45話 奪還作戦開始
ヴァッブ廃城は、プサラス近郊の、小高い山の上にある、古びた城である。
元は、このプサラスの領主であるキャメル氏の城であったが、10年程前、現在の拠点であるバール城に本拠地を移した事で、元々、交通の便も悪く、かなり古い城という事もあり、廃城になった。
解体にも金がかかるという事で、放置され、朽ちるに任せているのが現状である。
「ヴァッブ廃城の内部構造なら、詳しいわよ~」
「本当ですか?! 」
『リメイニング・シャイン』から、一度、宿『オオトリ』に帰還した一行は、オウカへ、マリー奪還の為、プサラスに戻る事を伝えた。
その際、周辺の詳細な地形図などが無いかと、駄目元で相談してみたのだが、彼女は、地形図以上に貴重な情報を持っていた。
「私は元々貴族令嬢よ~? ヴァッブ城には、ちょくちょく、お伺いする機会があってね~。内部の構造は、殆ど把握しているわ~」
そう言いながら、オウカは、鼻歌交じりで内部の造りを紙に描いて渡してくれた。中央の本丸は、3階建て。兵舎と櫓は城門の近くに2つずつ。他にも細々とした建物はあったが、小さめな城である。そこまで兵は駐屯できないだろう。
「都合が良いものだ。まさか、身内に構造を知る人間がいるとは」
スペクターが、幸運な偶然に驚いて、声を上げた。
今回の作戦には、彼女も同行してもらう事になってる。ファントムが、アコナイト達を心配してつけてくれたのだ。
ファントム1人を残していく事を、彼女は不安がったが、いつものねっとりとした声で、「僕の事は心配するな。子供じゃないんだ。なんなら、ブルー・シーにはラノダコールの残党が沢山潜伏しているし、最悪、彼ら彼女らを使う」と、言いくるめられていた。
色気など皆無な、黒色系の迷彩服を着ているにも関わらず、愛用のクロスボウと、矢筒を背負った姿には気品がある。流石は、元女騎士である。
閉鎖的な社会を捨て、ラノダ人と、共存・混血する事を選んだエルフ族。いわゆる『ラノダ系エルフ』は、弓では無くクロスボウを器用に使う。スペクターも例外ではない。そんな彼女が、味方にいるのは心強い。
「ラッキーでした。もしも、これが現実では無く、フィクションなら、ご都合主義とつっこまれそうですね。まぁ、昔から、私、ここぞという時の運が良いんですよ」
「兄様、なんなら、生まれた時から命の危機だったからね……」
主が、トリカブトの名を冠するに至った逸話を思い出しながら、ドロセラは、図面を見た。
「滑走路や、竜舎は無いか……。ビーちゃんにつける装備は、対地用中心で良いかな。一応、あのノースズ女が、また飛竜を出してくる可能性も考えて、空対空魔力誘導弾も少々……」
ブツブツと、独り言を呟きながら、ドロセラはバーサーカーラプトルに積む装備を考えている。今回の作戦のキーパーソンだけに、どの装備を使うかについては、アコナイトから一任されている。
「兄様、作戦について、もう一度確認させてもらって良いかな。装備の取捨選択をもう少し細かくやりたい」
「ええ。では、改めて、参加者全員で再確認しておきましょう」
アコナイトは、咳ばらいを1つすると、改めて作戦内容を解説した。
「まず、今回の作戦の主題は、マリーお嬢様の救出です。敵兵の殺傷は我々の主題ではありません」
「あくまで、マリー様の救出が第一って事だね! 」
「フロッガー。貴女に言っているのですよ? 絶対に命令違反はしない様に」
「信頼無いなぁ」
フロッガーは、不満そうに口を尖らせる。それを取り合わず、アコナイトは話を続ける。
「作戦開始は午前4時。まだ、敵兵の大半が夢の中にいるうちに、奇襲を仕掛けます」
「……不意打ち、闇討ち、朝駆けは捕食毒華の得意技。腕が鳴るね! 」
「マリー様に、我々の力を見せる機会だね! 」
「なんだか分からないけど、アタシは暴れられるなら大歓迎! 」
不意打ちという作戦に、姉妹はテンションを上げる。
先程の様に、強敵との正面切っての戦闘は、捕食毒華は本来、得意では無いのだ。得意とするフィールドで戦える事を2人は喜んだ。フロッガーも釣られて士気を上げる。
「作戦の第一段階は、バーサーカーラプトルに乗ったドロセラの奇襲で口火を切ります。4時ジャストに、空からの爆撃で、廃城を攻撃。大混乱を発生させます。一通り空撃が終わったら、ドロセラは退避。合流地点ポイント、オスカー31に着陸して待機してもらいます。ここで作戦は、第二段階に移行」
アコナイトは、オウカから貰った図面の中央に位置する本丸を指差した。
「リングからの情報によると、お嬢様は、この本丸の地下室に幽閉されているものと思われます。第二段階は、ドロセラの空爆で、敵が大混乱に陥っている隙に、我々3人と1匹で城内に侵入。マリー様を救出します」
「……リングの位置情報は、かなり正確だよ。誤差は殆ど出ない様に調整したからね。構造図と合わせると。中で迷う事は無いだろうね」
誇らしげに、形のいい胸を張って、ピンギキュラが言う。彼女の言う通り、アコナイトの脳内には、寸分の狂いもなく、マリーのいる位置が表示されている。
もしも、ネックレスを取り外されていたら……。という心配もあったが、外されたら外されたで、その情報も伝わる様に作ってある、との事である。
外れたという報は、現在は入って無いので、まだネックレスは、彼女の首についている。つまり、現在の表示位置が、マリーの居場所という事になる。
「第二段階は、時間との戦いです。混乱が落ち着くまでに……。出来れば10分以内に終わらせます。そして、作戦第三段階。マリー様の救出に成功したら、闇と混乱に紛れて脱出。ポイント・オスカー31でドロセラと合流します。そのまま、ドロセラは、マリー様をバーサーカードラゴンの背に乗せて、帝都エニグマ、ダスター飛行場まで、空路を使って一気に運びます。うちのギルドマスターのフィッシュベッド殿には、この作戦の事は伝えてあります。ダスター飛行場には、帝国軍が待機してもらっています。お嬢様を、そのまま保護してもらう手筈です」
「バーサーカーラプトルは、急造の座席を取り付けて、一時的に、複座にしてもらったからね。……私達の仕事はここまで。亡命後のお世話と保護は、国と軍の仕事だね」
「はい。後はお上が何とかしてくれるでしょう。……今日は、長い1日でしたが。まだまだ、これからが本番です。最後の一仕事に取り掛かりましょう」
「現在時刻は、午後9時半。私は、また1時間ほどかけて、パトリオット飛行場まで戻らないとね。ここに置かせてもらっている、キャリアドラゴンに乗って行こうかな」
ドロセラは、必要な装備をメモしつつ、少し面倒くさそうに言った。とんぼ返りなので、この反応は仕方が無い。ちなみに、アコナイト達は、プサラスの屋敷まで、ここ『オオトリ』から、転移魔法を使って一気に移動する算段だ。こんな事もあろうかと、屋敷の中に事前に魔法陣が描いてあるのである。
「キャリアドラゴン用の鞍なら、うちにあるからレンタルするわ~」
「オウカさん。ありがとうございます」
「他に、必要な物……そうねぇ、スモークグレネードや、スタングレネードなら、うちに幾つか在庫があるわ~。必要なら売るわよ~? 」
「スモークグレネードと、スタングレネードを3個ずつ、いただきましょう。あって困るものでもありません」
「毎度あり~」
色々なものを、ポンポンと出してくる商魂たくましいオウカに、スペクターは、やや呆れ気味だ。
「何で、宿屋でそんな物が置いてあるんだ……」
「あら~。スペクターさん。だったかしら~? うちは冒険者の方もよく利用されるわ~。それに備えて、色々と仕入れているのよ~? 」
「スモークグレネードや、スタングレネードならリメイニング・シャインでも仕入れているんだがな。意外と近くに商売敵がいたのだな……」
若干、オウカをライバル視するスペクター。それを、アコナイトはなだめる。
「まぁまぁ。姫様の所は、面白いものが沢山あります。差別化は出来ていますから……」
「……まぁいい。それでは、ドロセラ、オスカー31でまた会おう」
「スペクターさんも、兄様達も、また全員、無事で会いましょう」
ラノダコール式の敬礼をするドロセラ。アコナイト達も同じ様に、ラノダコール式の敬礼で返した。
「それでは、これより、捕食毒華は、お嬢様奪還作戦を開始します。各々の奮闘に期待します! 」
アコナイト「ラノダ系エルフって皆クロスボウ使いなんですね。エルフって大体弓使いのイメージがありますが……」
スペクター「ラノダ系エルフは、早い段階でラノダ人と同化して、他部族に比べ、いち早く進んだ技術力を入手したという裏設定だからな。我々にとってクロスボウは、ラノダ人との友好の証であり、アイデンティティーそのものだ」
アコナイト「民族意識的にも、彼ら彼女らは『エルフ』というより、『ラノダ人』であるという意識が強いという設定です。その為、『ラノダ・エルフ』と呼ばず、普通に『エルフ』と呼ぶと嫌な顔をされます」
スペクター「クロスボウを使うエルフ族が居てもいいじゃない、ファンタジーだもの。という読者の方は評価、ブックマーク、よろしく頼むぞ! 」
アコナイト「感想、誤字脱字報告もお待ちしています」




