23話 亡霊姫
市場の外れ。人ごみもまばらになってくる辺りに、その店はあった。
『リメイニング・シャイン』という看板が掲げられたその店は、魔道具を取り扱った店で、一見どこにでもありそうな2階建ての建物である。
アコナイトとピンギキュラの2人は、特に躊躇いなく店内に足を踏み入れた。メジャーなものから1点物の貴重品、果ては需要があるか分からない様な珍品が所狭しと並べられた店内は、商店というより博物館の様な印象を受ける。
アコナイト達は、そんな商品には目もくれず、奥で魔道具の調整を行っていた女性店員に声をかける。
彼女とアコナイト達は知り合いだった。
黒の髪をボブカットにした、藍色の瞳の女性で、尖った耳は彼女がエルフ族の事を表している。
「スペクター。お久しぶりです」
スペクターと呼ばれた女性はアコナイトの顔を見ると、少し意外そうな顔をした。
「あんたか。珍しい、何の用だ?」
「王国歴613年製のポーションが欲しいのですが」
「613年製は無いよ」
「645年製は? 」
「……それなら上にあるよ」
スペクターは、引き出しにしまってあった鍵束を取ると、それまで掛けていた椅子から腰を上げ、目でアコナイト達に付いてくるようにサインを送った。
今のやり取りは、いわゆる、合言葉である。この先にあるものが、人目に触れさせたくないものであるという事を示していた。
アコナイト達は、彼女の後について2階へ上がった。2階の扉は頑丈に作られていて、力づくで開けるのは難しそうだ。
彼女は、鍵束の中から該当の鍵を取り出して扉を開けた。扉の先の部屋はかなり広い。
目を引くのは、扉を開けて目の前の壁にでかでかと掲げられた、ラノダコール王国の国旗である。壁には様々な資料や、地図が所狭しと貼り付けられていて、ここがただの道具屋の2階では無い事を示している。
「よう。ひさしぶりだね、アコにピンギ」
「姫様もお変わりなく」
アコナイトとピンギキュラ2人の事を略称で呼んだのは、この部屋の中央にある執務机に座って帳簿計算をしていた少女である。
金髪を縦ロールにした、赤色の瞳の色白の少女で、年齢に不相応なまでの溢れ出るカリスマ性と気品がある。一方で、なんとなくヘラヘラした印象も受ける。全く二つの相反する要素が同居する、不思議な少女だ。
アコナイト達は、すぐに彼女へ平伏した。
「くるしゅうない。おもてをあげよ」
癖のある、粘着質な声が響く。へらへらした印象は、この口調のせいもあるだろう。
「ははっ」
「急に訪ねてくるとは何かあったかい? 報告は特に受けていないけど。まぁ、丁度暇していた所だからむしろ好都合だったがね」
「いえ、仕事でたまたま近くに寄りましたもので、ご挨拶まで。しかし……ファントム姫もお変わりない様で」
「お互い様さ。3カ月ぶりくらいだが……特にアコのその生気が一切ともっていない瞳は相変わらずだ。結構! 結構! 1点しか見ていない君のその瞳が美しいんだ」
そう言って、彼女は愉快そうに笑った。
彼女の名はファントム・フォース・コール。
ラノダコール王国の第4王女にして、王家唯一の生き残りである。冒険者をしてその日暮らしのアコナイト達と違い、王国から持ち出した金品を元手に商売を始め、才能とコネクションを使い、それなりに成功を収めていた。
この国粋主義に染まった執務室からも分かる様に、王国奪回・再興は諦めていない、いずれ難民、敗残兵のうちから残党軍を組織して、ノスレプに一撃を加えるつもりなのは、壁にある各種資料から分かる。無論、その時が来た時にはアコナイト達もはせ参じる覚悟である。
「景気はどうですか? 儲かっていますか? 」
「ぼちぼち、だね。不景気ではあるけど、ま、ラノダから逃げた時よりマシと考えれば、大抵の事は乗り越えられる……おっと、辛い事を思い出させてしまったかい? 」
ファントムは、アコナイトの顔が少し曇った事を見逃さず、詫びた。
彼女は、ラノダコール・ノスレプ戦争の最終決戦、ラノダ砦の戦いから共に生き延びた数少ない仲間の1人である。アコナイト達にとっては、主従である以上に共に危機を乗り越えた戦友といった感覚が近い。
「いえ、お気遣いなく。それより、報告と言ってはなんですが……」
アコナイトは、現在自分が受けている任務について、かつての主君の女に話した。機密漏洩と言われそうだが、そもそも、彼の主君は元々彼女である。報酬をピンハネしてくる帝国への忠誠より、彼女への忠誠が優先されるのは当然であった。
「なるほど、ラープの侯爵令嬢をねぇ……」
「申し上げた通り、どうも厄介な奴らに追われているので、姫様の助けを求める事になるかもしれぬと。今日はそのお願いです」
「僕と君達の仲だ。困った事があれば何でも言いなさい」
「ありがたき幸せ」
ファントムは、快い返事をくれた。持つべきは頼りになる姫様である。
「姫、侯爵令嬢について、何かアクションを起こしますか? 祖国奪還の為の便宜を図ってもらうべく接触するとか」
スペクターが、彼女のそばにかしづいて、指示を仰いだ。
彼女は、ラノダコール時代は元々、ファントムの女騎士であった。現在は彼女の護衛兼魔道具店店員として日々を送っている。
フルネームはスペクター・イヴィルフェイス。エルフ族という事もあり、この中では一番高年齢の110歳。とは言っても外見は20歳前半程度に見える。ラノダコールには、ファントムを含め4代の王に仕えてきたという。
その彼女を、ファントムは手で制した。
「ラープとのコネクションは欲しいが、僕が直接出て行く必要は無いかな。亡命者に色々要求するのは酷だろう。それに見たところ、まだラノダコール新政府は勢いがある。まだあまり目立つ動きはしたくない」
壁面に貼られた地図に示された『ラノダ共和国』の文字を忌々し気に眺めながら、ファントムは呟く。元々のラノダコール王国の領土は、現在、ノスレプの傀儡であるラノダ共和国が支配している。民の不満はたまっているが、まだ、それで政府転覆を成せるほど、大きなうねりにはなっていない。
「御意」
「とはいえアコ。なるだけ、君への好感度は上げておく事だ。コネクション自体はあった方が便利だ」
「はい。ただ……」
「ただ? 」
「私のパーティーのノリに、彼女、現時点でいささか引いている様な気もします」
「まあ、そうだろうな。君たちはそういう人間だ」
ファントムは、楽しそうに笑うとアコナイトに近寄る。
そして、耳に口を近づけ、小声で囁いた。
「だが、お嬢様と違って、僕としては、君の事は好きだよ? 」
若干の含みを持たせた言い方に、アコナイトは、小声で聞き返す。
「それは、どういう意味ですか? 」
「どういう意味でしょうか? ま、僕もどちらかといえば、君達サイドの重い人間だという事さ」
光の当たり具合か、血の様な赤色の瞳には、全く光が宿っていなかった。
一方、ヤンデレ特有の地獄耳でファントムの『匂わせ』を聞いたピンギキュラは凄い顔をしていた。
ファントム「補足だよ。7話でピンギキュラが、ラノダから脱出したのは14人って言ってたけど、これは、ラノダ砦にいた中でも生き残った貴族が14人という意味で、それより前に脱出した貴族や民は一定数いた設定だよ」
アコナイト「前々回のおまけで言っていた、海上ルートで脱出した人達とかですね」
ファントム「だからやろうと思えば、1個師団程度の残党軍を編成する事はすぐ出来る感じだね。ジオ〇残党みたいなイメージかな」
アコナイト「ただ、ラノダ脱出組に関しては姫様から、とても信頼されています」
ファントム「文字通り最後まで残った連中だからね。残りの8人の設定が拾われるかは、こうご期待! 」
アコナイト「拾われなかったら、アホの作者が風呂敷畳めなかったんだなって、生暖かい目で見てください」
ファントム「評価・ブックマークもよろしく! 」




