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第十六章 震える心

 アパートに向かい指揮をする十四季の背中に無数の蟹鋏が襲い掛かろうとしたまさにその時。

 アパート一階の扉が勢いよく開いて、黒い影が十四季とバンダナの少年の間に躍り出た。背の高さからして好男だろうか。その手に握られた黒い剣が縦横無尽に空を斬り、眼にも留まらぬ速さで宙に浮かぶ蟹の鋏を次々と叩き落していく。


 なかなかどうしてカッコいいじゃないか。普段はアレだけど窮地の時には頼れる奴だと、あたしの中で好男に対する好感度がぐっと上がった。正直なところ、音に気付かずに起きてこないだろうと思っていたから余計に感動が大きい。


 腹部の痛みも忘れて感激していると、黒い人影に続いて刈子もアパートから飛び出してきた。演奏に我を忘れていた十四季も背後に少年が来ていることにやっと気付き、少年の方へ振り向いて右足で新たな律動を刻み始めている。三人に囲まれて、いきなり形勢が逆転して窮地に追い込まれたバンダナの少年が一歩、後退りした。


「どうした紅太っ! 強くなりたいんだろう、三対一でも恐れず闘うんだ! 」


「……うぅ……」


 どう見ても敗戦色の濃い状況に尻込みする少年を、バンダナに棲む熱血漢が叱咤激励している。

 この状況で、はいそうですか、と喜んで戦いに行くような物好きはそうそう居ないだろう。


 三人がじりじりと少年との距離を詰めていく中、あたしは少年の背負うリュックサックの中にスィフィが囚われていることを思い出した。アスファルトに爪を立てて皆の方へ這い寄るあたし。

 ちょっとしたホラー映画のモンスター気分を味わってるあたしに刈子が気付き、好男らしき人影にあたしが居る場所を教えている。人影が人に有るまじき跳躍力で五メートルほどの距離を飛び越え、あたしのすぐ横に降り立った。

 え、五メートルくらい助走をつければ人間でも飛べるって? いやいや、助走無しで跳んだんだってば。それも電信柱と同じくらいの高度まで。


 アスファルトに腹ばいになっているあたしが首を捩ると、真黒な人影が手を差し伸べて抱き起こしてくれた。


 ……やっぱり好男だ。高級レストランの最上階で光る女の子と戦った時のように、アズァの黒髪が鎧となって好男の体を包み込んでいるから顔が見えないけど。有無を言わさず内臓の負傷を治療する好男に、あたしは一寸照れながら礼を言った。黒髪の鎧に包まれた顔がこちらを向き、背筋も凍る冷たい声が聞こえる。


「無事で良かった、魅首殿。……ところで、スィフィは何処に? 広告を挟んだファイルを所持しておられぬようだが」


「なんだアズァか――」


 童話の騎士のように振舞っていたのがアズァだったと知り、あたしは思わず不満の声を漏らしてしまった。道理で格好良すぎた訳だ。溜息を吐くあたしを見て不思議そうに首を傾げる黒い鎧の中からは、微かに好男のいびきが聞こえている。

 十四季の出す音にも気付かず、更に、あれだけ身体が動いたというのにも構わず眠り続けるとは、この男……。

 ったく、あたしのときめきを返してくれよ。再び好男に対する好感度メーターが下がり始めたあたしに、アズァが再度スィフィのことを尋ねてくる。


「魅首殿……」


「あ、ああ……ごめんごめん」


 好男への不満をアズァにぶつけてもしょうがないよな。気を取り直して、スィフィはバンダナ少年の背負うリュックサックの中に入れられてることを伝える。ついでにあの少年の能力と、それを使った作戦の内容も話すと、アズァの造り出した鎧が腕を組み考え込んだ。


「成程……。毒を盛られたようなものだな」


 そう言って、鎧が動き、腹を摩る。気付かぬうちに好男の腹を破るようなことにならなければ良いが……とか、さり気無く怖いことを言うアズァに生返事をして、その場から立ち上がる。


 怪我が治ったのはいいけど、さっきみたいに体内の蟹の殻を操られたら手も足も出ない。どうやらバンダナ少年は今のところ人並みの良心を持ち合わせてるみたいだから、上手いこと言い包めたら仲間になってくれるかもしれない。

 如何にしてスィフィを無傷で取り戻すか錆付いた頭脳をフル回転させていると、四方を囲まれた少年が落ち着きを失くしている様子が見えた。


「す、スォン先生……囲まれちゃったっすよぉー……」


「大丈夫だ紅太! これまでの特訓を思い出せ! 寒い夜も! 暑い昼も! 頑張って修行してきたじゃないか! 自信を持て! おまえには自分の努力を誇る資格があるぞっ! さぁ、今までの成果を我輩に示してくれ! 困難を乗り越えてみせるんだ! 」


 気温が六度くらい上昇するんじゃないかと思える程熱い台詞がバンダナからぶち撒けられ、ひ弱そうな少年が震える両手を握り締め拳を作った。

 なんかヤバイ。これは少年漫画で気弱だったいじられキャラが急に強くなるパターンな気がする。まるで見えない気に圧迫されるように、あたしは後ろへ下がった。同時に、拳を握り小さな肩を震わしていたバンダナの少年が胸いっぱいに空気を吸う。


「……わかりました……スォン先生」


 未だ幼さの抜けない口元が動き、少年が思う言葉を紡ぐ。地面に叩き落され無残に割れた蟹の殻達がかたかたと揺れる。


「見ててください……! これが、修行の成果っす――! 」


 閉じていた両手を開いて前に突き出し、少年が叫んだ。砕けた蟹鋏が紅の渦となって舞い上がり、怒涛の勢いで刈子と十四季に迫る。思わず二人の名前を叫ぶあたしを置いてアズァが赤い奔流に身を投げ、二人の前に黒髪で巨大な壁を造った。勢いに押し負けて撓る髪の壁に、あたしも何とかしなくてはと少年目掛けて走り出す。真後ろから蹴りを見舞ってやろうとするあたしに少年が右手を翳し、薄紅色の粉があたしの身体を包んで宙に持ち上げる。


 これは――さっき砕けた蟹の殻の粉? 蟹の殻でアズァ達を攻撃する一方で、その粉であたしを放り投げるとは……。少年の完璧な能力制御に驚き眼が円くなる。それだけじゃない、相手が二手に分かれても対応できるように敢えて動かせる粉を残しておいた――。


 重力に引っ張られ逆さになって落ちながら、あたしはバンダナの少年を見詰めた。純真な眼は真直ぐにアズァ達に注がれ、攻める勢いは衰えない。仲間になってくれれば……なんて考えは甘かった。こいつは絶対に自分の意思を曲げない人間だ。その意思とはあたし達を倒すこと――こっちも全力で立ち向かわなきゃ、勝てない。

 ボロアパートの壁に打ち付けられる寸前、アズァの黒髪が伸びてきてあたしの身体を包んだ。衝撃が緩和され、そのまま刈子達のもとに降りる。


「ありがと、アズァ」


 礼を言うあたしに黒い鎧が無言で頷く。何処からこんなに大量の髪が出てくるのか、二階建てのアパートを包む程まで広がる髪のドームを見上げると、あちこちの隙間を縫って蟹の殻が覗いてきている。


「申し訳無いが……この壁も長くは持たない。魅首殿、刈子殿、武宮殿、今のうちにアパートの中へ。こちらの攻撃が通るのが先が、あちらの能力が発動するのが先か……。一か八か一騎打ちに賭けさせてもらう」


「そんなっ! アズァさんと好男さんをだけを危険に晒すわけにいきませんわ! 」


 首を振る刈子を手で制し、十四季が前に進み出る。


世界の破滅エンド・オブ・ザ・ワールドを防ぎ華やかに散るのは邪眼に選ばれし俺にこそ相応しい役目……。貴様はその能力に見合った役目を仲間と共にを果たすがいい……退け……」


「おい十四季、なに寝惚けたこと言ってんだよ。おまえの能力じゃあのガキの攻撃を防げないだろ。ここは大人しく一番経験のありそうなアズァに任せて――」


 死に急ぐような台詞を吐く十四季を宥めようとそこまで言うと、運命に選ばれなかった者にはわかるまい……とか更に鼻に掛かった台詞を十四季が呟く。わざわざ心配して言ってやってるのに生意気な奴……!

  刈子の制止も聞かず十四季の胸倉を掴むあたしの頬を、壁を突き抜けた蟹鋏が切り裂いた。思わず怯んだあたしの手を振り払い、涙眼になった十四季が壁の向こうの少年に黒い包帯を巻いた右手を翳す。


「消し飛べ! 」


 止める間も無く、十四季の右手から暗黒爆錬武闘の衝撃波が放たれた。ぶちぶちと黒髪の壁が引き千切られ、赤い奔流となって襲い来る蟹の殻を粉砕し、音の暴力がバンダナの少年に迫る。

 突然の反撃に硬直する少年のバンダナから熱血な声が何か叫ぶのが聞こえ、砕けた蟹の殻が少年とリュックサックを真横に弾いた。衝撃波が少年の肩とリュックサックを掠め、赤い布がひらひらと宙に舞う。


 スィフィが入った吊り広告が破れるんじゃないかと悲鳴を上げるあたしの横で、外したか……と十四季が舌打ちしている。こいつ、後で絶対しばき倒す。


 こっそり殺意を抱かれてるなどとは露知らず、負傷した少年にさらに追い討ちを掛けようとする十四季。第二撃が放たれようとしたまさにその瞬間、十四季の右手を黒い鎧が掴んで頭の後ろに捻り上げた。あたしと刈子が驚く前で、防御の壁を崩して黒い鎧の覆面部分が解けていく。


「おい……どうしてくれるんだ? これ」


 髪の兜の下から、不機嫌絶頂の好男の顔が出ている。指し示すその頭にはくっきりと五百円玉ハゲが出来ていた。……ああ、十四季がアズァの髪を吹き飛ばしたからこんなことになったのか。

 素直に謝ればいいものを、十四季は反省する素振りなど微塵も見せずに、攻撃進路を塞いでいた貴様に非が在るだろう、と生意気な口を叩いている。二人が険悪な雰囲気で睨み合っている間に、少年のほうは体勢を立て直して飛び散った蟹の殻を自分の周りに引き寄せている。


 そうだ、仲間内で争ってる場合じゃないんだ。少年が反撃してくる前にスィフィを取り戻さねば。互いにガンを飛ばしあってる好男と十四季の間に割り込むと、あたしは二人にスィフィが少年のリュックサックの中に入ってることを伝えた。


「ふん……相手を見くびるからそんなことになるんだ。自業自得だな。これだから選ばれない者は……」


「それは大変だっ! でも大丈夫、オレとアズァでスィフィを取り戻すから。魅首ちゃんは安全な場所で待っててくれ! 」


 両方とも予想していた通りの反応だ。互いの反応がどちらも気に入らなかったらしく、あたしをはさんで火花を散るような視線の応酬が繰り広げられる。もう駄目だ、こいつらには協調って言葉が適用できないらしい。頭を抱えるあたしを置いて、好男と十四季が競うように駆け出していく。


「退け! これは相応しいエナジーを持つ者に架せられた試練であって、貴様如き下賤の者には任せられないことだ」


「はっ、冗談じゃない! おまえみたいな青臭い輩に大事な魅首ちゃんの命を任せられるわけないだろ! 足手纏いだからあっちへ行ってろ」


 聞いてるだけで頭が痛くなるような馬鹿々々しい台詞を二人がぶつけ合う。どちらも相手の話を全く聞いてないってとこが余計に事態を悪化させてる気がする……。終いには言葉でなく本当に攻撃をぶつけ合い始めてるし。


 黒髪の剣と衝撃波が入り乱れ、蟹の殻で作った紅の渦の中で、バンダナの少年がおろおろしている。これじゃどっちが悪役か分からないじゃないか。……まぁ、だからといってこっちが元は正義だったかと訊かれると返答に困るけど。


 それにしても、どうしてあの少年は最初に使った体内の蟹殻粉を固定する技を使わないんだろう? 十四季の放った衝撃波の煽りを受けて吹っ飛んでいるバンダナ少年を不審に思って見詰める。今度は好男の振り回した剣の切先が少年の鼻先を掠めている。

 リュックサックを背負ってるせいで小回りが利かないようだ。下手すると少年もスィフィも真っ二つや粉々になってしまう、と、はらはらするあたしの眼に、少年が唇を噛んで今にも泣きそうな表情をしている様子が映った。好男の操る黒髪の剣がリュックサックの肩ベルトを切り裂き、十四季の起こした突風で少年とリュックサックが離される。


 重いリュックサックが離れた少年は枯葉みたいに吹き飛ばされ、コンクリートの塀に体を強かに打ちつけられた。思わず眼を逸らして歯を食い縛るあたしの耳に少年の嗚咽が聞こえる。しまった、そういえば泣いたら強くなるんだったっけ――。眼を覆っていた手を恐る恐る下ろして見ると、ぼろぼろになった少年がアスファルトに座り込んで流れる涙を手の甲で拭っていた。


「……わかんないっす……ボク……ボクの求める強さは……」


「どうした紅太! 泣いてるだけじゃ何も進展しないぞ! 行動を起こすんだ! 」


 バンダナから聞こえる熱血な声に、大粒の涙を零していた少年の動きが止まった。目の前で好き勝手に暴れている好男と十四季と正反対に、バンダナの少年は不気味なほどに静かだ。……いや、少年が黙ってるから静かなんじゃない。好男が飛ばすアスファルトの欠片も、十四季が巻き上げる砂埃も少年の周りには届かないんだ。何かとてつもないことが起こりそうな気がする……。

 妙な胸騒ぎを覚え警戒していると、少年が顔を覆っていた手を下ろした。両手が握り締められ、拳が形作られる。前髪の下で光る瞳は純真さを失い、どす黒い感情を湛えていた。バンダナから聞こえていた声が勢いを弱め、少年の名を呼ぶ。


「……紅太? 」


「作戦だけじゃ駄目っす……。やっぱり強くなるにはもっと大きな力が必要っす……」


 少年の拳がさらに固く握られ、その爪が肉に食い込む。濁った眼からとめどなく流れ続ける涙がアスファルトに黒い斑点を作り、少年が口を開いた。


「ボクは――ボクは強くなりたいんだ――――ッ!」


 涙を流して絶叫する少年の声に応えるように大気が震え、全身の毛が逆立つのをあたしは感じた。

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