4話 令嬢と鳥兜2
竜車は、帝都エニグマまでの街道を順調に走っている。
現在は広大な草原地帯を通過中だ。この辺りは凶暴なモンスターもいないので、牛や馬や小型のドラゴンなどが放牧され、牧歌的な農村風景が広がっている。
「怒られるのが怖いなら、初めから煽るような真似をしなければ良いのです」
「重ね重ね、陳謝いたします。どうぞご容赦を」
マリーはそんな謝罪の言葉にも、納得しないらしい。牧歌的な景色を見ながらも、ブツブツと文句を垂れる事は止めなかった。
「下半身の緩い男の恋人なぞ、2人とも他の男に寝取られてしまえば良いのです」
何気なく、マリーが放ったその一言。
いつもの様に、夜会などで嫌いな相手に嫌味を言うノリで言い放った言葉だ。が、車内の空気がその一言のせいで凍った。
『異常』
そんな明確な殺気と敵意を感じる。
車内には、彼女とアコナイトしかいない。殺気を出せる人物は、1人しかいない。
彼、アコナイト・ソードフィッシュは、光を失った目で、マリーの事を見据えていた。
眼光は、先程のドロセラのものの数倍は鋭い。思わず、恐怖から金切り声を上げそうになるが、それはなんとか堪えた。貴族としてのプライドである。
「はは……何をいっているんですか? 私の……私のモノである、ピンギとドロセラが、そんな裏切りする訳ないじゃないですか? 私の乳姉妹ですよ? 喜びも怒りも悲しみも楽しさも寒さも暑さも恐怖も飢えも共に体験してきてなお、私に付いてきた人達ですよ? そんなぽっと出の男になびくわけ無いじゃないですか! 」
アコナイトは、マリーに一方的に話しかけた。ギリギリで人懐っこい笑みは崩していないが、それがかえって不気味である。
彼はゆっくりと、彼女の前に、両手を掲げた。そしてその両方の薬指には、同じデザインの指輪がはめてあった。
彼は、楽しそうに笑みを浮かべ、話を続ける。
「こちらを御覧ください。人生万が一という事があります。万が一、万が一ですよ? 彼女達が私の元を離れるという可能性もある訳ですが、これがあるから大丈夫です。こちらの指輪ですが、彼女達が今しているものと同じなんですが、ちょっと魔法で細工がしてありまして、相互にリンク状態になっていて、私には彼女達の位置が分かるようになっているんです。こう、頭に念じるだけで詳細な位置が分かる優れモノです! 」
一息で、興奮気味に語るアコナイトに、マリーは頷く事しか出来なかった。
「へ、へぇ、凄いですね……」
「しかも、この指輪、いわゆる呪いのアイテムと同様の細工もしてあって、1度つけると外す事が出来ないんですよ。腕や指ごと切り取れば別ですがね。つまり、どこにも逃げ場がないのですよ。位置さえわかればこちらのもの、人間、四六時中警戒を維持するとか不可能です。何も間男と正々堂々戦う必要もありません。対象の行動を常に監視し、一瞬、一瞬でも油断したら、奇襲をかけ、このバトルアックスで間男の頭をかち割って、彼女達を奪還するという訳です」
「顔に似合わず、恐ろしい事を考えますのね」
「恐ろしい? 彼女達が私の元から居なくなる方が、何万倍も恐ろしいですよ。奪還した後は、もう、2度と放しません。お仕置きも兼ねて、手足を切断して2度と逃げられない様にした後、屋敷の地下室にでも監禁しましょう。こう見えても私は魔法が得意なんです。死なせず手足を切り取るくらい、回復魔法を使えば楽に出来ます。あぁ……今の3人での生活も幸せですが、そちらも楽しそうですね」
それなりの声量なので、間違いなく、外の2人にも聞こえているはずだ。はずだが、いまだに車内を見つめるドロセラの顔は、だらしなく呆けている。
更に、ピンギキュラの方も、仕草を見るに、心なしか気持ちが弾んでいるようだ。
――間違いない。こいつら、「そんな風になるのも悪くないな」とか思っている!
そうマリーが察するのに、それほどの時間はかからなかった。
なおも続く、極めて狂気に満ちたアコナイトの演説。さらにそれをうっとりとした表情で聞く姉妹を、視覚と聴覚で観察しながら、マリーは思った。
淑女揃いのパーティーだと思えば、こいつら、とんでもない。
悪い意味で素晴らしいパーティーに、護衛任務を頼んでしまった。と。