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異世界シャーロック ―Another Sherlock―  作者: 朝霞 敦
『タスキギーの足音』事件
8/17

タスキギーの足音⑧

《マル秘情報⑦》

 リベックの広さは、おおよそ60平方㎞。東京都世田谷区と同じくらい。広い。

 定住する種族は主に、人間、ホビット、エルフ、獣人、吸血鬼の5種。

 ごくたまに行商や出稼ぎでドワーフやゴブリン、トロルなどがやってくる。

【3時間後】

 火も消し止められ、けが人の治療も一通り済んだところでようやく私は息をつくことが許された。

 気が付けば空は朝日に照らされて朱く染まり、メアリーが淹れてくれたコーヒーにはカビが生え、歪な香りを放っていた。


「それ飲むの?」

 疲れた顔をしてメアリーが言った。

「新しいの淹れるよ。今夜は大変だったしお酒も入れちゃうかな」


「私はいい。どうせ寝る暇なんてないだろうし、カビが生えたモノには慣れっこだから」


 私がグイっと飲み干すと彼女は眉と口をすぼめ、

「疲れてるなら素直にそう言いなよ。その強がり、見てられないよ」

 と言ってブランデーが注がれたグラスを差し出した。匂いからして彼女の給料では手が出せない高級品だ。


「なにこれ、どこで手に入れたの?」


「さぁどこだったかな……ちびちび飲んでたから覚えてない」

 メアリーはわざとらしくすっとぼけた。


「メーアーリーー、まさか盗品じゃあないでしょうね?」


「違うよ、市長に誓って。貴女がいない時に来た患者がせめてものお礼だ、って寄こしてきたんだよ」


「それって都合よく盗品の隠し場所にされたってことでしょ……」


「そうとも言うかもね」

 彼女は悪びれるそぶりもなく注がれたワンショットを景気よく飲み干すと途端に顔が紅潮し呂律が回らなくなった。そして糸が切れた操り人形のようにバタンと床に大の字でぶっ倒れた。


 先程の頼りがいある看護師の姿はどこへやら。私はため息をついて彼女を担いで余っているベッドに寝かしつけた。


 子供のような寝言を呟く彼女の毛布を掛けてやると、

「あなたは優しいんですね、あの時と変わらず」

 後ろから声が聞こえた。診療所に二つあるベッドの先客、進んで火の中に飛び込んだ赤髪の女性だ。


「煙で喉を焼いたんだから喋っちゃだめよ」


「いえ、平気です。お構いなく」

 彼女はそう私の忠告を無視して起き上った。栄養不足で肌と赤髪は荒れ、生きているのが不思議なほど細い手足なのに、彼女はそれがさも生まれつきだというような感じだった。

「まさかあなたがここにいるなんて。人生って不思議ですね」


「申し訳ないけど、どこかで会ったことある?」

 彼女を椅子に座るように促して問うた。


「はい。5年前、捕虜になった私を助けていただきました。あなたと、何人かの獣人の仲間たちに。相方が亡くなって、救出作戦は半分失敗したようなモノですが……」


「あぁそう……貴女が…………」

 思い出した。あの時助け出した捕虜の片割れだったのか。忘れるはずがない……いや、私が忘れていなかったのは死なせてしまった男の方とその後の降り注いだNBBMで、彼女の方はどうでも良いと忘れていたのか。決して人を救ったという優越感に浸ってはならないと十字架に誓ったから、その記憶に蓋をしていたのか。卑しくも私は自分が人生を変えた存在を否定し続けていたのだ。

「生きていてくれたのね…………ありがとう。本当に、ありがとう」


 感情の奔流から漏れ出たのは、ありきたりな感謝の言葉と大粒の涙だった。

 あまりにも久しぶりで私は戸惑って、慌ててそれをふき取ったが彼女は鏡合わせのようにその瞳を濡らしていた。


「ごめんなさい、名前を聞いていなかったわね」


 どこか小っ恥ずかしくて話題を逸らした。 

 彼女もそれを察してほほ笑んだ。


「アレクサンドラ・リーです。従軍は非公式だったので軍歴も階級もありませんので、どうか一人の友人としてアレックスと呼んでください」


「ワトソンよ。ジョアンナ・H・ワトソン、アンでもジョンとでも好きに呼んで」


「ならジョンと。あの時、そう呼んでいる方がいたので」


「ブレインのことね。気に入らない呼び方だけどいいわ。私がここにいるのも彼のおかげだしね。ねぇ知ってる? 彼、去年大学で博士号をとったのよ。コネにするのも玉の輿を狙っても良し、チャンスは今しかないわよ」


 彼女、アレックスは笑みをうかべた。

「それはいい考えですね、参考にしておきます」


 アレックスの笑顔は爽やかで、やせ細った体が嘘のようだ。そんな彼女にどこが悪いのか、どうしてこの街に来たのか、なんて聞けるはずがなかった。彼女のことだ、きっとのっぴきならない事情があって最後の頼みの綱として訪れたのに違いない。そんな考えた私に影を落としたその時、闇を照らす光の一筋のように通信魔道具(コムリンク)が着信を告げた。


 アレックスにジェスチャーをして着信に出た。

「こちらワトソン、どちら様?」


『分かっているくせに余所余所しいぞ、ワトソン』


 聞こえてきたのは威圧的な印象の男の声、浮かび上がってきたのは生活環とは無縁だがどこかしら高貴な雰囲気を纏う変人の姿(ホログラム)

 私のルームメイトにして副業のパートナー、リベック最高の探偵シャーロック・ホームズだ。


『今すぐ都市部(アップタウン)4区大通りの宿屋にこい、世にも珍しい変死体が上ってるぞ』


「分かった。今診療所だから30分待って」


『15分だッ! 獣人の君ならそれより早く着けるッ』


「はいはい」

 いつものようにあしらって通信を切った。そしてアレックスの方へ見て、

「ごめんなさい、急ぎの用事ができたみたい。もう出発しないと」


「いえお構いなく。もう朝ですし、私も失礼します。仕事は目途がついていますが、今夜泊まるところを探さないと……」


 そうか失念していた。彼女が身を寄せていた救貧院は燃やされたのだった。

 一緒に探してやりたいけれど、ホームズを待たせたらどんな癇癪を起こすか考えたくもない。なので私は以前事件を解決して借りのある宿屋の住所と自分の名刺を渡して、今夜はそこに泊まるように言いつけた。高価な医薬品と共にメアリーが爆睡をかましているが、あと1時間すれば交代の人員が到着する。

 心配はいらないだろう。

 私は急ぎ足で診療所とスラム街を後にした。

 最後まで読んでくれてありがとう!

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 次回もお楽しみに!

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