57話 大蛇降臨
アコナイトは、ドロセラが追撃されぬ様に、ジンの排除に移る。まだ、リミッター解除の制限時間は残っている。およそ30秒。これで決着をつけるつもりだ。
『加速』『身体強化』『飛行』といった魔法をかけた上で、『アコニチン・バックショット』で確実に、ジンの逃げ道を塞ぎながら、バトルアックを構えて、鬨の声を上げながら彼に突撃した。
「覚悟ぉぉぉ! 」
「な、何だ?! こいつ、急に動きが!? 」
飛び回りながら、猛毒の散弾を、訳の分からないペースと密度で放ってくるアコナイトに、ジンは、流石に恐怖を感じた。彼は身体強化魔法を生かして逃げ回りつつも、氷の盾は、回避不可能な毒のレーザーの弾幕の前に、目に見えて薄くなっていく。
「……僕が……この僕が、押し負けている?! 」
悔しさと、何より、恐怖を感じながらジンは、振り返って、アコナイトの方を向く。
――悪魔、いや、こいつは……。
「邪神そのものじゃないか……」
不思議なものだが、彼には、今、自分が相対している相手が、自身らが復活させようとしている邪悪なる神そのものの様な錯覚を覚えた。
逃げようが、どこまでも食らいついてくる執念深さ。圧倒的なまでの威圧感。
なにより、敵を蹂躙する彼の容姿は、見入ってしまう程に妖しく、美しく、思わず、邪悪なる祈りを捧げたくなる程であった。
――怖い。でも、美しい……
そんな風に、ジンが思わず思ってしまう程に、今のアコナイトは、それこそ、正気を削られる程に美しく、恐ろしかった。
振り上げられた斧が、血を求めて、残虐に輝いた。このままでは脳を木っ端みじんにされる。が、それを受けいれても良いかな、などと考えてしまう。それ程までに、彼の傾国の艶姿は、敵でさえ魅了した。
そんなジンを元に戻したのは、オスカー31全域に響くのでは無いかと思う、断末魔の悲鳴であった。声の主は、裏切り者の執事、ハーン・アスだ。
アコナイトも、それを聞いて、いささか動揺したのだろう。狙いが外れて、斧の攻撃は、彼の頭ではなく、咄嗟に突き出した彼の魔法杖を真っ二つにした。
「……っ!」
「もう一度! その首、いただきます!」
「あげないよ!」
ジンは、振り下ろされるバトルアックスの一撃を間一髪かわすと、『閃光』の魔法を唱えた。夜の平原が、光に染まる。
一瞬、アコナイトに隙が出来た間に、彼は全速力で遁走した。反撃はしない。魔法杖は失ったし、盾魔法を張った相手にダメージを与えられる武器を、彼は持っていなかったからだ。下手に殴ったり、ナイフで刺した所で、アコナイトの毒盾に阻まれ、自分が痛い目にあうだけだ。
何より、彼の中にある、恐怖心と生存本能が、先程から、逃げろと叫んでいた。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
肩で息をしながら、ジンは、後ろを振り返った。幸い、追撃は無い。
「なんだってこんな……畜生、まだ手が震えやがる……」
無事な自分の左腕を見つめつつ、ジンは、柄だけになった魔法杖を捨てた。今更持っていても仕方のないものである。どちらにしろ、しばらくは、手の震えで使い物になるまい。破壊されていなかったとしても、彼は身軽になる為、杖を捨てていただろう。
「畜生!、畜生!、畜生!」
今回、魔法使いとしても、完全敗北したのはショックだった。彼の高いプライドがズタズタにされた事は言うまでもない。呪詛の言葉は、止まる事が無い。
「なんなんだ……なんなんだよ、あいつ」
怒りと共に恐怖を感じつつも。頭はある程度冷静で、次に成すべき事が思い浮かんでいる。
「『実験』は成功しただろう。後は、シエラ2で『父上』達と合流しよう」
そう、決心すると、彼は身体強化魔法をかけた肉体で、一気に加速して、戦場を離脱した。
「邪神……実際にいたらあんな感じなんだろうか」
『転進』しつつ、ジンはそんな事を思った。
* * *
「候、候……これはどういう事なのです……」
「あなた達には、神の眷属の、生贄になっていただきます」
キャメル候、正確には、彼に寄生した『何か』、は、腰を抜かしているハーン・アスへ、そう言い放った。
ジンが、捕食毒華と戦闘中。そこから少し離れた草むらの中。そこでは、地獄絵図が展開されていた。
突如として、地面から無数の『黒い手』が生えてきたのだ。
追撃軍の兵士達は全員、地上から生えている、その黒い手に掴まれていた。無数の黒い手は、兵士達を掴み取り、首を絞めている。がっちりと掴んで、決して放しはしない。窒息した兵達が、次々と力尽きていく。
この地獄絵図を作り出したのは、キャメル候その人で、手には、おぞましい蛇の像が握られ、それを高々と掲げていた。
「******************!」
そうキャメル候が、どの国の言葉でもない言葉で言うと、ぼこぼこという不気味な音を立てて、ハーンの身体が痙攣する。
ロクに喋る事も出来なくなった、倒れたハーンへ近づき、しゃがんで、キャメル候は言う。
「あの貴方に渡した錠剤、実は薬では無いのです。あれは、邪神『テネブラエ』の眷属の卵なのですよ……あなたの栄養過多な体は、いい苗床でしたよ」
「……? 」
訳が分からない、という顔をしながら、ハーンはキャメル候を見つめる。
「我々『ヴェナートル・オクト』の目的ですがね。実は本来の目的はね。世界の混沌と再統合なのですよ。このしょうもない、歪な世界を作り直すんです。『その時』に備えてね。それには邪悪なる神の力が必要なのです。あなた達には、この邪神の復活の為の実験材料、もしくはやむを得ない犠牲者になってもらいます。同情いたします」
至って冷静な口調と、顔色で、侯爵は狂った事を言った。その顔には、一切の罪悪感や良心の呵責が無く、本来の意味での『確信犯』である。
「……! 」
もがきながら涙目で、ハーンは命乞いをした。が、声はもはや、くぐもった音としか聞えない。
そうするうちに、彼の腹、ちょうど先程、槍に突き刺された辺りが、ふくらみ破裂した。
そこからは、おぞましい物が、顔を出した。
それは、1匹の巨大な蛇であった。蛇の頭の直径は30㎝程で、顔にはおぞましい面を被っていた。その仮面の形は、候が持っている邪悪な像のものと、瓜二つであった。
蛇は、腹を食い破られて半死半生状態のハーンの顔を一瞥した後、彼の身体から完全に這い出した。長さはおよそ2m程で、よく彼の身体にこんな巨体が隠れていた物だ、と、候は妙な所に感心した。
蛇は、顎を外して、足から、自身の苗床を丸のみにし始めた。状況を把握したハーンは、半死半生ながら逃げようとするが、腹が引き裂かれた状態で逃げられる訳もなく、1分もしないうちに、大蛇の腹に収まってしまった。彼の死が確定した最期の瞬間、痙攣は解けたが、彼に出来るのは断末魔の悲鳴を上げる事だけだった。
大蛇は、彼を飲み込むと、どろどろに溶けた後、再び結集し、少し巨大化した姿で再び顕現した。
地面から生えた黒い手が、力尽きた兵士達の遺体を持ってくる。蛇は、それも、ハーンと同様に丸のみにし、どろどろに溶けた後に、一回り巨大化して顕現するという方法で、少しづつだが、確実に巨大化していった。最終的に、ある程度の大きさになった所で、残った死体を全てまとめて飲み込んで、1匹の巨大な蛇が現れた。
体長約30m、直径約2m程のまさしく化け物蛇である。
「我々の目標へ一歩近づいた。……令嬢には逃げられたか。まぁいい。『実験』は成功した」
キャメル候はそう言うと、邪悪なる像を掲げ、蛇に命じる。
「そうだな……とりあえず、まずはプサラスで暴れさせようか……。さぁ、凄腕冒険者諸君、どうするかね? 」
候はそう言って、不敵に笑うと、『飛行』の魔法をかけて、夜明け前の空へ舞い上がった。上空の特等席から、今後の成り行きを見守るつもりだった。
ジン「満を持してシナリオボス、大蛇眷属、降臨だよ!」
サラ「やられちまえ、ラノ共(捕食毒華は、こいつを倒して生還出来るのか?! こうご期待!)」
ジン「本音と建前が逆! 」
サラ「全長30m、太さ2mとか質量保存の法則どうなってるんですか、これ。というか、史上最大の蛇と言われるティタノボアでも全長15mくらいなのに、いくらなんでもデカすぎじゃないですか? クス○ーガンダ○とほぼ同じ大きさって」
ジン「ビーストテイマーとしてツッコミ入れたくなるのは分かるけど、これフィクションだから……そこにツッコむのは野暮って事で。ていうか、ク〇ィーデカいな……」
サラ「いよいよ第1章も終盤戦! ブックマーク・評価、お願いします! 」
ジン「ていうか、今の段階で1章だったのね。地味に章作られてるし……。感想、誤字報告もお待ちしています! 」




