54話 セカンド・コンタクト
「アコちゃん! 」
真っ先に駆け寄ったのは、ピンギキュラである。
「アコちゃんごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい正室様ごめんなさい。守れなかった守らなきゃいけなかったのにアコちゃんを守るのが私の役目なのにかくなる上は死んで死んでお詫びを」
「……落ち着いてください。まだ生きていますよ。意識は失っていますが、脈はしっかりしていますわ」
マリーは、アコナイトの容態を確認しつつ、スティレットを自身の喉元に突き刺そうとするピンギキュラを制止した。
「!! 生きてて良かった……」
少し落ち着きを取り戻したのか、ピンギキュラは大粒の涙を流し始めた。
自分の提案したスタングレネードの使用がきっかけで、ケルベロスが暴走した事。守護対象を守り切れなかった事。そして、彼にまだ息があった事への安心感で感情がグチャグチャになっているらしい。
ケルベロスにはフロッガーとスペクターが追撃を仕掛けている。
コンバラトキシン・ガードに突っ込んだ事によって、毒を受けている所に、スペクターの巨大な矢と、フロッガーの魔法攻撃が容赦なく突き刺さる。
だが、流石はケルベロス。血を流し、フラフラになりながらも。視界を取り戻したのか、4人と1匹の元へ、再度吶喊してくる。
「……」
それを冷たい視線で見つめるのは、ピンギキュラである。
最愛の義弟であり、主君であり、恋人であるアコナイトを酷い目に遭わせたケルベロスを絶対に許さない、と、顔に書いてあった。
「死ね」
火炎放射器を構えると、無表情のまま、引き金を引いた。
撃ちだされたのは、発火した油ではなく、魔法攻撃だった。
炎属性最大の魔法『ファイヤー・ピースキーパー』。夕方に街で放った『ファイヤーアトラス』の10倍近い大きさを持つ、巨大な火球を撃ちだす魔法だ。
その火球は、放たれると途中で10個に分裂し、草原を焼きながら、ケルベロスに向かって行く。
飛んできた火球が、1つか2つであれば、ケルベロスも避ける事が出来たかもしれない。が、10発もの火球が、彼のあらゆる進路を塞ぎながら迫っていた。やむなく、コンバラトキシン・ガードを貼って凌ごうとするが、巨大な火球を4つ、5つと連続して受けるうち、毒の盾は削れ、最後にはあっけなく崩れ去った。彼は、地獄の炎を思わせる激しく燃える火球を、文字通り、その身をもって味わう事になる。
巨体に似合わぬ、高い悲鳴を上げて、黒い3つ首の犬は火柱になった。
「……地獄の番犬は、地獄にいろ」
火柱に向けて、ピンギキュラは中指を立てて罵声を浴びせると、一転して、申し訳なさと、安堵の表情を浮かべ、回復魔法で、アコナイトの応急処置に移る。
一方、あまりにも激しく、あまりにも鮮やかな魔法の腕に、マリーは思わずピンギキュラに、拍手を送っていた。
* * *
「やあ。数時間ぶり、ですね」
「魔女殿……」
一方のアコナイトである。彼は失神している間、再び、明晰夢の世界に居た。
一面の白い壁に、椅子が2つの部屋は相変わらずで、片方の椅子には、紺碧薔薇の魔女、こと、ニリン・ヨグ・ニグラス・ストリングバックが座っている。
「本当はもう少し後に、満を持して登場するつもりだったんですが、あなたが失神してしまったので、少し予定を前倒しして顕現しているんです。反省してください。我が後世」
「はぁ……申し訳ありません」
紺髪の少女になじられ、思わずアコナイトは頭を下げた。
そんな彼を見て、少し溜飲が下がったのか、ニリンは、少し落ち着いた口調に戻る。
「今回は良いですが、『プロット』には従って貰わないと困ります」
「『プロット』?」
「はい」
ニリンはそう言って、補足説明を加える。
「私はこの世の理から離れた存在。いわば、神みたいなものです。ある程度、先の事が見通せるんですよ。物語の作者に、自身の書いている小説の先が分かる様に」
「それは……すごいですね。未来予知、ですか」
「ふふん、凄いでしょう? メタフィクションの神様、もしくは機械仕掛けの神とお呼びなさい」
胸を張りながら、笑顔でダブルピースをするニリン。そんなドヤ顔をひっぱたきたい衝動を抑えつつ、アコナイトは妖艶な笑みを浮かべ、余裕を見せつつ話を続けた。
「それで、美しい女神さま、もしくは邪神さま。今度は、一体なんのご用事で? 」
「あなたが、私の後世で無かったら惚れそうな程の妖艶な笑みですね。その顔と股間のトリカブトで、乳姉妹を2人もたぶらかしたんですか。……あなたがケルベロスなんぞに苦戦するせいで、本来、この後出てくる邪神の眷属に苦戦中の所に、私がかっこよく現れて、ガラス球の使い方を教えて、颯爽に去っていく予定が狂いました。どうしてくれるんですか」
そう言って、若干の怒りをこめつつ、アコナイトの鼻を人差し指でピン、と、はじくニリン。
「そう言われましても……」
アコナイトとしては、そんな事を言われても困る、というのが本音である。第一、ケルベロスなんぞ、などと言える様な弱い相手では無いのだが。
「ま、予定は狂いましたが、今回は良いです。それより、ガラス球の使い方を教えましょう」
ニリンは、そう言って、アコナイトのポケットの中のガラス球を取り出した。
「……これ、捨てたりしていたら、2度とあなたの股間のトリカブトが使えなくなる魔法をかける所でした」
「そんな恐ろしい魔法を……?!」
「それくらい大事なものなのですよ。これ」
思わず股間を押さえたアコナイトを尻目に、ニリンは、ガラス球を手に持つ。そして、アコナイトの手を、ガラス球の上に乗せた。
「ここで、ポイント。邪神に関わりのあるものが出て来たら、火・水・風・闇・光の魔力を5種、こう、上手い感じに混ぜ合わせた状態で、ガラス球に注ぎ込んでください」
「難しい事を言いますね……」
「私が出来るんです、後世のあなたが出来ないとは言わせませんよ? 」
「コツとかは? 」
「こう……ギュイーンと集中して、ぱっ、と一気に注ぎ込む感じでお願いします」
「聞いた私が間違いでした」
アコナイトは見よう見まねで、魔力をガラス球に注ぎ込んだ。最初は上手くいかなかったが、何回か失敗するうちにコツをつかみ、上手く、魔力を注ぎ込める様になった。
「成程、確かに、ギュイーンと集中して、ぱっ、と一気に注ぎ込む感じですね」
「そうでしょう、そうでしょう」
一応、同一人物(?)同士という事もあって、お互い、擬音まみれの説明でも、何を伝えたいかは、何となく分かる2人であった。
「そして、その魔力を注ぎ込んだ状態で、それを太陽にかざして、呪文を唱えてください。そうすれば、邪神につらなるものは大幅に弱体化するでしょう」
「呪文ですか……具体的には? 」
「***********です」
人間の言葉とは思えない奇妙な言葉に、アコナイトは面食らってしまう。
「何ですって? 」
「ですから、***********です。本来、人間には発音出来ない言葉ですが、何とか頑張って、習得してください」
「自分相手だからって、先程から無茶ぶりしてきますね」
「実際、私には出来るんですから。アコナイトも出来るはずです。やってください」
そう言われてしまうと、やらざるをえない。
数十回の練習の末、なんとか、それらしき発音は出来る様になった。
「*************」
「上手ですね。流石私」
「それで、この呪文を唱えたら? 」
「あとは、そのガラス球が自動で、敵の弱体化を行ってくれます」
「自動で……ねぇ」
手にあるガラス球を、アコナイトは興味深げに眺めた。一見、どこにでもありそうなインテリアのガラス球にしか見えない。そんな高性能な品とは思えない。
「あー? 疑っていますね? 」
「それは、まぁ、そうです」
「実際に使ってみれば分かります。効果は保証しますよ……おっと、そろそろ、覚醒の時間ですね。あなたの最愛の乳母姉が、ずっと回復魔法をかけてくれた様ですね」
「流石、我が義姉にして、恋人にして、忠臣。ありがたい事です」
アコナイトは、ピンギキュラに感謝をささげた。ニリンとしては、あまり面白くないのか、ジト目でアコナイトを見ている。
「私としては、親友の娘であるドロセラの方と、より仲良くして欲しいんですが……」
「貴女の推しは聞いていませんよ。両方とも、私の大事な乳姉妹です。一応、名目上の正室は、今は亡き乳母殿の顔を立てる形で、ドロセラの方としていますが、2人の間で優劣はつけられませんし、つけません」
「……まぁ良いでしょう。また、そのうちあなたが困った時に、会いにきます。それまで、ごきげんよう」
ニリンが手を振ると同時に、アコナイトの意識は急速に覚醒していった。
ニリン「数時間ぶりに再登場。紺碧薔薇の魔女様です」
アコナイト「定期的に出てきますね、このお方」
ニリン「夢枕に立つだけで物語を整理できるので、お助けNPC枠、兼デウス・エクス・マキナとして便利なんですよ」
アコナイト「色々、便利過ぎて、ご都合主義になりかねないので、あんまり多用はしたくないんですけどね」
ニリン「スタート時点で、ピンギえもんと、エースパイロットの2人と爛れた関係になっている時点で大概でしょう? そう言わずに、どんどん活躍させてくれても良いんですよ? 私のファンの方もいるかもですし」
アコナイト「お助けNPCキャラの調整って難しいよねって思った方は、ブックマーク、評価お願いします」
ニリン「感想、誤字報告もお待ちしています」
アコナイト「そして、またタイトル変えたんですか……」
ニリン「しばらくして元に戻っていたらお察しください」




