18話 ケルベロス(アホの子)2
「あれは半年前の、晴れた日の事だった……あれ? 雪の日だったかな? 」
「雨の日でしたね」
「そうそう、雨の日! その日、アタシはいつもの様に森で餌を探してたんだ。あっ、本来の姿でね」
すでに、記憶が怪しくなっているフロッガーを、若干、不安な目で見詰めるアコナイト。それを無視して、フロッガーは語り続ける。
「そんでね、あの時アタシは、いつものように縄張りを見回っていたんだけど、猛烈にお腹が空いていた。長雨で全く獲物が獲れなかったからね。仕方なく、ゴブリンの巣でも襲撃して、2、3匹攫ってこようかと考えていたの」
「ゴブリンの巣を襲撃って、たくましいですわね……」
「ゴブリンって、なまじ数が多くて、そこまで力も強くない事もあって、食物連鎖上は、下層に位置するんですよ。ドラゴンや狼には良い餌です。増えすぎて生態系が壊れない辺り、自然ってよく出来てます」
フロッガーを冷たい目で見据えながらも、ドロセラが補足説明を行う。流石、自然の知識は詳しい。
フロッガーは話を続ける。
「しかし、ゴブリンって殆ど骨ばかりであまり美味しくないから、嫌だったんだよねぇ。そんな中、アタシは見つけた! 何と、大好物の蜂蜜が、ご丁寧に、器に盛られて落ちているではないか! アタシは飛びついた! しかし、なんとそれは卑劣な人間の罠だったのだ! 蜂蜜の前に仕掛けられたトラバサミに、私の可愛い可愛い前脚が、挟まれて動けなくなくなってしまった! 」
「……卑劣だのなんだの言っていますが、要は、食い意地の張った阿呆なケルベロスが、猟師さんが熊用に仕掛けたブービートラップに引っかかっただけです」
あっさりと、ピンギキュラが言う。微妙に辛辣なのは、先程から、フロッガーがアコナイトにずっと構って貰っているからだろう。
「そんな中、通りかかったのが、我が主、アコ太郎・フライングフィッシュと、その取り巻……奥様達! アタシがかかった罠をぱぱっ、と外してくれたの! 」
奥様、と言われた事で、姉妹は少し満足したらしい。フロッガーを見る目が少しだけ、正気に戻る。一応フロッガーも、頭が良くないなりに、他人へ媚びる方法というものは把握しているらしい。
「猟師さんから、熊用の罠に、熊じゃなくてケルベロスが引っかかって対応に困っている。暴れて危険だから代わりに外して欲しい、という依頼を受けた我々が派遣されただけなんですけどね。あと、アコナイト・ソードフィッシュです」
「ふふふ、例え偶然だとしても、これは運命だよ! その後、アタシはアコ太郎と、召喚獣として契約をするんだからね! 」
アコナイトの言葉に、フロッガーはニコニコと笑いながら返した。
いよいよ、話の核心に入るという事で、マリーは期待する。一体どんな経緯で、彼は(フロッガーを見る限り、一切そうは見えないが)ケルベロスという、強い召喚獣と契約するに至ったのか……。
「アタシは思った! あの冒険者には、何か恩返しをするべきだ! 具体的には、仕事を手伝ってあげようと思ったんだよ。という訳で、アコ太郎達の臭いを辿って、お屋敷へお邪魔したよ」
「臭いって……街中をそんな巨体で徘徊したら、パニックになりません? 」
「無論、街中を行く際は人間態になってだよ? 」
「その姿で臭いを辿るのは、それはそれで、異様な光景ですね……」
マリーは、道端の臭いを辿って、4足歩行する幼女の姿を想像して、少し困惑している。
「実際、家の前で4足歩行する幼女を見つけた時は、反応に困りました。始めは、こう、頭が可哀想な子かと……。変化の術を解いて、獣状態になった状態で、事情を聞かされて納得しましたが。とりあえず、3人で協議の上、このまま拒否して暴れられても困るし、遠い道のりを返すのもアレなので、適当な依頼を手伝ってもらって満足させて、帰って貰う事にしました」
「こうして、アタシはアコ太郎のパーティーの一員になったのだ! 」
「……『家畜』としてはともかく、『家族』としては、認めてないけど」
「アコ兄様と幸せな家庭を築くのは、私達『だけ』で良いよね」
相変わらず、病んだ瞳でフロッガーを見る姉妹2人。そんな視線を気にせず、彼女は話を続ける。
「しかし、悲劇はいつも唐突に起きる! 翌日、アタシは、お屋敷の裏、畑になっている一角に、綺麗な花畑を見つけた! これはもう行くしかない! 行って花の蜜を吸うしかない! と突撃したよ」
「ちなみに、その花畑は毒矢用の毒採取用のトリカブト畑です。事故防止の為、髑髏マークの看板立てといたんですけどねぇ……」
頭を抱えるアコナイト、その隣で、ドヤ顔でフロッガーは言い切った。
「花を食べた! アタシは死んだ! 」
「えぇ……」
高貴さの欠片もない呆れ声を出すマリー。しかし、彼女は悪くない。
「正確には、私が気付いた時にはまだ息があったんですけどね。もう全身に毒が回って助からない状態で……」
同じく、呆れた様な声で、アコナイトは言った。
「このままでは、死んでも死にきれない! まだ、何も恩返しをしていない! 心残りがある状態で死んだら、なんやかんやあって、アンデッドになってしまう! 」
「と、死ぬ間際だというのにうるさいので、そんなに恩返しが心残りなら、召喚獣契約をするか? と聞いたんです。無論、デメリットも説明した上で、ですよ? 」
「答えは勿論、Y! E! S! こうして、アタシは名実ともに、アコ太郎の忠犬になったのだった! めでたし、めでたし」
満面の笑みを浮かべるフロッガー。召還獣契約がどんなものか、本当に分かっているかも怪しい所だが、とりあえず、現状楽しそうではある。
「正直、私も、ここまでやかましい娘だとは思いませんでしたよ」
「いやいや、アタシも3人がこんなに病んでいらっしゃるとは思わなかったよ! それに、いちゃいちゃの時間は、アタシは静かにしてるじゃない。下手に邪魔したら、死んでるのに殺されるからだけど! 」
2人そろってHAHAHA! と笑っているが、心なしかアコナイトの方には若干、疲れが見える。この駄犬のお世話はそれなりに疲れるのだろう、と、マリーは思うのであった。
「さて、フロッガー。あなたに任務を与えます。無事に成功したら、このご褒美をあげましょう」
アコナイトは、手にした蜂蜜ケーキを、これ見よがしにフロッガーの鼻先に掲げた。
「何なりとお申し付けを! 」
これまでのアホ丸出しの態度から、一転して真剣な顔つきになるフロッガー。その原動力が食い意地由来で無ければ……。と、マリーは思った。
「聞いていると思いますが、我々はこの先、モンスターが出現する脇道を通ります。フロッガーは先行して、道の様子を探ってきてください」
「イエス・サー! 敵と遭遇したら、殺して良い? 」
「無駄な交戦は不要です。威嚇して、追い払える様ならそうしてください。しかし、強力なモンスターや賊が出てきたら、交戦せず、すぐに戻って我々と合流する様に」
慎重なアコナイトの方針に、フロッガーは、分かっているのか分かっていないのか、嬉しそうにラノダコール王国式の敬礼をする。
「へへ、お任せあれ御大将! 」
フロッガーはそう言って、決めポーズをとった。そして高らかに叫んだ。
「変身! 」
するとどうだろう、彼女の体は光に包まれて、ドロドロと溶け始めた。マリーが驚愕する中、液体状態になった体は再結集を始め、光が収まった時にはマリーの前には、1匹の緑毛のケルベロスが姿を表していた。
「どぉぉぉだぁぁぁ! これがアタシの真の姿どぅぁぁぁ! 」
体長およそ3m。3つの首はまごうことなく、ケルベロスの特徴だ。
「凄い……」
「えへへ、凄いでしょう。惚れたでしょう? 」
見た目は凶悪だが、性格はそのままのようだ。体が大きくなった分、声も大きくなっており、耳に毒な事この上ない。
「フロッガー、その大きさで叫ぶのは止めてください」
「えへへ、この姿になると、つい力がみなぎってさぁ」
アコナイト達はすでに慣れっこなのか、耳を塞いでいた。それでも会話が成立しているのは、それだけ彼女の声が大きい事を表している。
「ではでは! 行ってまいります! 吉報を待っててね! 」
彼女は遠吠えを1つすると、勢いをつけて駆けだした。その様はさながら風の如し。
4足歩行のスピードと、安定度の高さを最大限に活かして、あっという間に、林道の先、第8号線に入っていってしまった。




