52話 漆黒の番犬
「……鷹を落とした」
クロスボウのスコープを覗いていたスペクターは、目標の鷹が、錐もみ状態で落ちていくのを見た。4人と1匹は、草むらの中に隠れている。
「流石です、スペクター」
「ふふん」
誇らしげに、ドヤ顔をしながら、胸を張るスペクター。先程から大活躍である。
「出会った動物は全て殺す。少し、慎重すぎる気もしますが……」
捕食毒華は、逃走中、遭遇した動物は全て殺している。サラの『支配使役』を警戒しての対応だ。動物愛護の精神とかけ離れた行いに、少し辟易していたマリーの言葉に、ピンギキュラは静かに首を振った。
「……動物愛護の精神には反しますが、やむをえないです。実際、昼間の間には、あのノースズ女が、カラスでずっと私達を見ていた訳ですし」
「相手に、テイマーがいる以上、野生動物やモンスターは全て敵と見た方が良いでしょう」
「それに、オスカー31はそろそろだ。もう少し、血生臭さに我慢してくれ」
「……分かりましたわ」
実際、オスカー31は目と鼻の先だ。
廃城から少し離れた平原の中にあり、周辺に森林も無く、飛竜の離着陸には持ってこいの場所だ。逆に言えば、遮るものが何もないという事でもある。油断は禁物だ。
「あのノースズ女、全く厄介な奴ですよ」
アコナイトは吐き捨てる様に呟いた。
「……ま、あの女の気持ちもわかるよ。家族を皆殺しにされてるのは私達と同じだし。弁護するつもりは無いけど」
「今にして思うと、結局あの戦争、誰も得をしませんでしたね。国を奪われた私達ラノダ人は勿論、侵略者のノースズ共も、アロモグ市、ウモドス市はP.E.A.C.Eで文字通り消滅。エーシ市以下、主要都市は無差別爆撃で灰塵と化し、占領地の管理どころか、自国の復興すら、ままならない状態と聞いています」
「両国の人間、全員不幸になった。酷い話だ……」
「なんだか、湿っぽいなぁ……。見て。話をしてたら、アセロラさんが来たよ! 」
ラノダ人の3人が感傷に浸る中、フロッガーが上空に目を向ける。釣られて皆そちらを見ると、深緑色の飛竜がポイント・オスカー31の上空を旋回している。
「これで、我々の仕事は一段落ですかね……」
「……長い1日だったね」
「槍は奪われてしまいましたがね……。我が人生、最大の汚点になりそうですわ……」
「ま、とりあえずは、命あっての物種としようじゃないか。今後、取り戻す機会もあるかもしれん」
そう、捕食毒華の面々は言うが、ただ1匹、フロッガーは珍しく、緊張感のある表情になっている。
「待って……いやーな匂いがするよ! 獣の匂い……それも1匹や2匹じゃない。少なくとも90以上」
「「「「……!!」」」」
その言葉を聞いて、4人はすぐに警戒状態に入った。
フロッガーはケルベロスだけあって鼻が利く。
「……ノースズ女に見つかった、という事ですか」
「……合流前に、何て間の悪い……!」
「鷹を落とした事で、逆に怪しまれたかな?」
「偵察されない様にしたのですが、かえって裏目にでましたかね」
「落とさなければ、上空から位置がばれてただろう。似たような結末になっていたさ」
「どっちにしろ、詰みって事ですわね……」
やがて、大小様々な動物が彼らの前に現れた。皆、野生動物にしては不自然な程、統率が取れた動きをしていて、操られている、と冒険者で無い人間でも分かるだろう。それが、まるで、アコナイト達を包囲するかの様に、じりじりと距離を詰めてくる。
「嫌な奴も来た」
フロッガーは、鼻をクンクンと鳴らして匂いを嗅ぎ分けながら、忌々し気に言う。
果たして、1匹だけ、勿体ぶるかのように、後方から現れたのは、黒い、巨大な犬であった。それも、ただの巨大犬ではない。その犬には首が3つ、ついていた。
「……ケルベロス。成体ですね」
出てきた相手はフロッガーと同族、ケルベロスである。が、サイズは彼女より1回りほど大きい。いかにも凶悪そうな黒い毛皮は、目に優しい緑色の毛皮を持つフロッガーとは対照的だ。
「そこの駄犬とは、ちょーと格が違いそう。こいつを倒さないと、ドロセラちゃん、着陸出来ないだろうねぇ。ホバリング中に、魔法攻撃食らったら飛竜はバランス崩して墜落しちゃうし……」
「作戦、変更ですね。ドロセラとバーサーカーラプトルの着陸地点を確保します」
「マロンさん、降りて。アタシも本気出さないといけないかも。弱い者いじめの方が好きなんだけどなぁ……」
「わ、わかりましたわ……」
ケルベロスは、捕食毒華に向けて牙をむき出しにして威嚇する。これに対し、マリーを下ろしたフロッガーも、牙を剥き出しにして唸り声を上げた。
「コロス……コロス……コロス……」
唸り声を上げながら、黒い方のケルベロスは、ぶつぶつと、片言で呟いている。正気には見えない。間違いなく、『支配使役』の影響下にある。
「わー、正気を失ってる……。怖いなぁ。支配使役って。アタシはアンデッドになってて良かったよ」
一方のフロッガーは、左右2つの頭で舌を出しながら、呑気な事を言っている。本気で緊張していない訳ではない。彼女なりに平常心を保とうとしているのだろう。
「恐らく、我々の位置はバレたでしょう。早くケリをつけないと、追撃部隊もやってきます」
「アタシも負ける気は無いけど、1匹でこいつの相手はちょーっと厳しいかなぁ……。アコ太郎達もちゃんと援護してね? 」
ここに来て、時間との戦い、第2ラウンドのゴングが鳴らされてしまった。おそらく、ラープのクーデター軍にもすぐに場所を報告されるだろう。追撃部隊がやってくるのも、時間の問題だ。
「さぁ、見世物小屋でも見られない、地獄の番犬同士の闘犬をはじめよう。アタシは負ける気ないからね! こちとら、好意を持っている相手が後ろにいるんだから! 」
「……『好意を持っている相手?』」
「……loveじゃなくて、likeだからね!」
ピンギキュラに対して、誤解されない様に注釈を入れながら啖呵を切って、フロッガーは左右2つの頭から、魔法攻撃を放った。
アコナイト「ノースズ女の秘密兵器、答えはケルベロスでした」
フロッガー「正解した人はいたかな? 」
アコナイト「ケルベロスって個体ごとに色が違うんですか? 」
フロッガー「そうだよ! 現実の犬だって色んな色や模様があるでしょ! アタシは目に優しい緑色! 」
アコナイト「森林で生きていた事を考えると、緑でも違和感はありませんか……」
フロッガー「まぁ、都市部だと逆に目立つんだけどね! 森林仕様の迷彩服が、歓楽街のど真ん中だとかえって目立つ様なものだね」
アコナイト「時間制限のある中でのケルベロスとの戦闘、果たして結末は……! 待て、次回! 」
フロッガー「ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告、お待ちしています! 」




