13話 ブリーフィング
彼は、懐から一枚の依頼書を出して、アコナイトへ渡した。それを受け取ったアコナイトは、ざっくりと内容へ目を通す。
仕事の内容は護衛任務。
カタスト帝国の東方に位置する、ラープ王国においてクーデターが起こり、闘争に破れた一部の貴族が、ここ、カタスト帝国へ亡命を希望している。
その中の1人、侯爵令嬢のマリー・エーススピアを、帝都エニグマまで送り届けて欲しい。報酬は諸々の経費込みで、手取り400万帝国シェル。前払い。
ラープから、船で川を下り、プサラスには3日後には到着予定である。
ちなみに、平均的な帝国の労働者の年収が300万から400万帝国シェルくらいだ。
ざっと目を通した所で、アコナイトは依頼書をテーブルの上に置く。
丁度、タイミング良く、傍に控えていたヘカテーが紅茶を淹れてくれた。彼女に礼を言って、砂糖やミルクは入れず、軽く香りを楽しんだ後口に運んだ。安物のあまり良質な茶葉では無い様だが、彼女の淹れ方が上手いのか、高級品と遜色の無いように感じられる。
一通り、紅茶本来の味と香りを楽しんだ後、マナー通り砂糖とミルクの順で入れて、取っ手を右に置き、スプーンをカップの奥に置いた。
その動作を観察していたヘカテーは、フィッシュベッドへと何事かを耳打ちをする。
フィッシュベッドは嬉しそうに頷くと、口を開いた。
「出来れば、この任務はお前の所に受けてほしい。いや、受けろ」
「随分、強引ですね。自分に冒険者への命令権は無いと、先程言っていたではありませんか? 」
「いや、それは正論なんだが……。もう、はっきり言う。この仕事、お前にしか任せられん。というか、ギルドの他のアホ共の手に負える案件じゃない」
「……? 」
ひとまず話を聞こうと、アコナイトは聞く態勢になった。
「まず、そのお嬢様なんだがな。貴族にありがちな、妙に気難しい性格をしてるらしい」
「ほう、気難しい……」
「よくある、傲慢で、プライドが高いってやつだ。これだから、貴族様って奴は面倒臭いんだ」
「一応、私も元貴族なんですが」
「お前は嫉妬心は高いが、その分腰は低いからな。パーティーメンバー達に色目使わなきゃまともなだけ、マシだ」
アコナイトは、誉められていると解釈し、軽く微笑みを返した。
「無駄に良い笑顔しやがって……。お前の性別が女なら、放っておかないんだがな」
「女に生まれていたとしても、私は、ピンギキュラとドロセラと一緒に百合百合レズレズしていましたよ? 」
「……まあ、それは良い。とにかく、その面倒臭いお嬢様を、プサラスからエニグマまで運ばなきゃいけない。道筋は街道を使って約2日。それまで、スポンサーの機嫌を損なわない様にしなきゃならん」
フィッシュベッドは、灰皿から煙草を取って、再びふかした。
「今、酒場でたむろっている様な冒険者連中に任せてみろ。1時間で機嫌損なわせるわ」
「でしょうね」
少なくとも、昼間からギルドの酒場で酒をあおっている様な連中については、アコナイトも無頼以上の評価はしておらず、下手すると、道中、依頼人を凌辱しかねない事は容易に想像出来る。
「そこでお前達だ。お前らなら、極端に機嫌損なわせる心配は低いし、最低限のマナーも知っている。うってつけの人材だ」
「好評な様で」
フィッシュベッドは、自らの紅茶を1口飲む。
「実は、この紅茶はマナーのテストだったんだが、今の紅茶の飲み方からして上品、一発合格だ。うちに登録している冒険者共の中じゃ、優雅さは1番だろう。この仕事には、その上品さが必要なのだ」
「事情は分かりました。しかし、手取りで400万帝国シェルですか。護衛任務にしては高額ですね。経費込みにしても相場の約20倍ではないですか。その……疑う訳ではありませんが……」
「何か裏があるんじゃないか。ってか? 」
「報酬も内容も上の上です。故に、かえって慎重にならざるをえません。何しろ、命は1つです。無駄遣いは出来ませんから」
フィッシュベッドは、引き続き紅茶を1口飲んで、満足そうに笑う。
「その慎重さ、臆病さ、実に冒険者向きだ。ご名答。この高額報酬の背景には、少しばかり理由がある。上品さ以上に厄介な理由だ」
それから、フィッシュベッドはティーカップを置いて、代わりに、灰皿から煙草を取って吹かし、呼吸を整えて話を続けた。
「アコ、お前、人は殺せるよな? 」
「相手次第ですね。ピンギキュラとドロセラは殺せません。顔見知りなら、理由次第。顔も名も知らない相手なら問題無く殺れます」
即座に答えたアコナイトに、フィッシュベッドは、畏怖と恐怖とを混ぜた様な顔になった。
「即答とはなぁ。狂ってやがる。ああ、上出来だ。この仕事は、対人戦になる可能性がある。確率は高くないが……。まあ、こいつを見て欲しい」
フィッシュベッドは、分厚い本を取り出し、しおりを挟んであるページを開いて、アコナイトへ見せた。
本は、ラープ王国のしきたりや法律をまとめたものの様だ。丁寧に、読んで欲しいと思われる箇所の文の脇には、インクで線が引いてある。
「読んでみろ。長いから、線の引いてある所だけで良い」
「これは、ラープ王位継承の儀についての記述ですね……。継承の儀には、王家を支える12家に伝わる、12本の槍を王城の継承の間に集め行う。12本の槍はそれぞれの家で管理を行い、普段は決して人目に触れさせぬ事。また、12本が揃わない時、即ち、12家が1家でも新王の即位に合意しない時、王位の継承は行えない……」
「元々、ラープは複数の諸侯からなる連合国家だからな。当然王家の力は弱いし、貴族達の合議と合意無しでは、国が回らないのさ。皇帝陛下の力が強くて、そのご一存が何よりも優先される帝国とは真逆だな」
「それで、この法がどうかしましたか? 」
「うむ、実は、このマリー・エーススピアの実家、エーススピア家なんだが、実を言うと、この12家の内の1家なんだ」
「興味深い」
アコナイトが食いついた事に、フィッシュベッドは満足しつつ話を続ける。
「そもそも、このクーデター、その12家のうちの1家のキングスピア家が、権力拡大の為にラープ王の弟を担ぎあげて起こしたものなんだ。何でも言う事を聞く傀儡を王にして、自分が裏で全部操ろう、っていうよくあるやつだが、当然、他の11家は面白くない。が、いかんせん、キングスピア家は武力で王家を人質に取っていて、堂々と反抗も出来ない。賊軍になっちまうからな」
「どうやら、単なる亡命支援ではなく、複雑な事情がありそうですね」
「そういう事だ。そこで、他の11家は考えた。「そうだ、継承の儀に必要な槍がなければ、新たな王を立てる事が出来ない。家中から、適当な人物に槍を持たせて亡命さてしまえば、キングスピア家の野望は成就できない」 」
「「もしも、形式を無視して、無理に継承させようものなら、たちまち正統性に疑問が出て傀儡としての意味が薄くなる」……?」
「流石元貴族様、理解が早いじゃねえか。その槍持って逃げ出した11人の内の1人が、マリー・エーススピアってわけだ」
「戦闘というのは、それを追って来るであろう、キングスピア家の手の者が攻撃してくる可能性があるという事でしょうか? 」
「まぁ、そういう事だ。とはいえ、帝国領内であまり派手に仕掛けてくるとは思えん。軍事介入の絶好の口実を与えるのは、向こうとしても避けたい筈だ。ラープは良質な鉱石が採れるから、帝国としては長年の友好を破る事になったとしても、介入したくてたまらんしな」
アコナイトは、頬杖をついてしばし、思考に入る。果たしてリスクとリターンが釣り合っているか否か。
臆病とも言える慎重さを、彼は仕事の時には見せる。
自分が成功出来る仕事しか受注しないし、基本、勝てる格下相手にしか攻撃は仕掛けない。攻撃を仕掛ける時は奇襲、夜襲、朝駆けのいずれかだし、攻撃失敗に備え、必ず事前に罠を仕掛ける。
卑劣、とも罵られかねない戦い方で、彼はこれまで生き残ってきた。実際、同僚たる冒険者の中にも彼を『臆病者』と嘲る者は少なくない。が、彼は自身の戦い方について、変えるつもりは毛頭無い。
最優先されるは、自身と乳姉妹2人の身の安全である。彼は姉妹2人共、自分のものにする。という、人生の目的については既に達成している。今度は手に入れたものを失わない様に、防衛優先の動きになるのは、至極当然なものであった。
今回の依頼は、確かに危険は高い。しかし、通常の数倍の報酬と、何より、エーススピア家とのコネクションが出来るというのは非常に魅力的であった。
襲撃のリスクも、治安が維持された街道を昼間の内に渡り、夜までに宿場町に入れれば大きく減る。
彼の頭の中の算盤がフル稼働し、たちまち答えを導きだした。
ドロセラ「度量衡もそうだけど、四字熟語や慣用句も現実世界のものを使ってるんだね」
ピンギキュラ「……オリジナルの単語作るのも手間がかかるし、分かり易さ優先という事で」
ドロセラ「定期的に、この異世界慣用句問題は話題になるけど、うちはもう構わず使っていくよ。読者の人達も、どうしても気になる時は、それっぽいニュアンスやスラングを異世界語で言って、さらに日本語に再翻訳したものとして受け入れてね」
ピンギキュラ「異世界慣用句問題で悩んだ事がある人は、ブクマ・評価よろしくね」




