47話 傲慢な不忠者
「こうしてまた会えて嬉しいですよ。お嬢様。軟禁先から、家宝の槍ごと逃げ出した時には、どうしようかと思ったのです」
「私は、ちっとも嬉しくありませんが」
廃城の地下の牢の中で、マリー・エーススピアは、1人の男と相対していた。
男の名は、ハーン・アス。元エーススピア家に仕えていた執事であり、今はエーススピア家を裏切って、クーデター軍の手先となっている男である。
脂ぎった、肥満体の醜い男で、マリーは裏切る前から、彼を毛嫌いしていた。
執事としては有能で、彼女の父である侯爵からは信頼されていた。が、非常に好色で、信頼されている事を良い事に、裏では、侯爵の威光を盾に、屋敷の若いメイドを食い散らかしていた事を、彼女は知っている。
流石に、令嬢であるマリーに手を出そうとするような事は無かったが、時折、いやらしい視線を向けてきては、嫌悪感を覚えたものだ。
「こんな手錠をするとは悪趣味な。これが、仮にも主の娘に対する対応ですか? 」
彼女は、頑丈な手錠を後ろ手にかけられ、木製の椅子に座らされた状態で、監禁されている。
それを滑稽そうな目で見ていたハーンは、彼女の言葉を、じめじめとした粘着質な声で返す。
「素早いウサギは、しっかりと縛っておかねば、また逃げ出すかもしれませぬ故」
「主を裏切った駄犬め……。汚らわしい。早く去れ」
「……随分嫌われたものですな」
マリーの罵倒を、適当に聞き流すハーン。それでも、マリーは裏切り者に、自分の思いをぶつける。
「私は、貴方の事は好きではありませんし、好色さに関する、悪い噂も知っています。が、執事としての能力自体は認めていたのですよ? 飼い主を裏切り、敵に売り渡すまでは! 一体、何故です……? 金ですか? 地位ですか? 」
「金や地位……そんなものはもう持っていたんです」
ハーンはそう言って、マリーに近づくと、おもむろにナイフを取り出した。
「ひっ?! 」
思わず身の危険を感じて、目を閉じる。が、刃が、彼女の色白の肌に食い込むことは無かった。
しかし、代わりに刃は彼女の服を捉え、そのまま、上着は引き裂かれた。それなりの大きさの胸を包む、黒い、高級そうな下着が露わになる。
「なっ?! 」
「流石お嬢様、可愛らしいお召し物だ」
威嚇するかの様に、刃を舌で舐めたハーンは、マリーを好色さと、若干の狂気の混じった視線で見つめる。
「目的はあんたを手に入れる為です。俺は、この時をずっと待っていた」
「私が目的? 」
「ええ。そうです。人のコンプレックスを刺激するんですよ、あんた」
興奮して、鼻息が荒くなるハーン。彼はそのまま言葉を続けた。
「俺は、子供の頃から、この醜い容姿と、身分の低さのせいで今まで、周りから酷い扱いを受けてきた。だから、周りを見返そうと、人一倍努力をしてきた。お陰で、侯爵家の執事筆頭にまで成り上がれた! 金も地位も手に入れた! 男共は俺に羨望の視線を向ける! 女共は喜んで股を開く! 」
「……」
狂気を宿した言葉を、マリーは呆然と聞いている。嫌ってはいたが、面識はある男が、明らかに精神の均衡を欠いていたというのを彼女は全く知らなかった。
「だが、あんたは違った。あんたは俺をなじった! 平民からの、立身出世のヒーローのこの俺を! 覚えていますか? 5年前、あんたがまだクソガキだった頃、「卑しい平民の子が、なぜ歴史ある我が家でデカい顔をしているのです」「まず、容姿が気に入らない。一体どんなものを食べればそんな顔になるのですか」「父上は一体何をお考えなのですか……あんなガマガエルの様な男を傍に置くとは」影でそんな事をずっと言っていた事を。俺が執事として、汗水流しながら働いているからこそ、生きていけている小娘に、そんな事を言われ、俺のプライドが、どれだけ傷つけられた事か……」
「覚えていませんね……一体、何年前の事を根に持っているのですか、情けない」
彼女の高慢な性格が、最悪の形で発動した。
特に悪気なく、思った事をそのまま言った一言であったが、その言葉は、ハーンを激昂させるには十分だった。
「覚えていない……覚えていない……。はは……」
ハーンはそうブツブツと呟きながら、今度はナイフで彼女のスカートを引き裂いた。ブラジャーとセットの黒いパンティが顔を出す。
「やはり、今回の件に乗って良かった……。今回のマリー様奪還作戦に成功し、槍を奪還した暁には、用済みのアンタを、俺の玩具にしてもいい、という言質を取っているのですよ……」
狂気を孕んだ強姦魔の様な目を見て、マリーは貞操の危機を感じ、思わず、鳥肌を立てた。
「狂人め……。たかが、小娘1人手に入れる。そんな事の為に、信用もこれまでのキャリアも、全てを捨てて、敵に尻尾を振ったのですか」
「その通り、世の中には、私みたいな狂人が一定数いるという事を、そして、軽々しく、人の悪口を言ってはならない、と侯爵はアンタに教えるべきでしたね……。そうだ、せっかくですし、正式に貴女を手に入れる前に、少し味見しておきますか……おあつらえ向きに、下着1枚脱がせば、裸の状態ですし」
そう言いながら、ハーンはズボンのベルトを外し始めた。流石のマリーも貞操の危機に、顔を青くした。
「なっ?! なんて男ですか! 破廉恥な! 」
「『ガマガエル』と言って、嫌っていた男の子を宿すのは、どんな気分なのでしょうね……」
ズボンを脱いで迫るハーン。
マリーの心臓は、かつてない程に脈打っていた。
何とかしなくては。危機に面した彼女の行動は、速かった。
「『格納』解除! 対象、聖槍『エーススピア』! 取り出し方法、射出! 」
マリーがそう叫ぶと同時に、彼女の腹から、一本の槍が生えて 、風の如き勢いで飛び出していった。
槍は、彼女へと迫るハーンの、でっぷりと太った腹を、的確に捉えた。彼の太い胴体を鋭い槍は、無慈悲に突き刺す。
「ぐふっ……」
ハーンが、状況を理解するのは数秒経ってからだった。それから、彼は驚愕半分、恨めしさ半分といった顔のまま、床に倒れ伏す。
「……収納魔法。我が伯爵家に伝わる、秘伝の魔法。あなたなら、知らない事は無かったでしょうに」
今、彼女が使ったのは、収納魔法とか格納魔法とかいわれる、高度な魔法の1つだった。物体を異次元空間に一時的に転移させ、必要に応じて取り出す魔法である。
高度な魔法なだけに、本来、使いこなせるまで、それなりの修行が必要なのだが、エーススピア家では、貴族特有の近親婚の影響か、この魔法が得意なものが多くいる。マリーもその1人だった。
今回、彼女が取り出したのは聖槍『エーススピア』。エーススピア家の家宝であり、まさに、現在彼女が追われる原因になった、ラープ王家の継承に必要な槍だ。
角度を調整し、タイミングよく異次元から射出する形で取り出した事で、疑似的な飛び道具として使ったのだ。
「……この不忠で傲慢な痴れ者め! 」
虫の息のハーンに対し、マリーは罵声を浴びせる。彼に対し、同情も、自身の言動の反省もしないのが、彼女が彼女たるゆえんだった。
ジン「引き続き、敵サイドパートという事で、おまけコーナーも我々が担当させてもらう」
サラ「次々回、敵パートからラノ共のパートに戻りますから、そちらの活躍を期待している方は、もうしばらくお待ちください」
ジン「そんなことより、鎌〇殿の最終回は色々と衝撃的だったね。特にラスト15分の畳みかけ」
サラ「(そんなことよりって……)アホ作者、見終わった後、しばらく呆然としていましたからね……。そして、その後、しばらく語彙力が無くなる」
ジン「名作を読んだり見たりした後、起こりがちな現象」
サラ「そろそろアホ作者、NH〇の回し者と思われそうですね……」
ジン「評価、ブックマーク、感想、誤字脱字報告、お待ちしています」




