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第二章 電車の中で

「な、なななん何なんだおまえっ」


 頭の中が非常事態になったあたしは普段のお行儀は何処へやら、思わず地の喋りで人差し指をそいつに向けて叫んだ。電車の中には線路を走る車輪の振動音と車体と外気の摩擦音が在るのみ。至極当然なことを訊かれたそいつは意外や意外と円く剃られた眉を上げておちょぼ口を尖らせた。


「よろしくないぞぉー。まず自分から名乗りたまへー」


 そいつは緑とピンクのまだらになった髪を掻き揚げ、これ以上ないほど偉そうにふんぞり返ってあたしを見下ろす。そいつのどこぞの社長張りに偉そうな態度にあたしはむっとして立ち上がり、広告に顔をくっ付けて大声で名乗った。


丙盟へいめい 魅首みしゅ、十八歳だっ! 何か文句あるのか、ぁあ? 」


 ドスを効かせてそう言うと、折角人が言われたとおりに自己紹介してるのに広告の中のそいつは耳を押さえて眉を顰めた。


「うるさいのぉー。疲れた疲れたって言うわりには元気そうじゃん? じゃんじゃん? 」


 ふざけた顔でにまっと笑うと、そいつはあたしに広告の中から精一杯顔を近づけた。どうなったかって? ショウウィンドウに顔を引っ付けた子どもがなるみたいな顔になったわけだ。分からない奴は誰かに頼んでやってもらえばいい。


 あたしの脅しに全く動じず、そいつはマイペースにのらくらと自己紹介を始めた。


「おいらの名前はスィフィだよん。名前の由来ってのはぁ、話すと長くなるんだよねー。え、聴きたい? んじゃー話そっかなぁ」


「誰もおまえの話が聴きたいなんて言ってないっつの」


「この髪の毛、ナイスなストライプになっちゃってるでしょん?特にここのピンクの量が絶妙なんだけどねぇ……」


「だからおまえの名前の由来なんかどうでもいいんだよ」


「……が、だからここでこうなってさぁ。んでもっておいらの伯母さんが言ったんだよね、おまえさんそれじゃ空飛ぶパンプキン・オッズだって。はははホント笑っちゃうよね、でしょ? でしょ? 」


「聞こえてんのか? 」


「それからさ……うん、これが一番大事なトコなんだけど……うへへ笑えるぅー。いくらなんでもそれは無いよねぃ、ジャキンミッシューンって、それでも謝ってるつもりかっての! 」


「シカトもいい加減にしろよテメェ」


「……って、これがおいらの名前の由来。分かったかねぃ? 」


 忍耐力をフル稼働させているあたしの努力など露知らず、そいつはにやりと笑ったまま人差し指を広告の表面にぐりぐり擦り付けた。

 そんな仕打ちをされて不機嫌も当然なあたしに、そいつは当たり前のように上から目線で神経を逆撫でする口調で訊いた。


「んん? 分からなかった? んじゃあもう一回話してあげようかぁ」


「分かった! わかったから、もう一人で話すのやめろ! 」


 また長い与太話を開始しそうになる広告の中の奇天烈人間を制止して、あたしは混乱した頭を何とか整理しようとする。――が、出来るわけがない。この状況で。

 考えすぎて煮詰まり頭痛が始まった頭を押さえ、あたしはぐったりとした眼でそいつに訊いた。


「えーと……スィフィとか言ったな。おまえ何でそんなところにイカレた格好で居るんだ? 」


 あまりの非日常に気分が悪くなって顔色が青ざめてきたあたしに気を遣うような素振りを見せて、そいつは今までの能天気から少し声のトーンを落とすと落ち込んだ様子で話し出した。


「ん……おいらこの中に閉じ込められちまったんだよぅ……。そりゃー、いつものおいらの力を持ってすれば、こんなちゃっちい檻なんてすぐ出られるんだけどさ……」


 てっきりあたしを待ち伏せして物好きにも広告の中に自分から入っていたと思っていたが、どうやら違うみたいだった。そいつはよく見ると『中学一年生』なんてナンセンスにもほどがある昭和初めの挿絵作家が描いたような黄ばんだ広告の中に入って、少しだけ悲しそうに見えた。


「閉じ込め……られてんのか」


「あるお方から呪われちゃったんだよねぃ……一人ぼっちは嫌だねぃ」


 さっきまでの元気が嘘のように、そいつは広告の中で肩を落とし背中を丸めて小さくなっていった。緑とピンクの縞髪で隠れた顔からは、くすんと鼻をすする音が聞こえてくる。

 つまらない古い色褪せた広告に閉じ込められた場違いなド派手人間。外の世界を恋しがっても決して出られないその姿が、何故かさっきまでのあたしとダブって感じた。あたしだって、居たくも無い場所に縛られる苦しさはよく解かる。憧れる外の世界がすぐそこなら、なおさらだ。


 超常現象の恐怖を超えて同情が心に芽生えたあたしは、吊り広告の中で電車の振動に合わせ揺れるそいつの背中に、不覚にも優しい声を掛けた。


「――あたしが一緒に居てやるよ」


 俯いていたまだら髪の頭がぴくりと動いた。傾きかけた昼の日差しは埃で曇った電車の窓を通して赤みのとんだ広告とあたしの後頭部を照らす。


「……ほ、ホント? 」


 長い前髪を掻き分け意外に素直にそいつは頬を染めて顔を上げた。一度言ってしまったあたしは言葉を引込めるわけにもいかず、照れ臭いけれど頷いた。


 途端に、広告の中から色とりどりのリボンが飛び出してきて、あたしの眼前でうようよとくねりだした。唖然とするあたしの前を断末魔を上げるミミズみたいにのたうちまわるリボン達。よくよく見るとその先の一つひとつに、薄桃色の変てこな形をした物体が巻き取られていた。

 全ての物体が巻き取られると、賑やかな色のリボン達は色褪せた広告の中へ音も無く戻っていく。呆気に取られているあたしの耳に、広告の中の奇天烈人間が笑い転げる声が聞こえてきた。


「契約成立ぅ! あっりがとねぇーい! 」


 狡猾そうな顔でそう言うと、そいつは手に持った銀色に輝く金属板をあたしに見せ付けた。そこに踊る意味不明な象形文字にあたしは眼を白黒させながら眼を通す。見ても全く読めなかったが、文字が眼に入ると頭の中でさっきの言葉が独りでに再生された。

 つまり。

 騙されたってわけだ。あたしは。


「これはれっきとした契約書だからねぃー。誰がどんなことしたって契約が果たされるまで破棄できないよーん! 」


 緑とピンクの髪を振り乱して狂喜乱舞するそいつ。広告の中で上下するキラキラ輝く契約書を取り戻そうと、あたしは紺のハイソックスを履いた足で蛙よろしくびょんびょん飛び跳ねる。


「ふ、ふざけんなよ! そんなのサギだぞ! あたしはそんなつもりで言ったんじゃないっ」


 誰がどう聞いても正当性溢れるあたしの言葉を聞いて、そいつは小生意気な笑みを浮かべたまま人差し指を振った。


「ちゃんと確認とったよぉ。ほらさっき、『ホント? 』って訊いたじゃん。……じゃん、ジャンパースカート! 」


 なんてレベルの低い駄洒落を吐いて、そいつは笑い転げながら広告の奥に契約書を仕舞いこんでしまった。視界から消えてしまった契約書を見つけ出そうと、あたしは必死に背伸びして寒い宣伝文句が踊る広告の中を覗きこむ。

 こんなクレイジーにも程がある奴と契約なんかしてしまって、何されるかわからない。お先真っ暗だ。何としてでもあの契約書を取り返さなくては。

 不屈の精神で広告の中に眼を走らせるあたしを見て、そいつはにやにや笑って言う。


「契約書取り返したいのねぃー? そしたら契約書に書かれた責任を果たさないとねぃ」


「せ、責任? 」


 そいつが上から目線で放った言葉にあたしは思わず鸚鵡返しで訊き返した。責任、この世で一番面倒臭い言葉。悪いことが起こったとき、皆を代表して罰をうけたり、一人だけ束縛されてしまう厄介なモノ。これまでずっと避けて通ってきたそれをあたしに押し付けるっていうのか。


「そぉだよーん。それが果たせないまでは、おいらと魅首は二心一体なのねぃ」


「一心同体じゃなくて……? 」


 理解し難いことを言われ、あたしは今朝一時間かけて麗しく整えた眉を寄せた。うんうん、とそいつは悦に入って頷き、そして突然はっと目を見開いた。


「どーしたんだよ」


「次の駅についちゃうぞっ! 魅首ぅ、早くおいらをこの檻ごとそのぼろっちい鞄に入れてくりっ! 」


 そいつに言われて揺れる電車の窓を見ると、外の景色が緑生い茂る山から小さい町へと変わっていく。駅に着けば一人くらいでも他の乗客が乗ってくるかもしれない。吊り下げられた広告と向き合い一人で喋ってるあたし……史上最低にかっこ悪い。


「……今度は何もしないだろうな」


「はやくはやく! 他の人に見られるの、魅首だって嫌でしょー? 」


 念を入れて問いただすあたしの質問に答えず、そいつは緑とピンクの髪をぱたつかせてあたしを急かす。睨みあうようにしているうちに、電車が駅のホームへと入ってしまった。

 序々に速度を落とす電車の曇った窓ガラスを通して、駅のホームに立つ半そでノータイのクールビズな、でも顔は暑苦しいサラリーマンが見える。丁度あたしが乗る車両がサラリーマンの前で止まることに気付いたあたしは、切羽詰った結果急いで電車の吊り広告を引き千切り肩掛け鞄の内ポケットに捻じ込んだ。


「痛たた! んもー、乱暴すぎるよぉ」


「静かにしろよっ」


 喚くそいつを鞄の上から押さえつけると、あたしは至って平静を装って乗り込んでくるサラリーマンと目を合わせないように窓の外を見た。サラリーマンはあたしなんか全く気にかけず、入ってきた昇降口に一番近い7人掛けシートに偉そうに踏ん反り返って三人分の場所を占拠した。あたしはなるべくサラリーマンの気を引かないように、鞄をしっかり押さえたまま伏し目がちに電車の床を見詰め続けた。


 終点までの四時間半の間、結局この車両に乗っていたのはあたしとサラリーマンだけだった。

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