21話 ブルー・シー
ブルー・シーの街は、帝国の港街で一大貿易拠点である。多くの国の船が出入りしていて、国際都市の様相を呈している。
『捕食毒華』が街へ入ったのは、もうすぐ夕方になりそうな頃だった。
幸い、オークを撃破後にモンスターや襲撃者と遭遇する事は無く、無事に街の入り口の関所を越える事が出来た。ひとまず、安心といった所である。
奇妙な点があるとするなら、先程から頭上を、何羽かのカラスが、不快な鳴き声を上げながら旋回している事であろうか。どうも、アコナイトは不安な気持ちにならざるをえなかった。
関所を抜け、竜車を20分ほど走らせた中流階級が多く住む地域に、今夜の宿『オオトリ』はあった。
高級とまではいかないものの、小綺麗で接客も丁寧な宿で、任務でブルー・シーの街に泊まる時は、アコナイト一行はいつもここを利用していた。
建物は2階建てで、それなりに敷地は広い。母屋の脇には、馬やキャリアドラゴンを繋いでおく厩舎があり、また、庭の一角には車止めもあって、竜車はそこに置かせて貰っている。
竜車から降りたマリーに、念の為に、帽子と伊達眼鏡をかけてもらい、フロントでチェックインを済ませた。
受付にいたのは、20代後半くらいの女性であった。なかなかの美人で、後ろで束ねた桜色の髪が春に咲く花を思わせて美しい。非常に糸目で、一見眠っている様にも見えてしまう。
「アコちゃん。久しぶりねぇ。3か月ぶりくらいかしら」
のんびりとした口調で、女性は言う。
「オウカ、今晩は世話になりますよ」
アコナイトは笑顔でそれに答えた。
彼女の名前は、オウカ・オータムウォーター。この宿屋『オオトリ』の雇われ女将である。常連のアコナイト達とは当然面識があり、有益な情報をくれたり、冒険者に必要な細々な道具をサービスしてくれたりと色々と世話になっている。よく言えば心優しい、悪く言えばお人好しな女性である。
元は帝国の貴族だったらしいが、曰く、飢饉の時に民に無償でじゃぶじゃぶと施しや支援を行い、『この世の地獄』と言われるほどの大飢饉から、領内の餓死者を0人で乗り越えた逸話があるそうだが、その時に金を使いすぎた事が原因で没落。
紆余曲折の末、この宿の雇われ女将に収まっているという。
基本的にぽややんとしたお人好しな性格をしていて、どんなクレーマーでも、彼女と話しただけで毒気を抜かれてたちまち笑顔になってしまう。なんて話が出るくらいには、非常に穏やかな性格である。
とはいえ、プロ意識は強く、お客の身の安全と秘密は絶対に守るのが信条である。今回、『オオトリ』を宿に選んだのは、この女将が信頼できる人物であると確信出来る所が大きい。
その信頼感たるや大したもので、アコナイトが自分達以外の女と話しているにも関わらず、姉妹の様子は平常そのものだった。この様な相手は極めて珍しい。
「アコちゃん、こちらが例の……?」
オウカが声を潜めて、マリーを見ながら聞いた。アコナイトはそれに小さく頷く。子細については、事前に手紙を送っていたのだ。
「ええ。極力、他の客が居ないフロアをお願いしたします。出来れば、万が一の時に脱出できる様に、非常口から近い地点を」
「任せて。そう言うと思って、良い部屋を押さえておいたわ」
そう言って、オウカは鍵を差し出した。鍵についていた番号札には、108の部屋番号が書いてあった。アコナイトは、礼と共にチップを幾らか手渡した。
「良いわよ、お礼なんて。あなた達はブルー・シーに来る度にお金を落としてくれるし、この位のサービスはさせてよ」
「こちらこそ、オウカ殿にはいつもお世話になりっぱなしです。そのお礼も兼ねて是非とも受け取っていただきたい」
オウカは少し躊躇いつつも、最終的にはチップを受け取った。
「貰えるものは貰っておくわ。その分、おもてなしはしっかりしないとね」
「よろしくお願いします」
アコナイトとオウカは軽く握手を交わした。マリーはその光景を見つつ、珍しく嫉妬の念を抱いていない姉妹2人を、興味深く眺めていた。
案内された108号室は、4人で泊まるには十分な広さである。すでに、フロッガーは霊体に変化している。
部屋に入った所で、アコナイト達はまず、カーテンを閉めて外から中を伺われないようにした。次に、脱出経路をまず確認すると、3人で何やら話し始めた。万が一の事があった時の脱出計画である。
「襲撃時の脱出路は、当初の予定通り、デルタ出口より脱出。ピンギキュラが前衛という事で」
「……目の前の敵を、火炎放射器と火炎魔法による、熱と酸欠と一酸化炭素の暴力で蹴散らしつつ、アコちゃんの支援魔法を受けながら車止めの竜車を確保。ドロセラちゃんの運転で、銀杏通りを抜けて脱出という方向で」
「もしかしたら、敵に竜車を破壊される可能性も……。一応、オウカさんに、非常時には宿の馬を貸して貰う事も頼んでおこうよ」
マリーとしては、(アコナイトが乳母姉妹以外の女性に一切の興味が無いとしても)男と同じ部屋で寝るという事に抵抗があり、部屋を変えて欲しかったのだが、そんな事を言える雰囲気で無い事は彼女にも分かった。
3人の顔は真剣そのものだ。誰かが意見を言うと、別の誰かが問題点を指摘し、修正案を出す。こんな感じでどんどん話が進んでいく。一切の無駄がない。この辺りは、流石、幼い頃からの絆と狂愛で結ばれた仲である。
マリー「2人とも、オウカさんには嫉妬しないんですね」
ドロセラ「これは裏設定なんですが、『オオトリ』とオウカさん、戦争で負けて海上ルートで落ち延びてきたラノダコール難民を受け入れて、当面の食事と寝床を提供してくれていたんですよ」
ピンギキュラ「……恩人相手に嫉妬する程、我々も堕ちていません」
マリー「そんな裏設定、もとい裏話があったんですか」
ドロセラ「本編には冗長になるので入れなかったんですが、その関係で、ブルー・シーには旧ラノダコール残党や関係者が多く住んでいるという設定です」
ピンギキュラ「……たまにはこのコーナーも茶番だけじゃなくて裏設定公開とかもするんだと思った読者の方は評価・ブックマークよろしくね」
ドロセラ「それとブックマーク数10件を達成しました!」
ピンギキュラ「ご愛読、ありがとうございます!」
マリー「感謝感激雨霰ですわ」




