39話 狂戦士の泥棒
「なるほど、なるほど。それで、その凄腕ビーストテイマーに、お嬢様をさらわれてしまったわけだ。君たちにしては珍しい失態だね」
「面目次第もございません。なので、これから返還してもらいにいきます」
「おう、そうしてもらいなさい。よし。可愛い部下の為だ。僕も一肌脱ごう」
『リメイニング・シャイン』の店先。そこでは、頭に矢が刺さったオークの死体を木の枝の先で突いているファントムと、クロスボウを手に、周囲を警戒しているスペクターがいる。
そんな彼女達相手に、捕食毒華は、マリーが攫われた事を報告して、協力を仰いでいた。
店のものを幾つか売ってくれれば、それで良かったのだが、ファントムは案外乗り気な様で、声色も良い。
ちなみに、このオークは、空挺降下してきた内の1匹で、店に侵入しようとした所を、スペクターのクロスボウで眉間を打ち抜かれたそうだ。
街中の混乱は終息しつつある。
増援の無い中で、敵中ど真ん中に降下した空挺部隊の命運は暗い、というのが軍事における常識だが、彼らも例外では無かった様で、当初こそ混乱していたものの、街の冒険者と軍人達の活躍のお陰で大部分は掃討されつつある。
もっとも、これらは全てジンの使役する召喚獣。殺した所で、死にはしない。現に、ファントムが突いていた死体も、灰になって崩れて行った。
ファントムの脇で、同じ様に死体を枝で突いていたフロッガーは、目をキラキラと輝かせてその様を見ている。
「ゴースト様! 崩れました! 崩れましたよ! 何か面白いですね! 」
「ああ、名前は惜しいな。僕はお化けじゃなくて亡霊だ。しかし、僕も召喚獣が壊れる所を見るのは初めてだ。興味深い。それにしても、君は可愛いなぁ。ずっともふもふしていたい位だ」
ファントムはフロッガーの事を気に入った様で、先程から、犬耳の付け根辺りをずっと撫でている。彼女も心地いいのか、非常にリラックスした様な表情で、なすがままにされている。
「……何か、協力してくださるのですか? 」
「色々、出来る事はあるぞ。それに、こちらも君達に託したい事もある」
フロッガーを撫でながら、いつものにやにや顔をしつつ、アコナイトに、彼の姫様は意味深な事を言った。
「姫様、あまり危険な事に首を突っ込むのは……」
年長らしく、ファントムを諫めるスペクター。だが、ファントムはそんな従者の諫言を抑えた。
「なーに、実際に僕が戦うつもりは無いさ。ただ、彼らの主君として、出来る事をするまでさ。立ち話もなんだ。店の中に来なさい」
* * *
ファントムは、ピンギキュラの欲しかった素材を持ってきて売ってくれた。幾つか、貴重品もあった様で、それなりに値段はしたが背に腹は代えられない。むしろ、かなり良心的な価格で売ってくれたくらいで、感謝すべきである。
「アコの指輪を改造するのかい? 」
「ええ。こんな感じにしようかと」
「ほほう。これは中々興味深い構造をしているね」
魔法店を経営しているだけあり、ファントムは魔法道具については詳しい。ピンギキュラの設計図を見ただけで、おおよその仕組みを理解した様だ。多芸な人である。
「そういうことなら、うちの地下にある作業場を使っていくと良い。魔道具の改造に必要な工具は一通り揃っている」
「本当ですか!? ありがとうございます! 」
「なに、これくらいお安い御用さ。代わりと言ってはなんだが、君達、というか、妹ちゃんにちょっとした頼みがあるんだ」
少し、もったいぶった様な声と顔で、ファントムは言った。
「私に、何か? 」
「いやね。実は僕、帝国空軍ともちょっとしたコネがあるんだ。それで、その伝手で少し面倒くさい案件を持っててね」
ファントムは、本棚からファイルを取り出すと、その中から1枚の紙を取り出した。紙には、1匹の竜の図と、細かい数値が書きこまれてあった。
「これは? 」
「こいつはねぇ。何を隠そう、この帝国空軍で生み出された新種の飛竜だ。『マザーラプトル』を品種改良した種で、名は『バーサーカーラプトル』という種だ」
「『狂戦士の泥棒』……。なんとも物騒なネーミングですね」
一見、図の飛竜は『マザーラプトル』に似ている。数値から見るに、大きさや重さも『マザーラプトル』と同じ位だろう。特徴的な頭の鶏冠と、嘴も、『マザーラプトル』が所属する、オヴィラプトロサウルス類の一種であることを示している。ただ、色は茶色の『マザーラプトル』とは違い、深緑色で、目つきもかなり鋭い。
「そう、物騒なネーミングから分かる様に、元の『マザーラプトル』より、かなり気性が荒い。とんだ暴れ馬ならぬ『暴れ竜』だ。これまで、何人もの航空竜騎士が乗ろうとして失敗している。身も蓋もない事を言えば、失敗作なんだ。本来ならこのまま殺処分されるはずだったんだが、この竜を品種改良で生み出すのに、帝国空軍は、少なくない額を投資していてね。飛行時、戦闘時のデータも無しで、殺してしまうのはあまりにも惜しい」
「あ、なんか嫌な予感がします……」
ファントムからの視線を見て、何かを察した様で、ドロセラは視線を逸らした。しかし、ファントムはドロセラの逸らした視線の先に移動して、彼女の顔を覗き込む。
「そ・こ・で、エース航空竜騎士の配下に持つ僕に、空軍のお偉いさんが相談してきたんだ。この際、情報が他国人に露見するのは良い。どうか、君の配下のものに、このじゃじゃ馬のデータ取りを任せられないかって! 」
「ほらー! そんな話だった! 」
明らかに面倒くさいという感情を露わにするドロセラ。
確かに、もう一度空を飛びたい思いがあるのは事実である。が、それはあくまで普通の飛竜に乗っての場合の話だ。
『バーサーカーラプトル』のスペックは素晴らしい。が、話を聞く限り、一筋縄で乗らせて貰えるような竜では無い。
「もしも、乗りこなせる様なら、ラノダコール残党にこの竜を供与しても良い、という言質まで取っているんだ。アコナイトからも何か言ってくれよ」
「そうは言っても、私としては、ドロセラを危険な目に合わせる訳にはいきませんよ……」
アコナイトは目で『諦めてください』と、アイコンタクトを取った。
「なんなら、乗りこなせた暁には、お嬢様奪還作戦に、この竜を使っても良い。話も通すし、武装は僕が何とか、お偉いさんに言って手配しよう。戦闘データも欲しいだろうしね」
そこまでファントムが言って、捕食毒華3人の動きが止まった。ちなみに、フロッガーは相変わらず、ファントムの傍で、彼女に撫でられる快楽に身を任せている。
航空戦力が使える、というだけで、お嬢様奪還作戦の難易度は大いに変わる。しかも、こちらにはエース航空竜騎士がいるのだ。どれほどまでの戦闘力のプラスになるかは、筆舌に尽くしがたい。
「……一応、見てみるだけ、試乗するだけなら行っても良いですよ」
ドロセラは、少し不安をにじませながらも、首を縦に振った。
「ドロセラ……。危険ではないですか? 」
「そうだよ。お姉ちゃん、心配だよ。もしも、ドロセラちゃんに何かあったら私……」
アコナイトとピンギキュラは心配そうに言う。だが、ドロセラはそんな2人の不安を振り払う様に、気丈に言った。
「姉様も兄様も心配し過ぎ。まるで、私が航空竜騎士学校入学前日の時みたいな顔してるじゃない。大丈夫だよ。これでも、エースなんだよ? 暴れ竜1匹乗りこなせなかったら『処刑人』の名が廃るってものだよ! 丁度、姉様達は改造で動けないし、1人だけ、時間が余っちゃうから丁度いいよ! 」
なおも不安そうな2人に、ドロセラは笑顔を向けた。
「本当に危なそうなら、すぐ止めるよ。これより危険な任務、いくらでもこなして来たんだから! ……行きましょう、姫様」
「『バーサーカーラプトル』は、ブルー・シー郊外の航空基地、パトリオット飛行場にいるよ。馬車で1時間くらいの所だ。すぐに手配しよう。アコナイト達は、ここで、指輪の改造に入って良いからね」
ドロセラは、腹違いの姉と、乳母兄に、ラノダコール式の敬礼をして、その場を去った。
「ドロセラちゃん、大丈夫かなぁ……」
「不安ではありますが、今は彼女の腕を信じましょう。……時間がありません。我々も、指輪改造という自分達の仕事に取り掛かりましょう。私の指輪が取り外せない以上、つけたままいじる、という形になります。事故を起こさない様に、気をつけてください。今はこちらも集中する時です」
ファントム「さて、我等がエース。ドロセラちゃんは暴れ竜を操る事が出来るのか?! 次回もお楽しみに! 」
ドロセラ「今更ながら、不安になってきたんですが……」
ファントム「強力だけど、ピーキーで癖が強くて乗り手を選ぶ機体なんて、まさに主人公機にありがちな設定じゃないかい。乗りこなせる乗りこなせるって! 」
ドロセラ「この小説、変にひねくれてるから正直、そう言われても安心出来ないんですよ……」
ファントム「ドロセラの八面六臂の活躍を待っている方達は、評価・ブックマークお願いね! 」
ドロセラ「あと、今回で地味に10万字越えました」
ファントム「10万字ブーストなる、なろう都市伝説は本当にあるのかねぇ……」
ドロセラ「単行本1冊相当と考えると、結構書いたものですね……」




