1話 水の都の冒険者
「オヴィラプトルという恐竜を知ってるかな?
これが中々不憫な恐竜で、自分の卵を守りながら死んで化石になったのを、別の恐竜の卵を盗もうとして、返り討ちにされたと勘違いされた挙げ句、その化石の状態から、卵泥棒という名前をつけられちゃったんだよね」
白い髪の少女は、そう、冷や汗をかきながら言った。
カタスト帝国、プサラス。帝国東部の第1の都市である。
水運を利用した商工業が盛んな、この街の外れの船着き場に、2人の人影があった。
時刻は未明。まだ、この大都市は眠りについている。船着き場の周囲に、人影は2人しか居ない。
片方は小柄な体型。
新雪を思わせる白色の髪を、右サイドテールにした少女だ。豊満な美女というより、小動物の様な可愛らしさを感じさせる。
黒真珠を思わせる黒い瞳は、陽が出ていないにも関わらず、むしろ輝きを増している様にも見える。
美少女、と書いても良さそうな女の子だ。だが、残念ながらその美しさは、その隣に立っている美人のせいで、やや劣った印象になるのは否めない。
隣の人間は、白色髪少女よりも更に一回り小柄で、美しく長い紺色髪と、金色に輝く瞳が特徴的であった。歳は20歳位。
紺色髪の人間は、この辺りでは珍しくはないが、その凡庸さを補って余りある気品をその人物は放っている。数百年に1人の美人と言っても、異言を放つ者は多くないだろう。
「可愛そうな恐竜ですね。それで、昨夜、貴女が洗濯籠から私のパンツを盗もうとして、私に取り押さえられたのと、どんな関係が? 」
白色髪の少女の言葉に対し、紺髪の美人が、若干の怒りを含ませながら言った。
「そう、誤解、冤罪なんだよ。私は主人のお召し物を悪意の第三者から守ろうとしただけだよ」
白色髪の少女は、若干の棒読みで返す。表情には、明らかな焦りが見える。この状況をいかに凌ぐかを考えているのだろう。
「その後の部屋捜索で無くなったと思っていた私の下着が大量に出てきた件については? 」
「それはその……ごめんなさい。なので、私の『主人の使用済み下着コレクション』を処分するのは何卒ご勘弁を……お詫びに私のパンツあげるから」
「いや、そんなこの世の終わりみたいな顔されると、私も困るんですが……せっかくなので、貴女のパンツは貰っておきましょうか。別に私と貴女との仲です。怒ってはいますが、そこまで怒り心頭ではありません。しかし、私も着るもの無くなると困るんですよ」
2人は昨夜あった騒動の話をしつつ、暗い水面に目を向けている。そんな風にしながら、数十分が経過した時、川上の方から、1艘の船が近づいてきた。
大きい船ではない。町と町での荷物の運搬に用いられる様な、小さな運搬船だ。ただ、運搬船にしては、やや速度が速い。川下りにしても、普通の船の2倍近い速度が出ている。余程、漕ぎ手が優秀なのか、それ程に急いでいるのか。
その船は、2人がいる船着き場に近づくと、ゆっくりと速度を落とし、やがて接岸した。
「遅かったですね、ジャクソン。予定より30分は遅れていますよ」
2人組の片方の紺色髪の美人が、船主に丁寧な口調で話しかけた。澄んだ耳に心地よい音で、歌手にでもなれば、一攫千金を狙えそうな美声である。
「すまねぇ、アコ。どうも帝国に入る前、出荷途中で『積荷』にちょっかいかける奴がいたらしくてな、乗せるまで手間取った」
アコ、と言われた人間と正反対のだみ声で返答した中年の船主は、部下の船乗り達へ手早く指示を出すと、『積荷』を下ろす準備を整える。
この辺りはベテランらしく、てきぱきと手順通りに行われ、あっという間に船から船着き場へ、タラップが架けられた。
「ドロセラ、この話は後にしましょう。……くれぐれも無礼が無いようにしてくださいね」
紺色髪の人物は、タラップの前にひざまずいて頭を下げた。そして隣にいる女性に、小声で注意を喚起する。『ドロセラ』と呼ばれた女性はうなずくと、同じ様にかしづいた。
しばらくして、タラップを踏みしめるきしんだ音と共に、若い女性の声が頭を下げている2人の前を通過する。
「おもてをあげなさい」
「はっ」
2人が頭を上げると、目に飛び込んで来たのは、恰好こそ質素なものだが、気品に溢れる女性であった。
髪は茶のロングヘア。瞳は夜明け頃の雲のごとく紫がかって、つり目がキツそうな印象をもたせる。
年齢は2人より、少し下くらいだろう。
女性は2人を値踏みする様に交互に眺めると、やや高圧的に言葉を続ける。
「本来、私が貴女方冒険者などに護衛されるのは不本意ですが、緊急事態ですから仕方ありませんわ。くれぐれも、頼みますよ」
その高圧的な態度に、ドロセラはやや表情をむっ、と、固くするが、あくまで紺色髪の美人はにこやかに応対した。
「勿論です、侯爵様の御令嬢なぞ、本来我々が見る事も出来ない相手。お嬢様を危険な目になど、我が命にかけてさせませぬ故、ご安心を」
テンプレ通りの回答に満足したのか、侯爵令嬢は少し口調を柔らかくさせる。
「しばらく世話になりますから、名前くらいは聞いておいてあげましょう。名乗りなさい? 」
典型的な高慢な貴族のお嬢様といった感じだ。だが、紺色髪の美人は、にこやかな表情を変える事なく、自ら名乗った。
「プサラス冒険者ギルド所属、竹級。アコナイト・ソードフィッシュと申します。以後、お見知りおきを。今回、依頼を受けた冒険者パーティー『捕食毒華』のリーダーです」
次いで、隣の白色髪少女が名乗りをあげる。
「同じく、プサラス冒険者ギルド所属、竹級。ドロセラ・ファイアブランドです」
「竹級……という事は、冒険者としては上から2番目ですか。まぁまぁの腕前ですわね」
侯爵令嬢は、そう言って値踏みする様にアコナイト達を見る。
「お詳しい様で。カタストでは、冒険者のクラス分けに植物名を使っています」
「普通にABC表記で良いと思うのですが? 」
「どうも、この国の冒険者ギルド上層部はひねくれもの揃いな様で……。他国でも使われるABC表記ではつまらん、と嫌がったという事です」
マリーは、妙な所でオリジナリティを出さなくてもよいものを……。と、思いながらも、帝国へ来る前に勉強した事を思い出した。
「まぁいいですわ。ランク分けは、確か上から、松、竹、梅、桃、桑、桐、杉……。今日に備えて、カタストの事は勉強してきましたのよ」
「お見事。流石です、お嬢様。よく勉強していらっしゃる」
「ふふん」
アコナイトに褒められた事で、令嬢は少し機嫌が良くなった。顔自体は可愛らしいので、誇らしげに胸を張る様は、中々絵になった。
※下着泥棒は犯罪です。良い子の読者も悪い子の読者も絶対に真似をしないでください。
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