25話 『平和』
時は、ラノダコール王国があった頃にさかのぼる。
ある、一人の技術士官が、かつてこの辺りにいた蛮族達が崇拝していた邪神の眷属を模した偶像に、膨大な魔力がやどっている事を突き止めた。
それは奇妙な事に、崇拝したものの魔力を、全て、一時的に吸い取り、蓄えられるという構造をしていた。明らかに、野蛮な蛮族が作ったものではない。それよりも遥かに高度な文明を持つ、謎の集団が作ったとしか思えなかった。
その技術士官こそがピンギキュラ・ファイアブランドその人である。
領内で発掘された、この5体の奇妙な像の特性を研究した彼女は、父親→アコナイト父→王家という順番で、この像が持つ力を報告した。
おりしも、当時のラノダコールは、隣国、ノスレプとの何度目かになるかわからない戦争が回避不能、という所まで緊張状態になっており、王家は、邪神像の特性を応用し、戦略兵器に利用をする事を思い付いた。
「言い訳させてください。初めは、純粋な知的好奇心だったんですよ。技術者として、古代文明が、我々より凄い技術を持っていた! なんて、興味を持つなっていう方が難しいでしょう。まさか、半ば趣味でしていた研究が軍事利用、それも戦略兵器に転用されるなんて思わないじゃないですか……」
ピンギキュラは静かに言った。一息入れて、彼女は言葉を続ける。
「……戦略魔法兵器。愛称は『Power Effulgent Agony Climax Eclat』。略称は『P.E.A.C.E』。発掘された邪悪なる偶像5体を改造。これを内部構造に取り込んだ1門の肩持ち式魔力ビーム砲。魔力が高い人間に、砲身内部の邪悪な像に祈りを捧げさせる事で邪神像の内部に限界まで魔力を貯めた後、その魔力をビームに変換して発射する兵器」
「感心したよ。まさか、当時、王家に伝えられた『P.E.A.C.E』の説明を一語一句覚えているとはね」
「あれを上へ報告したのは、私の人生最大の失敗ですよ……。忘れろという方が無理です。あのせいでアコちゃんは……」
ピンギキュラは、後悔の念を顔に出した。
「ピンギ、昔の事は言いっこ無し。それが、我がパーティーのルールですと、何度も言っていますよ」
アコナイトは、一瞬、顔をしかめたものの、すぐに、いつもの妖艶な笑みを浮かべた。
「『引き金』殿は、案外、図太い精神をしている様で」
「壊れているものは、これ以上壊れないだけかもしれませんがね」
自嘲気味に、アコナイトは言った。
* * *
アロモグ市、ウモドス市の焼き討ち。
ラノダコール・ノスレプ戦争史どころか、人類の戦史においても、歴史に残るこの2つの都市の壊滅は、ある一つの兵器によって行われた。
これこそが、先程、彼女達の間で話題に上っていた『Power Effulgent Agony Climax Eclat』通称『P.E.A.C.E』である。
正式名称『650年型 魔力結合・分離式戦略型魔法砲』。この、凄まじい威力のビームを発射する兵器は、上記の2都市に対し使用された。
読者諸氏の中にはお察しの方もおられるだろう。
10万人近い死者を出したこの砲撃の引き金を引いた、『高い魔力を持つ者』こそ、アコナイト・ソードフィッシュその人である。一時的に、魔力汚染避けの為の指輪を外し。身体が塩になる限界ギリギリまで祈りを捧げて、放った。
そして、攻撃は、エース航空竜騎兵の操るドラゴンの後部座席に乗って低空侵入。奇襲という形で行われたが、皮肉な事に、この時に白羽の矢が立ったエース航空竜騎兵こそ、ドロセラである。
結果的に、幼馴染であり、主従の3人が、連携を行って大成功したのが、この虐殺である。
周囲は称賛した。「侵略されている中、ノースズ(ノスレプ人の蔑称)どもに一泡吹かせた! 」と。
が、当時は3人共まだ子供と言っても良い年齢である。
思春期も真っ盛りの中、10万人殺しの汚名は、あまりにも大きすぎた。とくに『引き金』役に抜擢されたアコナイトは。
「これも国の為」
「生まれてこのかた、何一つとして、周囲の役に立つことは出来ず、惰眠を貪るだけの生活をしてきた。今回、ついに役に立ったのだ」
「紺碧薔薇の魔女は街を一つ壊滅させただろうが。その生まれ変わりのお前が、今更、善人ぶるな! 」
そう自分に言い聞かせたが、それで自分を洗脳できるほど、当時のアコナイトは狂人では無かった。
結果として、彼が選んだのは、自分の乳姉妹とズブズブの共依存の関係になる事だった。
姉妹達と一線を越えた。それは、これまでの義きょうだいの関係には、あらゆる意味で、もう戻れない事を意味した。
姉妹2人にも、押しつぶされそうなアコナイトを、受け入れる選択をとらない。という選択肢は、むしろ、初めから無かっただろう。本来、慈しみ守るべき対象であったアコナイトを、最悪の形で傷つける事になってしまった事に対する申し訳の無さがあった。
せめてもの償いに。と、ならない方がおかしかった。
もっとも、仮に、ここで2人を抱かず、無理矢理でも彼に『守るべき者』を作らせ、生きる気力を出させなかったら、アコナイトは精神を壊して廃人と化すか、首をくくって自殺していただろう。
この3人がここまで狂愛に溺れる原因は、こんな所である。
読者諸氏におかれては、彼らがただの変人奇人では無く、ここまで病んだ事には、それなりの理由がある事を理解していただけると幸いである。
* * *
「相手がノースズだろうが、罪の意識は抱くのかい? 」
「確かに、ラノダ人とノースズは、4000年に渡っていがみ合いつづけてきた民族です。ここ100年でも、ゴソロイ樹海におけるラノダ系エルフの民族浄化、コボ事件、ドールフ虐殺、サアフン事件、641年虐殺、642年カウンター虐殺、ゴイ樹海におけるラノダ系エルフの民族浄化、ホウン事件、ブアコイにおけるノスレプ系エルフの民族浄化。そして、ラノダコール・ノスレプ戦争における一連の虐殺と民族浄化といった血塗られた歴史を辿ってきました。私だって、ノースズは嫌いですよ」
アコナイトは、両国の憎悪の連鎖ともいうべき歴史をそらんじた。10年に1度のペースで血生臭い事件が起こっている辺り、本当に救いようがない。
これだけでも分かるように、2つの民族はことあるごとに角を突き合わせ、争い、相手を虐殺したり、されたりした歴史を辿ってきた。もはや戦争においても、土地や利権の為というより、相手の殺戮そのものが目的になっている節さえある。
「しかし、無抵抗の人間を殺戮して、気分が良いわけないでしょう」
「当然の反応だね」
ファントムは、微笑みつつうなずいた。
「ある意味安心したよ。まだその判断が出来るなら、君は常人だ。仕事を任せられる。引き続き、僕が与えた命令『冒険者になり、散逸した邪神像を全て回収するか、破壊する』を継続してくれ」
「……はっ」
出されていた命令を改めて提示され、アコナイトとピンギキュラは、ファントムへ頭を下げた。
* * *
ラノダコール・ノスレプ戦争において、戦況を左右する兵器として開発された、戦略兵器『P.E.A.C.E』だが、実戦投入は、アロモグ、ウモドスの2ヶ所だけだった。
正確に言えば、予定はあった。いよいよ戦況が不利になり、一発逆転にかけるしか無くなったラノダコールにとって、本兵器は、戦略上、極めて重要な存在だった。都市や軍事施設に対する攻撃は数十に渡って計画された。
結論から言うと、それらは失敗に終わった。
ノスレプへの3回目の使用に踏み切る直前、『P.E.A.C.E』は、ノスレプの特殊部隊によって強奪された。
今度は、これがノスレプに使用され、自分達が焼かれる事になるのは必定。そこで、ラノダコール上層部は、『P.E.A.C.E』に備えられていた遠隔自爆コマンドを使用し、これを使用不可能にする。
この際、中に収められた5体の邪神の眷属像は、砲が破壊されると同時に、自分から意思を持つかのように、各地に飛んで行ったのだ。
その邪像の回収、もしくは破壊。
それが、彼ら『捕食毒華』に与えられた、真の役目だ。冒険者として、依頼をこなす体で各地を廻り、調査と回収を行う。ギルドに所属しているのは、日々の糧を得ると同時に、そうした『ラノダコール残党』として、任務についている為でもあったのだ。
ピンギキュラ「……アコちゃんに悲しき過去……」
アコナイト「あんまり陰鬱な過去話をがっつりやっても鬱になるだけなので、あっさりめに紹介する程度にしました。P.E.A.C.Eについては、ガン〇ムS〇EDのジェネシスを想像していただければよろしいかと」
ピンギキュラ「改めて見ると流石中世並みの倫理観。息をする様に人が死ぬ」
アコナイト「もし、ラブコメもののキャラクターに生まれていたら今頃、焼き餅やきな義姉妹達と三角関係な甘酸っぱい展開になっていたんでしょうが……血生臭い設定のハイファンタジーのキャラクターに生まれたのが運の尽き。ズブズブ共依存展開です」
ピンギキュラ「このままで終わってたまるもんですか! かくなる上は絶対ここから3人でハッピーエンドになってみせるよ! 」
アコナイト「『捕食毒華』がんばれって思った方は、ブックマーク・評価よろしくおねがいします」




