Another World the 1st chapter
現世とは違う何処か他の世界。黒い空に灰色の雲が浮かび、薄桃色の月光がゼリー状の大地と其処に建つ角砂糖のような家々を照らしている。
その家達を見下ろすように、逆三角形の城が小高い丘の上に聳えていた。
静かな夜を過ごす城下町の中央通を、マントを羽織った人影が二人、城のほうへ歩いて行く。白いマントを着た人影は逞しく、高い襟元の上から鋭い眼光が見える。黒いマントを着た人影は華奢で、もう一人に腕を掴まれて無理矢理城へ連れて行かれるようだ。
固く閉ざされた城門の前で二人は立ち止まり、居眠りをしていた門番が足音に気付いて目を覚ました。二人の顔を見るや否や、門番が弛緩していた顔を引き締めて敬礼する。
「ウェジュ様、お帰りなさいませ。……そちらの方は……? 随分変わった格好をしていらっしゃる」
背筋を逸らせて挨拶する門番に、ウェジュと呼ばれた白いマントの男が鷹のような眼を向ける。背後で震えている黒いマントの少女を右手でさらに後ろへ下がらせ、門番から見えないようにする。
「異世界で使う器だ。……それより、女王陛下のご容態は」
尋ねられた門番が悲しそうに首を振り、小さく溜息を吐いた。
「それが……悪くなる一方らしいですよ。国中の医者を呼び寄せたのですが、やはりあの方法しか解決策は無い、と結論が出たくらいで……」
「……そうか」
灰色の髪を揺らして、ウェジュが頭上の空を見る。弱々しく輝く月以外、黒い空に天体の影は無い。女王陛下が臥せってから日が経つ毎に、一つ、また一つ、と星が消えてしまったのだ。以前は無数の星が暗い夜の道標となってくれたが、今は月しか夜闇を照らしてくれない。その頼みの月さえ、太陽の光が弱まるに合わせて暗くなっていくのだ。最後の恒星が光を失うのもそう遠くないことだろう。
消え行く光を見詰めるウェジュの双眸が細くなり、眉間に薄らと皺が寄った。
「あの、城内へお入りになるのですか」
思案に耽るウェジュの顔を恐る恐る覗き、門番が尋ねた。見上げていた眼を門番に戻し、そうしてくれ、とウェジュが言う。すぐに門番が傍の鈴を鳴らし、内側の門番に城門を開けろ、と指示を出した。
開く門の隙間から人工的な光が漏れ出し、ウェジュの前に白く輝く道を作る。後ろで震える少女に顎で付いて来るように命令し、光の道を進んで行く。白のマントをはためかせて歩みを進める毎に、城に灯りが点いて暗い空を、そして静かな城下町を照らした。
「お母さん、空が明るくなったよ! お星様が戻ってきたんだね」
「いいえクレア、あれはお星様の光じゃないわ。女王陛下を護る騎士団長のウェジュ=サマンテ様が異世界からお帰りになったのよ」
蝋燭の炎で灯りを取っていた家々の窓が開き、人々の顔が城へ向けられる。城から降り注ぐ希望の光が彼らを照らし、人々はその唇から彼らの希望の名を呟いた。
光の騎士サマンテよ、どうか我らの女王を護ってください、と。