31話 伝説の魔術師
「……今日の所は見逃してやるよ」
ハッタリは効いた様だ。男の頭上に、魔法陣が現れる。アコナイトは、遠目から見ただけでそれが転移魔法のものだと分かった。転移魔法の魔法陣は特徴がある書き方をする。
「僕をここまで追い詰めたのは、君が初めてだよ。名前と顔くらいは見せてやろう」
男は、残った左腕で、着ていたローブのフードを取った。
金髪碧眼の、色白の男である。声からの印象通り、かなり若い。というより、幼いという印象を受けた。実際、歳は人間態の時のフロッガーより、少し上くらいだ。
「『ヴェナートル・オクト』所属、『魔術師ジン』。以後。お見知りおきを」
「『魔術師ジン』?! 」
アコナイトは困惑した。
ヴェナートル・オクトは、ラノダとその周辺国に伝わるお伽噺の中で、おぞましい邪神を封印した勇者と、7人の仲間たちが名乗ったパーティー名。魔術師ジンはその7人の中の1人の名である。
恐らく、ふざけておちょくっているのだろう。そう判断し、それまで極度の興奮と、強力な魔法攻撃をした反動の疲労感で黙っていたピンギキュラが、女の子がしてはいけない様な顔をしながら、真の名を問い詰める。
「ふざけやがって……! 私の最愛の人達をコケにしやがって……! 本当の名と所属を言え! キングスピア家の人間か? それとも雇われか? 」
「本当なんだけどなぁ……」
困った様に、ヘラヘラと笑うジン(仮)。片腕を失ったにも関わらず、随分と余裕の態度だ。
「ただ、別に僕たちはキングスピア家の人間じゃないよ。お嬢様狙いなのは間違いないけど! 」
「我々同様、雇われという認識でいいでしょうか? 」
「うーん、どちらかというと、ちょっとした協力者かな。ボスはキングスピア公じゃなくて、別にいるんだな、これが。公に協力しているのは、そいつの指示」
バトルアックスの刺頭を向けられながらも、全く動揺せず、彼はふてぶてしい態度を崩さない。
「名前と顔と最低限の情報は晒したから、僕はここで。あぁ、僕に構うのも良いけど、お嬢様をいつまでも放っておいていいのかなぁ? 」
彼が目配せするのは、『オオトリ』の方。
丁度、その瞬間、『オオトリ』で、爆発音がした。
「?! 」
「ナイスタイミング。僕はここでドロンしようかな。オークは置いていくよ。適当に倒して報酬金にしなさい。まぁ、僕の召喚獣だから、殺しても死なないんだけどね。あぁ、そうだ、お姉さん。飼い犬の躾くらいはきちんとやってよね。おかげで、僕のオーク軍団が怯えちゃって困ってるんだ。じゃ、またね」
さらりと、オークを召喚したのは自分だと宣伝してから、ジンは転移魔法を使って行ってしまった。
「……周辺に、ジンの反応は無し。本当に撤退したみたいだね」
「……本人は、ああ言っていますが、ヴェナートル・オクトのお伽噺は4000年近く昔の話。とても本人とは思えません」
アコナイトは、命のやり取りを終えた疲労感から、座り込みながら言う。
勇者一行の邪神討伐のお伽噺は、この周辺の国の人間なら誰でも知っている話だ。
典型的な英雄神話で、邪神に支配されていたこの辺りの人々を、勇者と仲間たちが知恵と勇気をもって邪神を打ち倒し、解放した。さすがに、お話で起こった事が全て史実ではなく、元になった話に尾びれ背びれをつけて装飾したもの、という認識が一般的だ。
「4000年……。ラノダ人とノースズの因縁もその頃からと考えると中々業が深いというか、なんというか……」
「全部、ノースズが悪いんだよ。あいつらのせいで、私達ラノダ人は……」
「2人とも、脱線しないでください。ノースズの悪口なんていつでも言えます」
ノスレプ人へのヘイトスピーチを始めそうな姉妹2人を咎めるアコナイト。4000年に渡って、溜まりに溜まった怨恨と、遺伝子レベルで相手への憎悪と敵意を刷り込まれているので、仕方ない節はあるが。
「……それにしてもすごい奴でした。伝説の魔術師、ジンを名乗りたくなる気持ちは分かります」
「撤退した……というより、見逃してくれたと言うべきかもね」
アコナイトは、ドロセラの言葉にうなずきつつ、『オオトリ』の方を向いた。
「見逃してくれたというなら、それをありがたく利用させて貰いましょう。『オオトリ』へ行きましょう。爆発音が気になります」
アコナイトの言葉に、ドロセラはうなずいたが、ピンギキュラの方は浮かない顔をしている。
「……アコちゃん、ごめんなさい。命令を無視しちゃった。それに、私自身が街中で火炎魔法を使う訳にはいかないって言っておいて、あれじゃあ申し訳が立たないね……」
ピンギキュラは、少し頭が冷えたのか、命令を無視して火炎魔法を放った事を気に病んでいる。一歩間違えれば大惨事につながった事を、改めて反省していた。
「ピンギ、貴女は少し私への愛と狂信が過ぎる……。それ自体は嬉しいですが、何事にも程度というものがあります。流石に肝心の私の言葉まで届かなくなるのはいけません」
「うぅ……」
涙目になっているピンギキュラ。とはいえ、元々は、アコナイト達に危険が迫った事に対する怒りが原因である。あまり、きつく当たるのもどうかと思い、アコナイトはフォローに入る。
「とはいえ、嬉しかったですよ」
「えっ」
「義姉として、私の危機に怒ってくれて、です。少し、やり過ぎですけどね……。幸い、街への被害も無いですし、多分、『オオトリ』も、それなりに厄介な事になっているでしょう。そこでの名誉挽回に期待します」
「……うん! お姉ちゃん頑張る! 」
生気が戻ったピンギキュラの頬に、アコナイトは軽く口づけをした。そして、肩を掴んで、いつもの魔性とも言える妖艶な笑みと声色で、彼女の戦意を煽った。
「忠実にして勇猛な郎党よ、私に戦果を与えてくださいね。褒美は思うがままですよ? ただし、無理はしない様に。貴女が死んで悲しむのも私です」
彼の色気に当てられて、くらくらしながらも、ピンギキュラはラノダコール式の敬礼をした。瞳は彼への狂信に染まっていた。
「はい! アコちゃんの為に! 」
「よろしい」
「……この兄様狂いの姉はまた……」
姉の主人への狂信に呆れて、ぼそっ、と呟いたドロセラ。アコナイトは苦笑を浮かべつつ、改めて方針を2人へ示す。
「では、参りましょう。引き続き、『捕食毒華』はマリー様をお守りしつつ、『オオトリ』の防衛に回ります! 郎党2人は私についてきてください」
「「了解! 」」
ドロセラ「兄様さ。自分が可愛いって自覚しているの、ある意味本当にタチ悪いよね」
アコナイト「せっかくの武器。煽動に有効に使いませんと」
ドロセラ「割と真面目に、アコ兄様、劇中最美人設定だよ。APP値カンストしてます。そりゃ姉様も狂信者になりますわ」
アコナイト「本作はなぜ主人公がモテモテなの? というラノベあるあるな疑問をAPP値の暴力で解決するロックンロールスタイルでいきます」
ドロセラ「姉様同様、アコ兄様の色気にあてられた方はブックマーク・評価お願いします」




