表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/53

第二三章 悪い予感

 蟹少年が捨て台詞を残して疾風のように走り去っていったのを見送った後、あたしと好男は図書館の屋根から下りて刈子と十四季の元へ向かった。屋根が凹む音に気付いて集まってきた近隣住民を見てびくびくする好男に、アズァが心配するなと言い聞かせている。


「今は一般人に姿を視認されない状態だから、そうきょろきょろするな。足元に躓くぞ」


「や、でも……知り合いに囲まれると生きた心地がしないんだよ」


 青ざめた顔で人ごみに視線を送る好男。集まった野次馬の中には、海原と花柄も居る。それ以外にもどうやら知り合いが居るみたいで、さっきから好男はあたしの影に隠れながら走っていた。暑い中疲れた身体に鞭打って走るのって本当疲れる。悠が首筋にひんやりした手を当ててくれてるお陰で少しは助かってるけど……。


 自動ドアの前に立ち、ガラスの扉が開くのを待つあたし。間髪入れずに好男が来たからすぐドアが開いたけど、またあたし一人ではセンサーが反応しなかった。この機械ちょっとおかしいんじゃないか。むっとして唇を尖らせていると、ブーツで駆けて来る足音が聞こえた。刈子だ。何故かお下げだった髪を解いて、長い髪が腰あたりで揺れている。


「魅首さん、好男さん! さっきの音は? お怪我はありませんか? 」


 刈子の顔が心配のしすぎで蒼白になっている。そんな顔をしていたら、まるで刈子のほうが何か大事に遭ったみたいじゃないか。妙に慌てている刈子を宥めて、あたしは先ほど起こったことを掻い摘んで話した。生真面目な表情で耳を傾けていた刈子が、ほっと胸を撫で下ろす。


「そうでしたか……。よかった、お二人ともご無事で……」


 顔色の悪い刈子に、好男が刈子ちゃんこそ大丈夫? と尋ねている。焦点の合っていない青い目が伏せられ、米神に手を添える刈子。何か重大な心配事でもあるようだ。どうした? と尋ねると、刈子は細い首をふるふると振った。


「――十四季さんと待っていたら、新しい天啓が見えたんです。ひどく不吉な未来……『世界』が崩壊するという未来を……」


「ふーん、『世界』――」


 怯えた様子の刈子を前に、あたしは気のない声を出した。いきなり世界とか言われても、漠然とし過ぎててよく分からない。そもそも刈子の言う『世界』が、スィフィ達が居た世界なのか、あたし達の住んでいる世界なのか、それとも両方ひっくるめたものなのかも分からない。

 あたしが反応に困っていると、刈子の眼鏡に影が現れた。ここはテンキィと直接話したほうが状況を把握できるだろう。元気の無い刈子の顔を覗き込み、あたしはテンキィに話しかける。


「で、『世界』って何なんだ? 何時崩壊が始まるんだ? それはあたし達で止められるもんなのか? 」


 ……これじゃ一方的に質問をぶつけてるだけだな。相変わらず他人と円滑に話を進めることができない自分自身に幻滅しつつ、テンキィの答えを待つ。小さな円いレンズの中でテンキィが申し訳無さそうな顔をしている。


「えっと――実は僕にもよく分からないんだ。ほら、最初に言ったよね? 僕の能力は飽くまで『他人に未来を見せるもの』であって、僕自身が未来の像を見れるわけじゃないんだ」


 そう前置きをしてから、テンキィが金色の前髪を鬱陶しそうに掻き揚げて事の経緯を話し始めた。どうやらテンキィは定期的に刈子に未来を見せ、自分達が望む方向へ未来を調節することでここまで生き延びてきたらしい。あたしが十四季を頼んで図書館を出て行った後も、これからの指標を兼ねて刈子に未来を見せていたようだ。


「そして、刈子ちゃんは何か恐ろしいものを見た、ってことか……」


 腕を組む好男に、テンキィが眼鏡の中で頷く。


「未来の像を見ている最中、刈子が呟いていた言葉から察すると――『世界』っていうのはここら辺一帯を指してると思う。……異世界こっちでは『市』っていうのかな。残念だけどそれ以上具体的なことは分からない。時間についても、一週間以内までは絞れるけど今から何日後かまでは……」


 僕の能力だと精々一週間先くらいまでしか未来が見れないからね、とテンキィが補足した。蟹の少年に絡まれただけでも厄介だと思ってるのに、未来予知だとか複雑なこと言われると頭がパンクしてしまいそうだ。絡み合った情報を整理するために紙に書いておこう。紙を探してポケットにつっこんだあたしの手が御札に触れ、十四季のことを思い出した。


「……そういえば十四季はどこに居るんだ? 何処かに寝かせてあるのか? 」


 読書ブースの中に首を伸ばして見回すあたし。その背後で、刈子が我に返って慌てて立ち上がりブースの奥へ駆けていく。ああ奥で横になってるのか。確か長いカウチソファがあったし、寝転がるには打って付けの場所だよな。そう胸の中で一人納得していたあたしの目が円くなった。


「え、えっと――。暴れて逃げ出したら危ないと思ったので……」


 ぐったりと目を閉じている十四季の手に巻かれたリボンを解きながら、刈子が誤魔化し笑いをした。いやいや、怪我人を縛り上げるなんて自称でも巫女はやっちゃいけないでしょう。足に巻かれたリボンの結び目を解く様子を見ながら、声に出さず突込みを入れるあたし。なんかよく見るとかなり専門的な結び方だし……。モヤイ結びとか言うんだったかな? それは別の結び方か。

 刈子の不思議な思考回路を理解するのに苦しんでいると、どこからともなく腹が鳴る音が聞こえてきた。


「……今の、魅首ちゃん? 」


「ち、違うっつの! あたしじゃないってば――」


 憤慨して両手を挙げた途端、あたしの腹からも大きな音が鳴った。恥ずかしさの余り腹を隠して蹲るあたしの耳に、またあたし以外の腹の音が聞こえる。これ、もしかして――十四季から聞こえてきてる?


 ごそごそと音を立てて、リボンから解放された十四季がソファの上で芋虫みたいな動きをした。


「――――ん……腹減った……」


 それだけ言って、十四季がまた動かなくなる。こいつ、只単に腹が減ってただけだったのかよ! あれだけ心配させておいて、とんだオチじゃないか。がっかりするやら腹立たしいやら、もうどうしていいか分かんないし! ドリフみたいにずっこけたあたしの腹が一際大きな音を立てた。ああ、そういえばあたし朝御飯も昼御飯も食べてない――。……ちょっと待て、十四季はそれに加えて昨日の夜も御飯抜きだったような……。ていうか、水分補給してるとこも見てないし――。


「あのさ刈子、十四季って今日の昼何か食べた? 」


「いいえ。武宮さん、あの一件まではずっと寝ていましたから……。わたくしも、好男さんと朝食を食べたきりですわ」


 あの一件てのは多分、好男の家を御札で破壊した件のことだろう。育ち盛りの男の子が丸一日飲まず食わずってのはかなり辛いだろうな。成長期の終わったあたしが二食抜いただけでこれなんだし。身体の中で栄養を求めて蠢く胃袋を押さえつつ、あたしは考えた。あたしのためにも、何処かで食料を調達しなければ。好男の家に帰るのが一番手っ取り早い方法だけど、そしたらあの破壊の限りを尽くした居間が好男の眼に触れてしまう。

 顔を曇らせるあたしを見て心中を察したのか、良い事を思いつきました、と刈子が両手を叩いた。


「確か、図書館から出るバスで武宮さんのお家に行けたはずですわ。武宮さんも、自分のお家で休んだ方が疲れが取れるんじゃないでしょうか」


 なるほど、バスだったらこれ以上歩かなくて済むし、いいかも――って、何で刈子が十四季の家を知ってるんだ? 実はこの二人、知り合いなのか? 好男も同じ疑問を抱いたらしく、ストレートに尋ねている。面食らっているあたし達に、刈子が眩しいほど天真爛漫な笑顔で答えた。


「武宮さんのお母さまが、一度瞑想の集会にいらっしゃったことがあるんです。お友達に誘われてですけど。そのときに住所を教えていただいたんです」


「へ、へぇー」


 訊かなきゃよかったと引いてるあたしに構わず、刈子が教義と瞑想の相関関係について語り出した。より高次元の存在とコンタクトして第三世界に指標を見出すとか何とか、あんまり理解を示したくない事柄を楽しそうに話す刈子に、流石の好男も困惑している。


「よしっ、そうと決まったらさっさと行こう。刈子ちゃんには道案内をお願いしてもいいかな」


「はい! 勿論ですわ」


 わざとらしく明るい声で好男が刈子の語りを遮り、刈子の手を引いて図書館を出て行ってしまった。十四季を運ぶのはあたしの役目ってことかよ……。そんなに男に関わりたくないんですか、そーですか。心の中で好男に対して呪詛を吐きながら、あたしも十四季を抱えてバス停に向かった。





 バスに揺られること十数分。古い木造の家屋が立ち並ぶ閑静な住宅地にあたし達は下ろされた。空腹で動く気力も無い十四季を背負ったまま、あたしが辺りを見回す。いかにも下町って感じの町並みだ。


「こっちですー」


 好男と手を繋いだまま、刈子が軽い足取りで先を歩いていく。こっちは人間背負っててスキップとかできる状況じゃないんだよ。刈子は力が無いからいいとして、まだ体力に余裕がある好男が楽してるなんて許せない。暑い日差しにちりちりと首筋を焼かれているあたしの横では、悠が冷たい手を伸ばして冷気を送っている。


「……あの、ね……好男、悪気があるわけじゃない、から……。あんまり怒らないで、あげて……」


「あれの何処が『悪気がない』んだよ。悪意ありありじゃねーか」


 目の前で駄菓子屋からカキ氷を買って刈子に食べさせている好男を見て、あたしが毒づく。くっそ、何が、はい口開けてー、だよ。一般人に姿が見えるのは自分だけだからって、好き勝手やっていいにも程があるぞ。好男なんか女の子口説いてるところ見つかって職務質問されてしまえ。

 存分に夏を満喫している好男達に、あたしは思わず歯軋りする。何時の間にかスィフィも向こうに行ってカキ氷を分けてもらってるし。折角都会に来たっていうのに、これじゃ全然いいとこ無いじゃないか――。

 

 ずっしり重い十四季を背負うあたしの肩が下がり、気の抜けた溜息が出た。なんか、あたしがイメージしてた理想の暮らしからどんどん遠ざかってる気がする。いや、最初にスィフィに声を掛けた時点でもう終わってたのかも知れない。わいわい騒いでいる好男達の後を、鬱々とした気分であたしは歩いた。小ぢんまりした交番の横を通るあたしの足が止まる。


「どう、したの……? 」


 毛玉みたいなぼさぼさ髪を垂らし、首を直角に傾けて悠が尋ねるけれど、あたしの耳にその問いは入っていなかった。交番の前にある掲示板に釘付けになってるあたしの目はきっと真ん円に見開かれていただろう。悠が首を手で元の位置に戻し、掲示板を振り返る。


「……この女の子、知り合い……? 」


「ああ――顔だけな」


 捜索願と書かれた文字の下、大人しそうな女の子のカラー写真が貼り付けてあった。間違いない、高層ビルのレストランであたし達を襲ってきた奴が操っていたあの子だ。

 白井しろい 柚風ゆふっていうのか――。何処か翳のある瞳で控えめに微笑んでいる少女の横には、居なくなった日の服装等彼女の特徴が書かれている。ずり落ちてくる十四季を背負いなおしつつ、あたしは女の子の写真を見つめ続けた。

 今まで皆と一緒に居たからあまり意識せずに済んでいたけど、あたしも刈子も、そして十四季も、世間一般的には『行方不明』扱いなんだよな。事の深刻さに今更気付いて目を伏せるあたしを、好男が呼んでいる。


「おーい、魅首ちゃーん。カキ氷溶けちゃうよー」


「イチゴ練乳美味しいですよー! 熱気払いに魅首さんもいかがですか? 」


 ったく、暢気な奴らだな……。白い歯を見せて楽しそうに笑っているおちゃらけた二人にじとっとした視線を送ると、あたしは早足で歩き出した。顎から滴り落ちた汗が、アスファルトに黒い染みを作った。まるで、紙が焼け焦げていくように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ