62話 決着(前編)
大蛇まで、距離は300m程である。アコナイトとフロッガーは草原を駆け抜ける。手には愛用の97式バトルアックスが、しっかり握られている。
「紺碧薔薇の魔女様のいう事が正しければ、あと、一撃で倒せるはずです! 」
「アコ太郎。魔力の残量は大丈夫なの? 」
「残りはシクトキシン・ショット1発分。それに賭けます! 」
「外さないでよ! 」
「外したら、スタングレネードを投げて、逃げましょう! 」
「実際走るのはアタシなんだから、必ず当ててよね! ……そうだ! アタシいいこと考えちゃった」
そんな事を言い合いつつ、アコナイトとフロッガーは、大蛇の前に出た。黒い鱗がボロボロになりながらも、まだ前進を続ける大蛇。その前進を阻もうとするものに対し、大蛇は、邪魔をするなと言わんばかりに、風の砲弾を何発も放つ。
風の刃は、アコナイト達の元へ飛んでいくが、フロッガーは毒盾、コンバラトキシン・ガードを張って、全てそれを防いだ。
「ナイスガード! 流石、我が忠犬です! 」
「えへへ! アタシだって、ケルベロスのはしくれなんだよ! ご褒美は蜂蜜ケーキで良いよ! 」
「ええ。好きなだけ買ってあげましょう」
「やったぁ! 」
蛇はやっきになって、風の砲弾を乱射するが、それらは全て外すか、盾に防がれた。威力もかなり弱くなっている。虫の息なのは事実の様だ。
「今なら仕留められる! 」
「いや、まだ! 」
そうアコナイトは確信したが、フロッガーは、そうでは無いらしい。
何を思ったのか、加速をつけて、蛇へと真っ直ぐ、向かっていった。
「フロッガー! 何をする気ですか?! 」
「へへ、攻撃を外したく無かったら、命中確実な距離まで近づけば良い! そう思っただけ! 」
風の砲弾をギリギリでかわしながら、アコナイトを乗せたフロッガーは、蛇の目の前まで来た。速度は落ちるどころか、ほぼ最高速だ。
「舌を噛まないでね! しっかり掴まって! 」
そう言うと、フロッガーは『身体強化』の魔法を自分にかけた。
そして、強化された筋肉を最大限に生かして、力いっぱい跳躍したのだ。
元々3mという巨体と、それを維持する強靭な身体を持つ上、それが身体強化魔法で限界まで強化されている。跳躍で、緑色の三頭犬は蛇の頭頂部に飛び乗った。
突然視界から、獲物が消えた事に、蛇は混乱した様だ。彼らが自身の頭に上っていると気付いたのは、フロッガーが、蛇の首筋に、振り落とされない様に噛みついて、がっちりと牙を立てた時だった。
当然、首を振って落とそうとするが、魔法で強化されたケルベロスの顎の力は強大だ。びくともしない。
「これはいい! 外しようが無い! 」
頭頂部は、5t爆弾の直撃を受けて、焼けただれ、剥がれた鱗が焦げていた。炭化した鱗と、肉の焼ける臭いに不快感を覚えながらも、アコナイトは、97式バトルアックスの刺頭を蛇に突き立てた。
「賢者を死にいざなう白き華の毒よ、我と、我に宿る魔女の名においてこれを使役せん。我が敵を狙い撃たん……」
シクトキシン・ショットの呪文を唱えた。斧の先のスパイクに光が集まる。
「『シクトキシン・ショット』! この長き戦いに決着をつけます! 」
接射された毒レーザーは、皮膚を貫き、肉と骨を抜けて貫通する。蛇の頭から首に抜けて、白いレーザーが猛毒を伴いながら貫いたのだ。
蛇は、苦しみながら、長い体をくねらせる。
「フロッガー。脱出を! このままでは、倒れた拍子に潰されかねません」
「はいよ! 」
フロッガーは、首元から口を離すと、蛇の背中を駆け下りる形で、一気に離脱した。蛇が倒れ伏すギリギリのタイミングである。
「やりましたか!? 」
「アコ太郎、あんまりそう言う事は言わない方が良いよ? 」
1人と1匹はそう言い合うが、幸いというか何というか、この手の『強敵を倒したと思っていたら、倒しきれていなかった』というお約束が起きて、蛇が起き上がるという事は無い。
念の為、しばらくしてから、蛇の元に慎重に近づくが、生きているとは思えない。目を瞑って、完全に死んでいる様だった。
「討伐、完了。という事で良いんですかね」
「良いんじゃない? 死んでるみたいだし」
フロッガーが、蛇の鼻先を踏んづけているが、起き上がる事は無い。
そうしているうち、ピンギキュラとスペクターもアコナイト達の元へとやってきた。上空ではドロセラも、蛇が完全に死んでいる事を認めたのか、低空飛行で、旋回して歓喜を表している。
「アコちゃん! やったね! でも、もうお姉ちゃんの事、心配させちゃ駄目だからね? 」
そう言いながら、ピンギキュラはフロッガーから降りたアコナイトを抱きしめた。ちょうど、彼女の胸に顔が押し付けられる形である。形の良い胸に包まれるのは、悪い気はしない。
「紺碧薔薇の魔女殿の事、幻聴や間違いでは無かったのだな。いや、こんな大物を仕留めるとは、大金星じゃないか! 」
2人の表情にも、歓喜と安堵が浮かんでいる。特に、ピンギキュラは、心配していただけあって、アコナイトが無事だった事に、今にも泣きそうになっていた。
「ピンギには、心配かけて申し訳ありませんでした」
「お詫びに、帰還祝いのキス」
「ん」
フロッガーから降りたアコナイトは、数分ぶりに、再びピンギキュラの唇にキスを1つ。もはや、息をするかのようにするスキンシップに、スペクターとフロッガーは半ば呆れている。
「お熱いねぇ……」
「いちゃつくのも良いが、ラープのクーデター軍と、キャメル候の私兵軍がまだ近くにいるかもしれん。早めに帝国の正規軍と合流すべきだ」
「まったくもってその通りです。このまま、プサラスの冒険者ギルドに駆け込みましょう。今回の件に関しては、我々は全てギルドを通して、上の指示で動いています。候の追討が上手くいくまで、かくまってくれるでしょう」
「私達は、振り出しのプサラスに戻って来ちゃったね。お嬢様の件は、ドロセラちゃん任せ、か。帝都エニグマのダスター飛行場まで、無事に着けば良いけど」
「ドロセラに限って、飛行中や着陸時に事故る事も無いでしょう。話は通してありますし。途中、思わぬ展開もありましたが、まぁ、何とかなるでしょう」
今後の事について話しつつ。一行は、蛇が向かおうとしていた先、プサラスの方角に目を向けた。距離的には、もう目と鼻の先だ。本当に、目の前で倒しきれてよかった。
長くなったので3分割しました。今日中に、あと2話投稿します。




