43話 紺薔薇と紺鳥兜
―—アコ、アコナイト。聞えますか?
―—?
何者かがアコナイトを呼ぶ声がする。
目の前に広がるのは、窓がなく壁一面が白く塗られた小さな部屋だった。
そこで、アコナイトは椅子に座っている。
(はて、私は『リメイニング・シャイン』の地下作業場にいたはず……?)
そこまで考えて、彼は、今自分が夢の世界にいる事が分かった。自分が夢の中に居て、自由に行動できる状態。いわゆる明晰夢というやつか、と、冷静に状況を把握する。
「なんですか? 私を呼ぶのは誰でしょう」
夢の中なら自由に行動しようと、アコナイトは、話しかけてきた女性に返答する。
―—ああ、気が付いたようですね。
するとどういう事だろう。目の前に、突然1人の女性が現れた。しかも、衝撃的な事に、彼女の容姿はアコナイトそっくりだった。美しい紺髪と、黄金の様な金眼。元々の妖艶な顔と小柄な体型を、より女性的にした感じである。
夢であるから、何が起きても不思議では無いが、流石に面食らってしまう。
「これは……驚きました。世界には自分のそっくりさんが3人いるとは言いますが、まさかそれに夢の中で出会うとは」
「そりゃ、そっくりで当たり前です。私はあなたなんですから」
「はい? 」
彼女の言っている事が、今一つ理解出来なかったアコナイトは、思わず、すっとんきょうな声を出した。
「私の名前は、ニリン・ヨグ・ニグラス・ストリングバック。またの名を紺碧薔薇の魔女 」
「は? 魔女殿? 貴女が?! 」
「はい。魔女様です。可愛いでしょう? 」
そう言って、彼女は、顔の前で両手を掲げダブルピースをした。ドヤ顔気味なのが、絶妙に腹が立つ。
言われてみれば、まだファイアブランド家で軟禁されていた時、紺碧薔薇の魔女の写真を見たことがある。容姿はそれとそっくりだ。
チートの話をしたから昔の記憶が掘り起こされたかな? と、アコナイトは自分でもびっくりする程、現状を受け入れた。
「……突然出て来てどうしました? 魔女殿。前世の自分が、何で今世の私に話しかけてきたのでしょう?」
「流石私。冷静ですね」
「まあ、夢の中と考えればなんとか」
紺碧薔薇の魔女、もとい、ニリンは、はにかみながら、人差し指を口に入れてたっぷりと唾液をつけると、床に×印を書いた。すると、印をつけた位置。アコナイトの前に椅子が現れる。
アコナイトはというと、彼女の左右の薬指に、アコナイトとは違い、リミッターリングがはまっていない事が気になった。
が、特にそれがどうという事は無く、ニリンは、椅子に座った。
「指輪が無いのが気になりますか?」
「ええ。魔女殿も魔力汚染の影響を受けるのでは?」
「今の私は、そうしたしがらみからは解放されている存在ですから、お気になさらず」
ニリンは、そう意味深に言って微笑みを返した。
「そういう、なんか無駄に余裕ぶった態度は、まさに私の前世って感じですね……貴女、本来、滅茶苦茶臆病な性格ですよね? 私がそうですもの」
「自分が、臆病で余裕ぶった態度をとっている自覚はあるんですね」
「自身の性格くらいは自覚してますよ。あと、これは自己分析でもありますが、貴女、圧倒的な容姿と口調でごまかしていますが、割とひねくれてて、性格が悪そう。ついでに下半身と、口八丁、手八丁で相手をたぶらかすのも上手そう……そんなのだからクロード様に振られたのでは? 」
「……喧嘩なら買いますよ? このトリカブト野郎。まさに下半身で、乳姉妹を2人ともたぶらかした男が言うと説得力がありますね」
「おお、怖い怖い。自分同士で戦った所で決着はつかないでしょう。質問に答えていませんよ? 貴女は何の用で私に会いに来たんですか? 」
夢の中だと思って、アコナイトは割と好き勝手に話す。
ニリンはそんなアコナイトに対し、ため息を一つついて、話を続けた。
「私が、わざわざ生まれ変わりの私に会いに来たのは、他でもありません。警告と注意喚起に来たのです」
「警告と注意喚起? 」
ニリンはそう言って、話を続ける。
「ええ。アコ、今の貴方の仕事は分かっています。マリーお嬢様を救出するつもりなのでしょう」
「それが何か? まさか、止めておけ、とは言いますまい。危険な事など承知しています」
「別に止めるつもりはありませんよ。ピンギキュラが作る、リングのリミッター解除を駆使すれば、あの凄腕の魔術師と、ビーストテイマーの2人くらい、余裕で撃破出来るでしょう。まして、ラープ兵など、この2人に比べれば雑魚、子供の手をひねる様なものでしょう。強いて言えば、いつも通りの不意打ちで戦う事です」
「それはどうも。大体の事情も知っている様で」
「私は、もう1人の貴方ですから」
ニリンはそう言って、笑みを送る。とてつもない位美人で、自分の実父が、この人を捨てて他の女の方へ行ったのが解せなかった。が、根っこにどことなくある、性悪さと、うさん臭さを見抜いたのかもしれない、とも考える。
「問題はここからです。今、この事件の裏で、とんでもない事を企んでいるものがいます」
「とんでもない事?」
一息置いて、ニリンは言葉を続ける。
「邪神の復活。そいつが企んでいるのは、それです」
「邪神? 」
「そう。ヴェナートル・オクトのお伽噺に出てくる邪神『テネブラエ』。それを復活させようとしているものがいます」
それを聞いて、アコナイトは思わず、笑った。
「はは……。ヴェナートル・オクトのメンバーを名乗るものの次は、邪神を復活さようとするものですか。随分と古典好きなやつなのですね。その邪神狂信者は」
「本当の事ですよ? まぁ、信じて貰えないのも無理はありませんが」
ニリンはそう言うと、またしても地面に唾液で×印を描いた。目の前に現れたのは、一体の石像だった。
それは、おぞましい形状の蛇で、顔には奇妙な面を被っていた。P.E.A.C.Eに使われた邪神像とそっくりだった。
「これは? 」
「邪神の眷属の1体。近々、具体的には、お嬢様奪還作戦の時に出て来ますよ。その邪神狂信者の手先として」
「出てくるって……。こいつがですか? 確かに、P.E.A.C.Eに使われた邪神像と形状は似ていますが」
「ああ。というか、正にあの邪神像は、この眷属達を彫った物です。古代の邪神に仕える巫女達が、色々とえげつないやり方で作りました」
さらりと、アコナイトのトラウマの元凶の邪神像の出自を語るニリン。一体、この女は、何処でそんな情報を仕入れてきたのかが気になった。
「貴女は一体……」
「この紺碧薔薇の魔女様の出自が気になりますか? 気になりますよね? でも、教えません。まだ時期ではありませんし、勿体ぶった方が色々面白そうです」
そう言って、ニリンは唇の前に人差し指を置いた。正直、アコナイトは、その仕草に大分イラっときたが、夢の中で怒っても仕方が無い、と、気を落ち着かせる。
「大分イラっときたようですね」
「何というか、我が前世ながら一々仕草や喋り方がイラっときますね。クロード様に振られた理由が、何となく分かりました」
「我が生まれ変わりは中々手厳しい。お詫びに、プレゼントをあげましょう。と、いうか、今日はこの為に来たのです」
そう言うと、ニリンは懐から、1個のガラス球を取り出した。大きさは手に収まる程度で、それを、彼女はアコナイトの着ていた服のポケットに入れた。
「なんです? これは? 」
「これはですね、邪神関係のものに効く、不思議アイテムです。貴方にあげます。こいつを邪神関係のものの前で掲げ、呪文を唱える事で、大幅な弱体化をさせる事が出来ます。詳しい事はまた、必要になった時に教えます」
「必要になった時に教えるって……どうやって」
「その時が来れば分かりますよ」
「それに、いいんですか? そんなものを貰ってしまって」
「死者の私が持っていても仕方ありませんし、そもそも、その玉は、私か貴方でなければ満足に扱えない代物です。私と貴方には、とある秘密がありますから」
「秘密……?」
当然のことながら、頭に? マークが浮かぶアコナイト。そんなアコナイトの気持ちを無視する様に、ニリンは、話を強制的に終わらせた。
「おおっと、そろそろ覚醒の時間ですよ」
「待ってください、色々聞きたい事が……! 」
「必要ならば、また夢枕に立ちますよ。それでは、またそのうち。我が生まれ変わり」
ニリン「新キャラ(?)紺碧薔薇の魔女様、満を持して登場です」
アコナイト「あなたは一体どういう立ち位置なんですか……。さも当然の様に生まれ変わりの自分に接触しないで下さいよ」
ニリン「その辺の仕組みというか、トリックはそのうち明かされる予定ですから、期待して待っていてください」
アコナイト「名前は……トリカブトにそっくりな葉を持つ山菜、ニリンソウと、英国空軍の雷撃機、ソードフィッシュのあだ名からですね。ミドルネームが心なしか、ほんのり邪悪ですが」
ニリン「アコの名前に関係あるものからいただきました。画像検索して貰えれば分かりますが、ニリンソウの葉は本当にトリカブトそっくりで、時々誤食事故がおこる程です」
アコナイト「画面の前の読者さん達は、その辺の野山に生えている草やきのこを、勝手に採ってきて食べてはいけませんよ? 中毒事故の危険がある上に、法律的にも色々面倒くさいそうなので」
ニリン「トリカブトの主毒のアコニチンの致死量は2~6mg位らしいですからね。運悪く誤食したら、普通に死にますからね? 」
アコナイト「伊達に私の必殺技名になっていません」
ニリン「そう考えると、ギルドの薬草採取任務って、素人に任せられる仕事じゃないですよね、って思った方は、ブクマ・評価お願いします」
アコナイト「なので、この世界のギルドでは、薬草採取任務受注には専門の資格が必要という裏設定です。誤字脱字報告、感想もお待ちしています」




