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Another World the 2nd chapter

 水晶のように透き通った廊下を、二人組みが歩いている。白いマントを着たウェジュが一歩進むごとに壁の照明に光が点り、薄暗かった城内を照らし出していく。その後ろを歩く黒いマントを着た少女は無言だ。

 

 複雑に組み入った透明な廊下を半刻ほど歩き続け、巨大な扉の前でウェジュの足が止まった。乳白色の一枚岩で作られた扉が壁を被い、そこに刻まれた太陽を表す紋様が二人を見下ろしている。

 両脇で槍を構えていた護衛兵が槍を下ろし、ウェジュに敬礼した。それに応えて頷くと、兵士が重そうな岩の扉を開く。自分を取り巻く状況にただ怯えるばかりの少女にその場で待っているように言いつけると、ウェジュは乳白色の扉を潜った。


 一面真白な広い部屋の中央に、白いレースの蚊帳で包まれた寝台が在る。足音に気付いたのか、寝台に横たわっていた誰かが身を起こした。真綿のような白い髪が揺れ、白魚のような手がレースの蚊帳を捲る。


「……陛下! 」


 扉が閉まると同時にウェジュが寝台に駆け寄り、儚げな女王の傍に跪いた。光を浴びて輝く白髪を揺らして女王が微笑み、俯くウェジュの顔を上げさせる。頬に触れる女王の冷えた手をそっと両手で包むと、ウェジュはこの世界の支配者を見上げた。見詰めるその視線からは鷹のような鋭さが薄れ、敬愛の情が感じられる。女王も彼の気持ちを理解しているようで、優しく微笑み返した。


 笑顔ながらもどこかやつれた雰囲気の女王に、ウェジュは胸を痛ませる。暗い表情を浮かべているウェジュを女王が優しく慰める。


「落ち込むことはない、そなたの働きのお陰で幾許か回復の兆しが見えてきているのだから」


「……はい、陛下」


 励ましの言葉を受けながらも、ウェジュの顔は翳りを帯びている。周りを心配させないように健気に振舞う女王を護りきれないことが、彼は歯痒かった。異世界むこうに追放された反逆者の魂を狩ることで辛うじて容態の悪化を食い止めてはいるが、女王が体力を消耗しているのは目に見えて明らかだ。一刻も早く全ての反逆者達を捕らえなくては。そうウェジュは心に刻んだ。


 眩しい光に包まれた白い部屋の静寂が、女王の咳で破られる。思案を巡らせていたウェジュが顔を上げ、医者を呼ぼうと寝台の横に下がる紐を握る。それを女王が止めさせ、咳き込みながら口を開いた。


「もう少しだけ、そなたと二人きりで話がしたい……」


 雪解け水のように澄んだ水色の瞳で見詰められ、ウェジュは赤面して手を離した。己を恥じて顔を伏せるウェジュに、女王が尋ねる。


「そなたに任せたスィフィは如何した? 」


「はい、奴なら既に私が始末を……」


 足元に跪くウェジュが懐を探り、透明な珠を取り出した。その中を幾つかの色の付いた球がくるくると廻っている。その数を見て、ウェジュの瞳が円くなった。どうしたのかと尋ねる女王に、床に額を付けんばかりの勢いで頭を垂れた。


「アズァもろとも確実に始末したはずでしたが……何らかの理由で仕留め損なっていたようです」


 一生の不覚と謝るウェジュに、女王は怒ることもなく只静かに呟く。


「そう気に病まずに。そなたが欺かれるほどの能力を持った者が何処かからスィフィに力添えしていたのであろう。たった一人で三人相手によく闘った、わらわはそなたを誇りに思う……」


 頭を垂れて女王の言葉を聴くウェジュの両手が拳を作る。確かにあの時スィフィとアズァの『契約者』達を斬ったはずだ。もしあれが幻覚だったとすれば、そんな能力を持つのは宮廷占い師だったテンキィしかいない。かつて共に女王に仕え、この世界の行く先を語り合った同志達が何故今反旗を翻し、女王自ら追放を決めたスィフィに協力するのか……。

 騎士団の副長だったアズァにしてもそうだ。これまで女王の傍にいてその恩恵を浴びて生きてきたのに、その女王が弱って助けを必要とする時に裏切った彼らを、ウェジュは許すことができなかった。


 眼を上げて、騎士団の長が寝台の上の女王を見詰める。真綿のような白く長い髪に縁取られたその高貴な顔は世界を統べるに相応しく、世界の始まりから何一つ変わらない美しさを誇っている。幼い頃から彼女に仕えてきた若き騎士団長は、何時の間にか世界を治める女王に主従を超えた感情を抱くようになっていた。

 その想いが余計に彼を焦らせるのだろう。これ以上女王を苦しめまいと、憎き反逆者を討つためウェジュは立ち上がった。


「申し訳ありません。すぐにあの三人の魂を討ち取って参ります」


 一礼して去ろうとするウェジュの手を女王が引き、寝台から立ち上がった。


「……! 陛下、いけません。どうか御無理をなさらず――」


 よろめく女王を抱きとめて寝台に寝かせるウェジュの手を、白く華奢な手が握る。澄んだ水色の瞳に見詰められて頬を赤らめるウェジュの耳に、苦しげな女王の声が聞こえた。


「サマンテ、わらわの傍に居ておくれ……。きっと明日にはもう日の光が消えるだろう……そなたの光で、民を照らしてほしい。この世界には、希望が必要なのだ……」


 息も絶え絶えにそう語り掛ける女王に、ウェジュは目を伏せ頷いた。女王の冷え切った手をしっかりと握り、その唇が開く。


「わかりました――。スィフィとアズァ、それにテンキィの元には代わりにレェンを遣わすことにします」


 真剣な表情のウェジュがそう答え、女王は微笑んで枕に頭を預けた。安心して眠りに落ちた女王の白い頬に、そっとウェジュの指先が触れる。何があっても女王陛下を護り通す。穏やかに寝息を立てる女王の横顔を見詰め、騎士団長は決意を固める。そう、そのためにはどんな手段も選ばない。例え異世界むこうを壊すことになろうと――。


 胸に燃える意志の炎に合わせるように、ウェジュの周りに光が集まっていく。生み出された光が水晶のように透き通った壁を抜け、暗い外を照らし出した。若き騎士団長の光で輝く透明な城が地平線まで煌々と灯を投げかける。太陽が光を失った世界で、輝く城はまさに希望そのものだった。

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