と続く、オチの無い話にうんざりして窓の外に眼を遣るあたし。テレビで好男の姿が放映されて、好男が謝罪の電話を掛けにいってから、もう数時間が経っている。時計はとっくに十一時を回り、空にはキラキラとまたたく星が現れ始めた。


 あたしが全然話を聴いていないことに気付いたのか、刈子も自分語りを止めて外の景色を眺める。


「好男さん、遅いですね……」


「そーだな」


 気の無い返事をするあたしの前で、刈子がとろんとした目をこすっている。うとうととまどろむ刈子に、眠い? とスィフィが尋ねている。こくんと刈子がうなづいた。もしかして、このままこの家に泊まることになるんだろうか……。また新たな幽霊が現れそうなシチュエーションだし、とっとと出て行きたいんだけど。


 はやく帰って来い好男、と念じるあたし。あたしの願いもむなしく、好男が帰って来る気配は微塵みじんもない。刈子は眠そうにソファに寝転がっているし――。カゼひかれたら困るから布団か何か掛けておいてやるか。っていっても、布団がどこにあるか分からないんだけど……。


 居間をうろついてそれらしき物が無いか探してみたけど、見つからなかった。しょうがない、十四季に訊いてみるか。不気味なくらい静まり返っている二階へ行き、十四季の部屋を見つけたあたしはドアをノックした。物音一つ聞こえない廊下で、返事を待つのがめんどくさくなったあたしが、入るぞ、とドアを開ける。


 白いドアの向こうに広がる奇妙な部屋にあたしは目を円くした。バイオリンやアコースティックギター等の弦楽器が部屋いっぱいに詰め込まれている。その真ん中で、十四季が分厚い本片手にメトロノームをじっと見つめていた。とても声を掛けづらい雰囲気だ。


 思わず何も見なかったことにしようとドアを閉めかけるあたしに、十四季が気がついた。


「……どうした」


「いや、その――刈子が寝ちゃったからさ。布団どこにあるかなーって」


 ひきつった顔でそう言うと、十四季が無言でベッドを指した。ここにある掛け布団を持っていけってことかな。散らかった楽器を踏まないように注意しながら、あたしは布団を運び出すために、部屋の中に入った。気をつけているのに、右足が楽器の山に当たってしまった。がらがらと色んな音を出しながら、楽器の山が崩れる。


「ご、ごめん」


「……別に」


 壊れた楽器に眼もくれず、十四季が冷めた声で答えた。つんと横を向いているその頬には、さっき泣いたときできた涙の跡がある。気まずくなって眼を泳がせるあたしに、十四季が本を閉じて呟いた。


「……さっきの飯、美味おいしかった」


 メトロノームを見つめたままそう言う十四季に、あたしは驚いた。いつも変に格好付けたことばかり喋る十四季が、こんな俗っぽいことを言うなんて。布団を抱えてその場に立ちつくすあたし。十四季がまた口を開いて付け加える。


「人と一緒に飯食うの、久しぶりだったからかな……」


「うんうん、その気持ちわかるねぃ。一人ぼっちは寂しいよねぃ、やっぱり仲間とわいわいするのが楽しいよぉ」


 どこから入ってきたのか、スィフィが空気を読まない音量の声でうなづいている。おまえには訊いてないっつの! と、宙を舞っているスィフィをあたしが追い払う。どたばたと騒ぐあたしとスィフィの軽口の叩きあいを聞いて、十四季がくすっ、と笑いを漏らした。


「あ、何か勉強してたみたいだよな。邪魔みたいだから、下行くよ」


 年下の奴に笑われたことが恥ずかしくて去ろうとするあたしの背中に、十四季が小さな声で呟いた。


「一人ぼっちは寂しい、か……」


「え? 」


 振り返るあたしに、十四季は笑って首を横に振った。






 ソファですやすやと寝息を立てる刈子に布団を掛け、あたしは麻のカーペットの上に座り込んだ。もう十二時半だ。あたしもなんだか眠くなってきたな……。刈子の背中からクッションを一つ取って、それを枕にする。うん、なかなかの寝心地だ。床が固すぎて肩が凝りそうだけど。


 そのまま気持ちよく夢の世界へ行きかけていると、玄関扉の開く音が聞こえた。好男がげっそりした顔で居間に戻ってきた。


「――おかえり」


「終わった……オレの人生……」


 魂を吐くように声を絞り出し、好男がソファのへりに座った。右手に握っているケータイからは、着信音が途切れることなく響いている。いや、よく聴くと音は一つだけじゃない。胸ポケットとジーンズのポケットからも、着信音が鳴り響いている。こいつ、実は三股してたのか。まぁ自業自得だよな。


 ひたすら途方に暮れている好男を面白がって眺めていると、好男の背後に立っていた悠が好男の頭に自分の額を当てた。俯いていた好男が顔を上げ、うつろな目でケータイを全て取り出し始めた。


「そっか、全部電源切っとけばいいんだ……」


 完全に壊れた笑みを浮かべながら、好男がケータイの電源を一つひとつ落としていく。全てのケータイが静かになると、好男は大きな溜息を吐いて床に倒れこんだ。うつ伏せで腕の中に埋めた頭から、何で夜は声も聞こえないんだよ、メールだけじゃあいつら許してくれないんだよ、と愚痴る声がする。


「くそっ……全て完璧だったはずなのに……! どこから狂った……? 日没から日の入までの時間が使えなくなってからだよ……! 」


 ちくしょー、と好男が拳で床を殴っている。微妙に泣いてるような声の好男に、アズァが同情のかけらも無い口調で語り掛ける。


「元はと言えば、そなたが複数の異性と関係を持ったことに問題があるのだろう。これを機会に大人しく心を入れ替えて交際相手を一人に絞るべきではないか」


 冷めた声でアズァがもっともな意見を述べた。でも、好男は全然聴いてないみたいだ。相変わらずうつ伏せになったまま、ぶつぶつと愚痴をこぼしている。


「……絶対に契約を果たして、元の身体に戻るんだからな……。そしたら――」


 どうやら反省する気は無いようだ。女好きもここまで来ると怒りの感情を越えて尊敬の域にまで達するな……。女の名前を呟く好男に背を向けると、あたしは目を閉じて夢の世界に落ちていった。

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