58話 頑健なる鱗
「……何の冗談ですか、この状況」
アコナイトは、突如、なんの脈絡もなく現れた大蛇を前にして、思わず力なく笑った。
直前まで、ジンと戦い、リミッター解除の力も相まって、彼を倒した。それは良い。
ジンが逃げた直後に、1分間の制限が終わり、体内の魔力が全て抜けて、全身が倦怠感に襲われているが、それも良い。これについては、元々分かっていた事だ。
改修された右の指輪には、黒い宝石の様な物体がはめ込まれていた。そこから、水蒸気がプシュッという音と共に、凄まじい勢いで排出されている。この水蒸気と共に、体内に溜まった魔力を強制排出する仕組みになっているらしい。どういう仕組みで動いているか、構造については良く分からないが、正常に起動している様でなによりだ。
そして、閑話休題。突如として現れた大蛇、こいつに関しては良くない。こんな奴がこの近辺に出る、などという話は、アコナイトは聞いたことが無い。
全長30m程の、巨大な大蛇は、アコナイト達の方を一瞥したが、特に気にかける様子もなく、どこかに這っていく。
そして、あのおぞましい形状の仮面に、彼らは見覚えがあった。
『P.E.A.C.E』に使われた邪悪なる像。そのうちの1体の邪像がつけていた仮面と全く同じ形状だった。アコナイト達が探し求め、紺碧薔薇の魔女との夢の中にまで出てきた、あの血塗られた像そっくりのものが、現実として顕現している。
捕食毒華としては、これは現実ではなく、フィクションか、悪い夢の中での出来事だと思いたい所だった。
「ピンギ、ピンギ」
「何、アコちゃん」
「ちょっと1発、私の頬を叩いて貰って良いですか? 」
「えっ」
「夢では無い事を確かめたいです」
「分かった。……ごめん」
突然のアコナイトの申し出に、最初は面食らっていたピンギキュラだが、躊躇いつつも、彼女は彼の頬を軽めにはたいた。
「夢ではない様ですね……」
頬を撫でつつ、アコナイトは当たり前の事を言う。それだけ、突然の事態に混乱しているのだ。別にマゾヒストの気は無い。
バトルアックスを担いだアコナイトは、大蛇を見つめた。
「……切り付ける程度では、止りませんよね……」
リミッター解除の代償で、魔力を全て失ってしまった以上、アコナイトにあるのは、手に握ったバトルアックス1丁。それも、伝説の武器でも何でもない、払下げの量産品のものだ。切り付けた程度で、奴が止まるとも思えない。
上空を見ると、離陸して、高度を取ったドロセラが、蛇の頭上で水平飛行をしている。
胴体の下のハードポントには、まだ数発、爆弾が残っていた。
「ドロセラちゃん、急降下爆撃をするみたい」
機動から、彼女の意図を読み取ったのは、ピンギキュラだ。機動から、妹の狙いをすぐに察した。
「誤爆を防ぐ為に、また、スモークを張ります」
「これで2発目。残り1個だね……」
「出し惜しみして、使わないまま終わるよりは良いでしょう」
アコナイトはそう言うと、スモークグレネードの安全ピンを抜いて、投げた。たちまち、周辺は煙で満たされる。
「さて、爆弾程度で倒せると良いですが……」
* * *
「なんですの! あれは?!」
バーサーカーラプトルの背の上で、目を開けたマリーの目に飛び込んで来たのは、巨大な大蛇である。いきなりの展開に、理解が追い付いていない様だ。混乱しているのが見て取れる。
「あれは……何故、あの仮面を……」
そして、それを操縦するドロセラには、あの仮面をつけた蛇の姿に見覚えがあった。
――P.E.A.C.Eのギミックに使われた、蛇の邪像にそっくりな蛇が出てくるとか、ちょっと想定していないなぁ……。
そういえば、アコナイトが話していた明晰夢の中で、紺碧薔薇の魔女様が、この先、邪像の元となった眷属が現れる、とか予言されていたな。と、思い出す。
「マリー様、少なくとも、奴は味方ではないです。なので、排除します」
「わ、わかりましたわ! 」
「具体的には急降下爆撃を行います! 覚悟は良いですね! 」
「えっ、急降下?! 」
「舌を噛まない様に、歯を食いしばって! 」
「お、お待ちになって! まだ心の準備が! い、いやぁぁぁぁぁぁ!!」
マリーの返事を待たず、ドロセラは、バーサーカーラプトルを急降下させた。命中率を重視する時は、水平爆撃より、こちらの方が良いのだ。
なお、マリーの恐怖心は考慮しないものとする。
残った爆弾は、250㎏爆弾が4発。合計1tの爆薬だ。
正直、これで仕留められるか微妙だったが、これ以外に、使える対地用武装が無いので仕方ない。
「ターゲット、インサイト! 投下 !投下! 」
アコナイト達の位置は、スモークグレネードで煙幕を張っているので分かる。そちらに、誤爆しない様に注意しながら、ドロセラは狙いをつけると、4発の爆弾を投下した。ついでに、駄目押しで20mm機銃も浴びせる。
胴体に2発、頭に2発、爆弾が突き刺さる。狙いは正確で、的確に狙った地点へ爆弾を叩き込んでいた。
反撃を受けない様に、すぐに高度を回復させながら、ドロセラは大蛇の方を向く。そして驚愕した。
「……?! 効いていない?! 」
爆弾と機関砲弾は確かに、大蛇の巨大な身体に突き刺さったはずだ。が、蛇はピンピンしている。
大蛇を倒すどころか、鱗に傷1つ、つけられていなかった。
「化け物か? いや、化け物か……」
大蛇のタフさに、ドロセラは驚愕した。小型、中型の爆弾程度では奴には、傷一つつけられない。
「方位的に、奴は、プサラスへ向かっていますね。速度的に、1時間もあれば到達するでしょう」
「……どうしますの」
後部座席のマリーは青い顔をしながらも、ドロセラと同じ様に、絶望の顔を浮かべている。
「……ひとまず、弾薬もありません。一度、パトリオット飛行場へ戻ります。そこで弾薬補充と、援軍の要請。マリー様は、そこで降りていただきます」
「時間は、どの位かかりますか? 」
「パトリオット飛行場まで15分程。報告と、弾薬補充に20分。再び戻ってくるまで15分。再攻撃のチャンスは1度きり、ですね。あの巨体です。冒険者や陸軍も防衛に回ると思いますが、果たして、ここまで固い相手に、どれ程効果的な攻撃が行えるか……」
「そんな……」
「……今回用意された武装の中に、対艦用の、5t爆弾『セイスモ・ボム』があったはずです。そいつをぶち当てます。それで駄目なら……」
希望を完全には失ってはいないものの、じんわりと焦りと諦観の念が顔に出ているドロセラ。そんな彼女に、マリーは1つの提案をした。
「ドロセラさん。もしかしたら、私の能力が役に立つかもしれません」
「お嬢様の能力? 」
「はい」
マリーは、ドロセラに、自身の収納魔法の事を説明した。あまり、他人にべらべらと喋って良い情報では無いが、事情が事情である。それに、彼女が、捕食毒華の面々が信頼できると判断した為でもある。
「つまり、お嬢様の魔法で、異次元に、爆弾を格納し、攻撃時にそれを出して、それを奴へぶち込むと? 」
「はい。 収納魔法はほぼ無限大に、物資を収納出来ますわ。武装を取り付ける作業を大幅に短縮出来ますわ。それに、フルで武装したら、いくらこの飛竜が優れているからといって、速度は遅くなるでしょう? 」
「はい。爆弾がついていれば、その分遅くなるのは道理です」
「行きも帰りも手ぶらで来れますから、スピードも出せますわ。一刻を争うのでしょう? 」
ドロセラは、思わず振り返って、バイザーを上げてマリーの顔を見る。
余裕ぶっているが、細かく震えていた。
無理もない、今、まさに急降下機動を終えたばかりな上、この様な事態に巻き込まれたのだ。しかし、それでも、こうして恐怖を押し殺しながら、協力を申し出てくれたのだ。無下にするのは、それこそ、彼女のプライドに関わるだろう。
「そういう事ならば、協力をお願いします! 共に、この長い1日を終わらせましょう! 」
「決まりですわね! 早く、ブルー・シーまで飛びましょう! 」
「ウィルコ! 」
ドロセラ「ちなみに、最後のウィルコとは、Will complyの略で、『命令を実行する』くらいの意味です。Rogerは『了解』的なニュアンスなので、意味的にはちょっと違います」
マリー「エス〇ンシリーズではちょくちょく出てくるスラングですわね」
ドロセラ「何だかんだで、マリー様との間に信頼関係も生まれつつある私です」
マリー「実際、一番、懐いてはいますわよ。知的ですし、腕も良いですし、自他ともに認める過激派のノスレプ嫌いなのは玉に傷ですが……」
ドロセラ「ノースズ共も大概似た様な物なのでセーフ。ふふ、それに、褒めても兄様はあげませんよ? (ハイライトオフ)」
マリー(本当、嫉妬深い所さえなければ全員即召し抱えているのですが……)
ドロセラ「さて、一章も佳境。捕食毒華は、大蛇を倒せるのか!? 次回もお楽しみに! 」
マリー「ブックマーク・評価、よろしくお願いいたしますわ! 」
ドロセラ「感想、誤字報告もお待ちしています! 」




