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第十章 暗黒爆錬武闘 後編

 少年の起こした衝撃波で家々のガラスが次々と粉砕されていく。真正面から来るガラスのナイフに腕で顔を庇うあたしの身体を、アズァの黒い髪が包みこんだ。足が地面から離れて、高速で好男達の方へ引っ張られる。


「魅首ちゃん、大丈夫か? 」


「なんとか――ありがと好男」


 あとこれ歯だから、と胸ポケットに入れておいた歯を好男に渡すと少年の方へ振り返る。クレーターのように大きく抉れた道路の中心に、少年は右手を押さえて蹲っていた。苦しそうに肩で息をするその頬からは涙と一緒に汗も流れている。今度は演技じゃなさそうだ。


「武宮さん……どうしちゃったんでしょうか? 」


 おどおどと尋ねる刈子の眼鏡に人影が過ぎる。テンキィだ。


「あれはクゥイの得意技、共振の刃じゃないか。でも、僕たちは皆、異世界ここに来るとき力の殆どを『あのお方』に封印されたはずなのに……」


「そうか――涙、だ」


 テンキィの説明口調な台詞を、アズァの冷たい声が遮った。黒い髪が湧き出る腕時計の文字盤から、背筋も凍る声が更に続く。


「ウェジュと戦った時、さっき好男が歯を折られた時、そして今……。いつも、涙が目から溢れるときに、膨大な力が空間を渡るのを感じた。――間違いない、『流れる涙』は故郷むこう異世界ここを繋ぐ橋の役目をしている」


 一息にそこまで言うと、腕時計から生えるアズァの黒髪がうねった。うーん、つまり、泣くとパワーアップするってことか? なんだか格好悪いな……。馬鹿馬鹿しい事を考えていると、アズァが好男に、即刻涙を流すべし、と命令していた。


「ええー……。もう一寸早く言ってくれれば――もう涙引込んじゃったよ」


 アズァの注文に好男が口から血を流して愚痴っている。ほら、全然痛くなくなっちゃった、と歯が折れたところを指でぐいぐい押している。……いくら脳内麻薬が出てるとはいえ、そこまで痛みを感じないものだろうか……。

 呆れるあたしの耳を、ガラスの破片が掠めていった。銀髪の少年がクレーターの中で立ち上がり、暗黒爆錬武闘ダーク・エクスプロージョンとやらをまた撃ってきそうだ。


「ああっ大変だ! このままじゃ街の人達に被害が出てしまう! 」


 刈子の眼鏡からテンキィの切羽詰った声が響く。いやいや、とっくに被害は出てるでしょう。砕けたガラスや剥がれたアスファルトを眺めながら心の中で突込みを入れる。テンキィの声を聞いて恐怖が吹っ飛んだのか、いきなり刈子が立ち上がって少年の前に立ちはだかった。


「武宮さん、もう争うのはやめましょう? わたくしは只、貴方と幸せを分かち合いたいだけ……。教えを受け入れ、天啓の通りに行動すれば必ず約束された未来が――」


「……今の俺に……未来なんて……」


 銀髪を揺らし、少年が拳を握る。カラーコンタクトのオッドアイから、真珠みたいな涙がぽろぽろと落ちた。顔を俯ける少年に、刈子がブーツを鳴らして近付く。


「武宮さん……あなたのその涙の訳を、わたくしにも教えてくださいませんか? 苦しみの枷を共に背負うのも、巫女の務め――きゃっ」


「触れるな! 」


 差し伸べられた刈子の細い手を、少年の手が弾く。後退りする刈子を睨み、少年が文字通り牙を剥く。午後の日差しが少年を照らし、脱色した銀髪がキラキラと煌いた。


現在いますらまともに直視できない輩に……この気持ちグリーフを知る資格など……無い……っ」


 少年の口から紡がれる言葉が旋律を奏で、吐息が空気を踊らせる。

 身体の奥深くで鳴る鼓動さえも、空間のリズムを操っているようだ。目の前で両手を組んで憐れみの視線を投げかける刈子に、少年は右手を翳した。


「刈子危ないっ! 下がれっ」


 走り出そうとするあたしを、轟音と共に紅蓮の炎が遮った。急に現れた燃え盛る真赤な壁に、前髪がちりちりと焦げる。熱さに耐え切れず身を翻すと二人が炎に包まれ対峙しているのが見えた。


「どうなってんだ? この炎もあいつの能力なのか? 」


「……クゥイの能力で炎は起こせない。多分これは、ウェジュが差し向けた刺客だろう」


 アズァの冷たい声に被せて、あたしの耳に誰かの高笑いが聞こえてきた。はっと声のする方へ顔を向けると、痛んだ茶髪にド派手な真紅のドレスを着た女が、ブロック塀の上からあたし達を見下ろしていた。


「ほーほほほほ! これで更に二人の命を頂いたわよ! 御覧なさいカンツァ! 」


 女の髪に刺してある巨大な櫛に一瞬、影が映った。愉快そうに高笑いを続ける茶髪の女の言葉に、あたしも好男も硬直する。そんな……。


「大丈夫だよ魅首ぅ。ほら、炎の向こう側を見てみるねぃー」


 でも、こんな炎の中じゃ……。同じことを思ったのか、業火を前に暢気な声を出しているスィフィに、ブロック塀の上から女が嫌味な笑顔を見せつける。


「可哀想に……仲間が死んだことを受け入れられないのね。いいわ、すぐ後を追わせてあげる――ッ? 」


 余裕たっぷりに嘲笑の表情を浮かべていた女の口が歪んだ。炎の壁が、風に煽られるように揺らいだ。いや、実際に風が起こっている。それも炎の中心から何度も何度も、重低音と共に。力強い八ビートの音楽にあたしの鼓動も強く波打ち、胸が期待に膨らむ。


「……貴様、今、何と言った……? 」


 真紅の炎の中から、オッドアイの少年が片膝を付いて、女を睨み付けていた。その左手に気を失った刈子を抱きとめて。

挿絵(By みてみん)


「くっ……しぶといわね! すぐに後を追わせてあげるって言ったのよ」


「違う……その『前』だ……」


 少年の赤い瞳が炎に照らされ真紅に輝く。はぁ? と茶髪の女がルージュを引いた唇を歪めた。少年の身体から聞こえる音楽が次第に転調し、テンポを上げて炎を蹂躙する。


「……『更に』、と言ったな……貴様……」


 少年の銀髪が風に靡き、逆立った。響く音は最早心地よい環境音楽ではなく、身体が軋むような爆音となって炎を完全に消してしまった。自分の能力を完封されてしまった茶髪の女が狼狽してブロック塀の上で後退りする。


「な、何よ。確かに、一週間前に仲の良さそうな三人家族を始末したところだけど、あんたには関係ない話だわ」


 女の述懐を聞いて、少年のカラーコンタクトの赤い瞳がぎらつく。ギリ、と歯軋りの音が聞こえ、刈子を抱きしめる少年の手に力が入った。ぐったりしていた刈子の目が薄らと開き、少年の名を呼ぶ。


「あれ……? 武宮……さん……? 」


「武宮? そういえばあの家族もそんな苗字だったかしら」


 真赤なルージュを引いた唇に指を当てていた女が、はっと気付いて冷たい笑みを浮かべた。これまた赤く塗られた爪を少年に向け、これ見よがしに嘲笑う。


「ははーん、さてはアンタあの家族の生き残りってわけ? 愛する家族の仇を討つために、能力ちからを手に入れて放浪していたと……泣かせるねぇー」


 出てもいない涙を拭く仕草をして、茶髪の女は高笑いした。……あいつにそんな事情があったなんて……。刈子を抱いて歯を食い縛っている少年に、あたしは心の中で彼の珍妙な風体を小馬鹿にしたことを後悔した。それとこれとは別問題な気もしたけれど。

 胸に手を当てて反省するあたしの身体を、女の出す紅蓮の炎が照らす。


「でもぉ、残念ながらアンタの復讐の物語はここで終わり。一般人ならいざ知らず、『契約者』となった今度は逃がさないからね! 」


 炎に包まれた両手を振り上げ、女が高笑いした。紅蓮の炎が空中に弧を描き、そのまま真直ぐに少年と刈子に襲い掛かる。二人を助けようとしてあたしと好男が走り出した直後、俯いていた少年が顔を上げその唇を開いた。紅潮した頬を一筋の涙が伝う。


「例え審判の神ゴッド・オブ・ジャッジメントが貴様を赦したとしても……俺は……貴様を許さない!」


 銀髪が揺れ、白く華奢な手が炎に向けられる。


暗黒爆錬武闘ダーク・エクスプロージョン!」


 紡ぎだされた審判の言葉に、少年の手の平から走り出た爆音が空間を切り裂いた。


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