36話 流血雪原
ラノダコール・ノスレプ戦争。
ラノダコール王国歴649年。ノスレプ共和国歴291年に、ノスレプ側の奇襲攻撃で始まったこの戦争は、両国間の積年の憎悪も相まってエスカレートにエスカレートを重ね、各地で虐殺と民族浄化が行われる凄惨な戦争になった。
そのエスカレートのきっかけとなった事件が、クラ―オスにおけるラノダ人の虐殺である。
「あの時、ラノダコール側は、政治の腐敗と軍の一部が内通していたも相まって、ノースズ共の奇襲に完全に後手を踏みました」
マリーの傍で、地面に向かって何かの呪文を唱えているアコナイトは、彼女に対して、(あくまでラノダ人の視点で)戦争の経緯を説明する。
「クラーオスは、帰属を巡って、長年ノースズ達と争ってきたドールフ地方にあって、629年のサアフン事件でラノダコールが武力で共和国から正統に奪還した土地の1つです。あの戦争の時の激戦地の1つでした」
「多くの血が流れたのですわね……」
凄惨な光景を想像して、マリーは顔を曇らせた。
「ええ、そこの領主殿がたまたま有能で、緒戦の奇襲で周辺を制圧され、孤立したものの、籠城してよく耐え忍んでいました。その領主殿、我が家とも繋がりのある方で、私達とも面識がありました。気の良いおじ様でしてね、私の事も過去の事を気にせず、可愛がってくれました」
思い出を回顧して、一瞬アコナイトは頬を緩ませた。それから一呼吸置いて、彼は続ける。
「娘さんがいましたが、ドロセラと同い年でしてね。特に、仲が良かったんです……」
一方のドロセラは、怒りを込めてメイスを振り下ろす。サラはそれを風の盾で受けた。構わず、ドロセラは殴打を続ける。
「あの町には、私の親友がいた! それをお前たちが殺した! これ以上ないくらい卑怯な手段で! 」
憎悪対憎悪。
そんな真っ黒い、醜い感情同士のぶつかり合いが、この巨大な貿易都市の一区画で展開されている。奇しくも、街は帝国有数の貿易港という事もあって、街は色とりどりで、きらびやかなのが皮肉である。
「お前が、ラノダ人を許さない様に、私もノースズを許さない! 許すものか! 」
連続攻撃の前に、耐久力が限界を迎えたのか、サラの防御魔法は霧散した。ドロセラは殺意に染まった顔を歪ませる。
「さよなら、ノースズ」
厭味ったらしく、ラノダ語で言う。そして脳天をかち割ってとどめを刺すべく、ドロセラはメイスを振り上げた。
* * *
ドロセラには、あの忌まわしい冬の日の記憶が、まだ鮮明に残っている。
クラーオスの街は、ラノダの北側に位置する。ノスレプとの国境沿いにあり、その日も先日から降り続いた雪が、周辺の平地を一面を白く覆っていた。
一転して、共和国軍の攻撃によって廃墟と化した街の一部は、灰色一色で、そのコントラストは、酷く、陰鬱な雰囲気を醸し出している。
その上空を、その日、初出撃であったドロセラは、愛竜の『マザーラプトル』に乗って飛んでいた。
高度3000mの上空は、冬という事も相まってとてつもなく寒い。航空竜騎士に必須の『極地適応』の魔法をかけて、なおかつ、『哨戒』もかけて周囲の警戒もしなければならないという、魔力をガリガリと消費する事に、不慣れさと極度の緊張も相まって、強い疲労を感じたのを覚えている。当時、16歳の少女では仕方ない側面もある。
この時点で、開戦から半年近くが経過し、ラノダコール軍は勢いをノスレプ側にとられ、少なくない損害を出して、防戦一方になっていた。
そんな中、軍は士官学校や航空竜騎士学校の生徒を学徒動員し、緒戦で失った人材を補充した。そんな中、航空竜騎士学校の生徒だったドロセラも繰り上げ卒業し、王国空軍の近接航空支援隊に配属されていた。
屋敷の近くにあった空軍基地から飛び立っていく、巨大でたくましい飛竜を意のままに操り、国を守る騎士達に少女は憧れた。彼女は両親の反対を押し切って航空竜騎士学校に入った。が、まさか、在学中に戦争が始まった挙句、中途半端な知識と経験のまま竜に乗る事になるとは思わなかった。もっとも、ラノダコールとノスレプの仲は、最近、いつにも増して険悪になっていたし、その内、一悶着はあるとは思っていたが。
彼女に与えられた初めての任務は、クラーオスから退避する避難民の列の護衛である。
包囲されたクラーオスには、多くの非戦闘員が取り残されていた。彼らは、包囲された城塞都市の中、衣食住全てが不足する状況で、疲弊しきっていた。
その為、共和国軍との交渉の結果、非戦闘員を待避させる為、24時間の停戦を引き出す事が出来た。
彼女達に与えられた任務はその避難民の列の護衛である。避難民の中には、彼女の親友である領主の娘、レイ・ヨルヴィークもいた。
眼下には避難民の列が、延々続く。
避難は順調に進むかに見えた。隊長騎が突如、地上からの魔法攻撃で撃墜されるまでは。
《奴ら、約束を反古にしやがった! 》
《ふざけやがって……! 初めからこれが目的か! 》
無線機から流れてくる、ノイズまじりの僚騎の声は、今でも耳に残っている。当然、部隊は大混乱になった。
後で分かった事だが、この時、隊長騎を撃ったのは642年虐殺で、ラノダ人に家族を惨殺されたノスレプの魔法使い兵であった。幾重にも重なり合った因縁が最悪の形で噴出した。
ともあれ、航空隊は、手近なノスレプ軍に攻撃を行う。必然、ノスレプ側も反撃した。そして、その反撃対象の中には、避難民の列も混じっていた。足の遅い避難民の列を、ノスレプ軍は120mm砲で釣瓶打ちにしたのだ。
無抵抗の人々が、巨大な砲弾に容赦なく吹き飛ばされた。雪原は流血で真っ赤に染まる。
そんな中、『それ』を、ドロセラが見つけたのはたまたまだった。
砲撃の爆風で横転した馬車、その中から這い出して来た黒髪のロングヘアーの少女は、紛れもなく、レイ・ヨルヴィークその人だった。
『哨戒』により強化された瞳は、砲撃から逃げ回る彼女を捉えた。彼女だけでも拾い上げようと、ドロセラは『マザーラプトル』を急降下させる。
レイも、ドロセラの姿を認めたのか、安心した様に微笑んだ。
それが、彼女の最期の姿になった。
ノスレプ軍の砲撃が直撃し、ドロセラの目の前で彼女は飛び散った。
結局、避難民の待避は失敗した。一連の戦闘で両国合わせておよそ5000人が死んだ。そのうちのほとんどが、非武装の避難民であった。
この凄惨な結末に、ラノダコール側が激怒したのは言うまでもない。報復として、現存した航空戦力ほぼ全てを投入した、ノスレプの工業都市エーシへの無差別爆撃『スローター1作戦』が実行され、5倍の25000人が死ぬ事となる。これによって、両国の戦争は血で血を洗う殲滅戦に発展した。
ドロセラはというと、『スローター1作戦』に参加した事を皮切りに、親友を惨殺された憎しみの赴くまま、各地で戦果を上げ続け、若干16歳にして空軍屈指のエースにまで成り上がっていく事になる。
同時に、後に『P.E.A.C.E』で憎きノスレプの都市を、共に焼いたアコナイト。彼に対しても、危険で倒錯的な話だが、憎い敵を焼き払ってくれた事で、戦神や祟り神を崇めるがごとき、『崇拝』に近い感情を持つ様になっていった……。
ーー流石、アコ兄様、凄い。憎きノースズ共をあんなに消し飛ばしてくれた。
ーーでも何で? 何で、そんなに辛そうなの?
ーーそりゃそうか。大量殺戮の引き金引いたんだもんね……。
ーーでもアコ兄様、トラウマになったかもしれないけど、貴方がやった事は正しい事なんだよ?
ーー可哀想なアコ兄様。少し、心が疲れているんだね……。
ーー可哀想なアコ兄様。私が幸せにしてあげなきゃ。
ーー可哀想なアコ兄様が幸せになるには、姉様の存在も必要だよね。アコ兄様、姉様の事大好きだし。姉様もアコ兄様の事大好きだし……。
ーーちょっと妬いちゃうけど、我々2人で可哀想な兄様を幸せにしてあげなきゃ。大丈夫だよね。姉様、私の言う事なら何でも聞いてくれるし。側室になってくれる事も、受け入れてくれるよね?
ーーま さ か 、 妾 の 子 の 癖 に 自 分 だ け を 愛 し て く れ な き ゃ 嫌 だ 、 と か 言 わ な い よ ね ?
ーー可哀想なアコ兄様、私達が幸せにしてあげるね。
ーーアコ兄様、愛しています!
* * *
「ラノに殺されてたまるものか! 来い! 使役獣! 」
メイスが振り上げられた時、頭上に巨大な影が現れる。
それは、巨鳥、デイノアーラであった。それが、頭上で羽ばたき始めたのである。
全幅40mの翼の羽ばたきの風圧で、ドロセラは怯んだ。サラはその隙に太刀を振るうが、これは紙一重でかわす。
「……チッ」
ドロセラは舌打ちをして、メイスを構え直した。こいつ、ビーストテイマーとしては腕が良い。と、心の中で毒づく。
「ドロセラ、Mプラン、準備出来ました! 後退してください! 」
アコナイトの声を聞いた彼女は、腰からダガーを抜いて投擲した。風圧で軌道がずれて命中はしない、が、そもそも初めから命中は狙っていない。
サラの太刀がダガーを弾く。その隙に、敵に背を向け、アコナイトの方へ全力疾走した。
「逃げるな!」
サラも彼女を追って、飛んでくるピンギキュラのファイヤーボール、フロッガーのシクトキシン・ショット、オウカの12.7mm弾を全て切り払いながら突進する。サラの方が足は速い様で、ドロセラにすぐに追いついた。
「これで仕留める!」
サラは、『無間憎悪』を振り上げる。この太刀の切れ味なら、彼女の小柄な体に致命傷を与えられるだろう。ドロセラの背中に太刀の斬撃が迫った。
ピンギキュラ「アコちゃんさ、『P.E.A.C.E』の一件がトラウマになってる割には、普通にノスレプ嫌いだよね」
アコナイト「虐殺がトラウマになってる事と、敵国嫌いは両立しますし……」
ピンギキュラ「そして、今回の事件といい、どんどん生える血生臭い設定……」
アコナイト「中世並みの倫理観しか持って無い奴らに、近現代兵器持たせたらこうなるよなぁ……と思った方は、評価、ブックマークお願いいたします」
アコナイト「それと、ここからが本題ですが、タイトル変えました」
ピンギキュラ「まーたアホ作者、思いつきでこういう事する……」
アコナイト「そろそろ10万字も越えそうですし、新規読者獲得狙いという事で一つ」
ピンギキュラ「この茶番パートも加えると既に10万字越えしてるのは置いておいて、地味に加筆してたけど、この1話で新規さん、獲得出来る? 1話冒頭からいきなりオヴィラプトルの話するなろう小説なんて(知ってる限り)見たこと無いよ?」
アコナイト「インパクトは抜群じゃないですか。ナンバー1よりオンリー1ですよ」
ピンギキュラ「1話切り率上がらないと良いけど……」
アコナイト「タイトルに関しては1、2週間くらい様子見て、効果が微妙そうなら戻すらしいので、いつの間にか元に戻っていたらお察しください」
※戻りました! お察しください!




