42話 指輪につける諸刃の剣
ドロセラが、バーサーカーラプトルと共に飛び回っていた頃。
『リメイニング・シャイン』の地下作業場では、アコナイトと、ピンギキュラが、指輪の改造を行っている。
とはいえ、主に作業をしているのはピンギキュラで、アコナイトは、肘をクッションの上に置いた状態で、指輪をはめた薬指を差し出しているだけだが。
「お嬢様が、ネックレスを引きちぎってくれれば、ここまで苦労する必要は無いのに……」
自身が渡したネックレスの事を思い出しながら、ピンギキュラは、少し面倒くさそうにぼやく。
「発信が無いという事は、昏倒させられているか、拘束されて手を使えない状態なのでしょう。マリー様を責めるのは酷ですよ」
アコナイトは、そう言って、マリーをフォローした。
「それよりも、問題は国境を越えられていないかです……そうなった場合、もうマリー様の事は……」
「まぁ、後味は悪いよね……そうなったら」
アコナイトは、目を閉じて、事態が悪い方向にいかない様に祈る。
先程、プサラスのギルドへは、ブルー・シーが襲撃された事、その混乱の最中、マリーが攫われた事を報告する通信を、馴染みの受付嬢であるヘカテーへと送っていた。プサラスでも、そして、帝国の上層部でも今回のブルー・シー襲撃は報告されていて、現在、対応について協議をしているという。
そんな中、フィッシュベッドからヘカテーを通じて、アコナイト達に依頼内容変更が伝えられた。次なる目標は、マリーの奪還である。ただし、国境を越えて、ラープ領に遁走されていた場合、追撃は禁止。その時点で任務失敗とするとの事だ。
半ば囮の様な役目とはいえ、本来、護衛任務である以上、依頼失敗となれば、必然、パーティーの評価は下がる事になる。最悪、ランクが下がる事も覚悟しなければならない。そうなれば、今後、行動できる範囲も狭まってしまう。
帝国のギルドの場合、所属する冒険者が任務で行動出来る範囲は、ランクごとに定められている。最上級の松級ならば、国境を越えて行動する許可も与えられるし、アコナイト達の竹級ならば、国内ならばほぼ全ての地点で行動可能。逆に低ランクの桐級、杉級だとギルドと官憲の目の届く、主要都市周辺で発生する依頼しか、受注する事が出来ない。
冒険者のランクとは、その冒険者が、どれだけ信用が置けるかの指標なのだ。
登録者の殆どが、浮浪者や流民である以上、冒険者には人格的、経歴的に問題のある無頼の輩も多い。そんな連中を利用する以上、信頼度によって自由に動ける行動範囲を制限するのは仕方の無い事である。
アコナイト達はというと、大量殺戮の下手人という経歴については、かなり問題はあるものの、それについては隠している。P.E.A.C.Eの運用に関する情報や資料については、敗戦が確定した時点で、ほぼ全て徹底的に破壊、焼却処分されている。
なので、経歴上の傷については、殆ど問題になっていない。そして、これまでもコツコツと依頼をこなして、現在のランクにまで上がって来た。本格的に、P.E.A.C.Eの邪神像探しに本腰を入れられそうな所なのだ。それに水を差されるのは面白くない。
それに、なにより、捕食毒華の4人とも、マリーには悪い感情はもっていない。1日一緒にいただけではあるが、それでも見捨てるのは忍びないという思いもある。
「今頃、お上達は、てんやわんやの大騒ぎでしょうね」
「今回の事を、証拠無しでも、ラープのクーデター軍の仕業と認定して、本格的に介入するか、あくまで目をつぶるか……どっちにしろ、今のタイミングで、ラープに冒険者を侵入させるわけにはいかないよね」
「それか、証拠を作っている最中か……いずれにせよ、まだ早まった行動は出来ませんよ」
そんな事をピンギキュラと話していたが、そのうち、彼女は少し心配そうに、アコナイトの顔を覗き込んだ。
「……アコちゃん、疲れてるね」
「あ、分かりますか。流石に、体内の魔力を、ほぼ全て使い切ると疲れます」
アコナイトに対する狂愛ゆえか、彼に対する義姉の様な立場ゆえか、はたまたその両方か、ピンギキュラは、彼の疲労を見抜いた。
「無理はしない方が良いよ。これからが正念場になるかもしれないし。どうせ、改造には時間がかかる。少しうたた寝してても良いよ? 」
「いえ、ピンギが頑張っているのに、主兼夫の私がのんきに寝ていて良いものなのか……」
遠慮するアコナイトの頭を、彼女は撫でた。細く、しなやかな指の感触が心地いい。
「良いものだよ。それに、魔力を少しでも回復させておかないと。アコちゃんの魔法は、このパーティの攻防の柱なんだからね? 」
「それなら、お言葉に甘えて……」
ピンギキュラにそう言われて、アコナイトは甘える事にした。目をつぶって、頭の中で羊を数え始める。
「あっ、眠る前に聞いておきたいんだけど……」
そんなアコナイトに、ピンギキュラは待ったをかけた。心なしか、悩んでいる様にも見える。
「姫様に、アコちゃんの指輪のリミッター、外せないか聞かれたよね? 」
「ええ。覚えています」
「それなんだけど、今、改造のついでにつけようと思えば、つけれるんだよね、一時的なリミッター解除機能」
「ほう……それはそれは……」
アコナイトは、思わず目を開け、乳母姉の顔を見た。彼女の顔には明らかな葛藤があった。
「もしも……もしも、アコちゃんが良ければつける事も出来るよ? もしかしたら、あの凄腕魔術師や、あのノースズ女とまた戦う事もあるかもしれない……私としては、安全上、あまり推奨はしないけど。あいつらの反則級の腕を見たら、こちらも対抗手段は欲しくなる」
「無尽蔵の魔力備蓄と、超速の魔力回復速度……確かに、あれば切り札になりますね……」
「……本当はつけたくないんだよ。これは間違いなく本音。誰が、最愛の人が塩柱になりかねない機能をつけたがるの」
「……」
アコナイト自身も、迷った。トラウマになっているP.E.A.C.Eの『引き金』にされた過去がフラッシュバックする。
だが、彼は、首を縦に振った。
「お願いします。リミッター解除、使いこなしてみせます」
「……良いの? ……P.E.A.C.Eの事もあるし……」
「あまり気乗りがしないのも事実です。ですが、メリットがあるのも事実です。要はリスクとリターンの問題ですよ。この場合、この2つは十分に釣り合っている。……トラウマの事は、私も出来るだけ思い出さない様に、頑張ります」
「……」
それでも、ピンギキュラは迷っていた様だが、アコナイトの思いを尊重した様だ。工具を持って、気合を入れる様に、トレードマークの黒縁眼鏡をかけなおした。
「1分。1分だけだよ、リミッター解除の出来る時間設定。体内に溜まった魔力が、魔力汚染の影響を及ぼさない安全時間範囲。その時間内に限り、アコちゃんの本来の特性である、無限の魔力を自由に使える様に出来る」
「まさに、チートですね」
「1分が経ち次第、指輪から、体内の全魔力が強制排出される仕組みもつけて、再使用には24時間のインターバルを設定。安全の為、これを仕様にする。これは最低条件」
「まさに諸刃の剣ですね。一度使うと、1分で魔力が全て枯渇するとは……」
「そうじゃないと、作れないよ。怖くて」
「逆に一撃必殺の必殺技っぽくて面白いと考えましょう。良いでしょう。その仕様で改造をお願いします」
アコナイトは妖艶に、そして不敵に笑って、改めて指を差し出した。
アコナイト「リミッター解除……魅力的な響きじゃないですか」
ピンギキュラ「本当に気をつけてね。安全装置はつけているけど」
アコナイト「基本的に捕食毒華は、一撃離脱と奇襲大好きという設定なので、苦戦する相手にだけ、ここぞという時だけ使うという一撃必殺仕様と相性は良いんですよね」
ピンギキュラ「不意打ち、夜討ち、朝駆け、とか、主人公パーティーがしていい戦い方じゃない……」
アコナイト「でも、源義経とか奇襲ばっかやってる割に人気ですよ! と思った方はブクマ、評価をお願いします」
ピンギキュラ「感想、誤字脱字報告もお待ちしています」




