63話 決着(後編)
「……ところで、この死体。どうする? 」
「これだけ大きいと、処理にも手間取りそうだな……」
ピンギキュラと、スペクターが、蛇の死体を見ながら言う。改めて見ると、とんでもないサイズの大蛇である。
「『死体処理』が得意なパーティーも、プサラスのギルドには居ますし、我々があまり気にする事も無いでしょう……む? 」
アコナイトは、ズボンのポケットに入れた、ニリンから貰ったガラス球、改め、鉄球に妙な感覚を感じたのだ。また形が変化している様な、不思議な感触がする。
「?! 」
思わず、取り出して見ると、奇妙な事が起こっていた。
いつの間にか、鉄球が、小さな箱に収まっていた。こんな箱は持っていないし、無論、鉄球を入れた記憶も無い。
箱は、黒色の紙製の粗悪なもので、力を入れれば容易に潰れ、破れる事だろう。
「何、この箱? アコちゃんが入れたの? 」
ピンギキュラが困惑しながら尋ねる。無論、答えはNOである。
「いえ……気が付くと、この紙箱の中に入っていました」
「気が付くと……って。そんな事が……」
「実際、この玉自体、ガラスから鉄に代わりましたし。どんな事が起こっても不思議ではありませんよ……」
そう言い合っているうちに、もっと、おぞましい事が起こった。なんと、箱から数滴、白い水滴が垂れはじめたのだ。
「?! 」
アコナイトは反射的に、箱を投げ捨てた。
「ああっ?! アコ太郎、捨てちゃダメでしょ! 大事な物なんでしょ? 」
「いえ……すいません。ただ、本能的に、まずいと感じたもので」
アコナイトは箱を拾いに行こうとしたが、驚愕的な事はまだ続く。先程垂れた白い水滴、その水滴が落ちた場所から、白い手の様な物が生えてきたのだ。
無論、アコナイト達がいたところに落ちた水滴からも、である。3人と1匹はすぐに交戦体勢に入るが、白い手は、彼らに興味を示す事も無く、一直線に蛇の死体に群がった。
無数の白い手が、蛇に取りつくと同時に、驚く事に蛇の死体は煙になって溶けていく。最終的に、巨大な死体は全て煙になって無くなってしまった。そして、煙は、鉄球の入った紙の箱に入っていく。
ちなみに、箱は、先程、白い手の1本が器用に持っていた。口も開けてある。
物陰に退避し、様子を伺っていたアコナイト達は、言葉も発せず、それを眺めているだけだった。
そのうち、1本の白い手が、箱を持ってアコナイト達の所へやって来た。その手に握られる箱は、いつの間にか、紙製から木製に変化していた。色は先程と同じく毒々しいまでの黒色である。
そのまま白い手は、3人と1匹のうち、アコナイトへ近づき、箱を手渡す。
ピンギキュラなどは、アコナイトに接近する前に火炎放射器で炙ろうとしていたが、アコナイトが手で制した。白い手は不気味だが、不思議な事に敵意は感じなかったのだ。
彼が箱を受け取ると、白い手達は、その不気味な外見に不釣り合いな呑気さで親し気に手を振った。そして、そのまま地面に沈み、消えていった。
アコナイトは、興味深く、それを見ながら、慎重に閉じられていた箱を開ける。中の鉄の球に変化はない。しかし、不思議な事に、鉄球は物理的に固定されている訳でも無いのに、箱の中で動く事は無かった。まるで、この箱の中だけ、時間が停止している様な感覚に陥る
木製の箱は、かなり頑丈な作りだった。形は不均等な形をしていて歪だ。大きさは、丁度ポケットに入る程度の大きさだ。
「……」
3人と1匹は、何も言わない。言えない。
今、目の前で起こった奇怪な出来事を、どう解釈すべきだろうか……。
「……何というか、我々、とんでもない事に関わってしまったのかもしれませんね……」
辛うじて、アコナイトはそう呟いた。
* * *
「……まさか、邪神『テネブラエ』の眷属のうちの1体を倒すとは……」
上空で、一部始終を見ていたキャメル候、もとい、彼の死体に寄生した『何か』は、驚愕の声を上げた。
「普通の人間に、あれは倒せないはずだ。それに、最後に現れたあの白い手……」
彼は、そう呟きながら、アコナイトに視線を向ける。
「彼女……いや、彼か。どうやら、特別な存在らしいな。それとも、邪神そのものか……」
意味深に言う『何か』。その瞳には、『興味』の2字が浮かんでいる。
「まぁ良い。今回はあくまで、邪像の試験なのだ……彼の事は、またゆっくり観察させてもらおう。おあつらえ向きに、プサラスには、『彼女』がいるしな」
彼は、プサラスから反対方向に、飛行していく。
「あまり、子供達を待たせるものでも無い。あの子達には、彼らを殺さない様、きつく言っておかねばな……」




