16話 Flogger
「それで、その協力者というのはどちらに? 」
「そう慌てないで下さい。そう急かさなくとも、今、呼び出しますから」
会計を済ませ、店の外へと出た一行。そこから少し離れた、林道の端に移動した。
アコナイトは、先程注文した蜂蜜ケーキを片手に、もう片方の手の人差し指を口の中に入れた。そのまま、たっぷりと唾液を絡ませて口の外へと指を出す。
目の前の男が常人であれば、薄汚い印象を持ったであろうが、絶世の美女と見間違えるほどのアコナイトが行うこの行為は、妙に官能的ですらあった。
どちらかというと、彼の両脇に控える姉妹の瞳に、その指を舐めまわしたい。と、いう思いが籠っているのが見て取れる光景の方が、よっぽど薄汚い。
なんとなく、この3人の思考を読めるようになってきている自分に、自分の思考も毒されてきていると感じるマリーであった。
アコナイトは、唾液が付いた人差し指を地面に設置させ、そのまま指を動かしてバツの字を描いた。その後、何かぼそぼそと呪文の様な物を唱える。マリーは、これは上手く聞き取れなかった。もしかしたら、この辺りの国の言葉では無いのかもしれない。
やがて、呪文を唱え終わると、先程描かれた十字から緑の煙があふれ出す。それと、不思議な事に、どこか精神を削られる様な、不気味な歌声が響きはじめた。メロディー自体は静かだが、歌詞に「破滅」だの「恐怖」だのが入っており、妙に不気味だ。
不気味な歌声は段々と大きくなり、マリーは思わず耳を抑えた。十字からの煙は徐々に増え、緑の霧の中にいる様な錯覚を覚えさせる。これでは、店の前で気軽に使う事は出来ないだろう。わざわざ近くの林道まで移動した理由が分かった。
「これって、もしかして、召喚魔法……?!」
マリーは、知識としてだけ知っている魔法の存在を思い出した。
召喚魔法とは、その名の通り、術者と契約したモンスターを呼び出す魔法である。詳しいメカニズムについて彼女は知らなかったが、これを扱えるのは熟練の魔法使いだけである、という話は聞いていた。そういえば、先程、ドロセラとの話の中で、アコナイトもこれを扱えるという話が出ていた。
その話によると、召喚されるのは3つ首の犬、ケルベロス。
こちらも実物を見た事は無いが、現在の雰囲気的に、とんでもない化け物が召喚されるであろう事は間違いないだろう。
マリーは、どんな獣が出てきても腰を抜かさない様に、気をしっかりと持った。
やがて、ゆっくりと、緑の霧が晴れてきた。しかし、不気味な歌声はいまだ止んではいない。
唾を飲み込むマリー。
果たして、霧が晴れた先にいたのは、件の不気味な歌を熱唱している、緑髪の幼女であった。
「は?」
思わず素っ頓狂な声を上げるマリー。そんなマリーに構う事無く、幼女は、歌を最後まで歌い終えた。そして、何を思ったのか、再度、初めからノリノリでリピートして歌い始めた。先程の不気味な歌の歌い手は、間違いなく彼女だ。
「あの……この子が、件のケルベロスさん……?」
マリーの疑問に、ドロセラは首を縦に振る事で答えた。
「はい。ケルベロスです」
次いで、口を開いたのはアコナイト。
「フロッガー、自己紹介をしなさい」
「もー、アコ太郎。人が気持ちよく歌っているのに水差すのって良くないなぁ」
「自作のセルフBGMを用意するのは見事です。しかし、他人に礼儀を欠くのは良くありませんね」
幼女はしぶしぶ、歌うのを中断する。そして、マリーの方を向いて、元気よく自己紹介をした。
「こんちわ! アタシの名前はフロッガー! 御覧の通りの可愛い可愛いケルベロス娘だよ! 」
突っ込み所は多々あるが、ひとまず、妙にハイテンションな挨拶を受けて、マリーは察した。
――ああ、この子も変人枠ですわ……。
「マロンさんの事はさっきから見てたよ。よろしくね!」
フロッガー、と名乗った緑の髪の少女はフレンドリーに、マリーへと手を差し出した。片手には、武器だろうか、鞭が握られている。縄には鉄片が縫い込まれており、破壊力を増してあるのが見て取れる。
自称ケルベロス少女の外見は、歳は10歳前後。特徴的な緑色の髪は、後ろで纏めて、いわゆるポニーテールにしていた。そして、その頭には、可愛らしい犬耳が生えている。瞳の色はブラウンで、服装は、この辺りの地方の、一般庶民の少女の格好をしている。
テンションの高さも相まって、典型的な健康優良児と言える。
「もー、握手だよ握手! 初めて会った相手にはこれをしないとね」
マリーが、物騒な得物を観察していると、フロッガーの方から催促が入った。
マリーは言われるがまま、彼女の手を握る。すると、フロッガーの顔がパッと明るくなり、ますますテンションがうなぎ上りになった。
「握手成立! これでマロンさんもアタシの友達だね! 」
歌声同様に、大声で言い放つフロッガー。
「ちょっと、フロッガーさん。誰ですかマロンさんって! 」
「あっ、ごめんごめん! えーっと、マリスさん?マークさん?アタシ、人の名前覚えるの苦手でさ! 」
「マリーです! そんなに覚えにくい名前でも無いでしょう!? 」
「ごめんなさい! アコ太郎にもよく怒られるんだけど、苦手なものは苦手なの! 」
フロッガーはそう言って詫びると、改めて自己紹介を続ける。
「アタシの名前はフロッガー! アコ太郎の召喚獣をやってるよ! よろしく! 名前の意味はFlogger! Froggerじゃないよ! ここ超重要だから! 覚えてね! 」
「アコタロー、というのは、アコナイトさんの事で良いようですね……。マリー・エーススピアですわ。ケルベロス……というには、ずいぶん可愛らしい子ですわね。それに……ずっと見ていた? 」
マリーは、先程のフロッガーの言葉に若干の違和感があった。ずっと見ていたというのはどういう事だろう。
アコナイト「ついに現れたケルべロス娘! はたして彼女は敵か味方か!? 」
フロッガー「なんて煽り文句がある時は大体味方なのだ! 」
アコナイト「ネタバレですが、わざわざ鉄片入り鞭なんて使っている時点で、彼女も問題児ですので、「俺はあざとい幼女を見に来たんじゃねぇ! クレイジーガールを見に来たんだ!」っていう読者兄貴は、そのまましばしお待ちください」
フロッガー「ブクマ・評価もよろしく! 」




