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異世界シャーロック ―Another Sherlock―  作者: 朝霞 敦
『タスキギーの足音』事件
4/17

タスキギーの足音④

《マル秘情報③》

 実はホークが部隊内で最年長だったりする。

【拠点内】 


 頭が痛い。

 二日酔いの朝のように衝撃が頭蓋の中で反響して、意識がもうろうとする。体中がギシギシと痛んで重苦しい。


「―――……ソン、……ッ、―――ト……ッ!」


 モランが呼んでいる気がするけど、水の中にいるように何も聞こえない。


「ワトソンッ! しっかりしろッ!」先程のお返しといった具合にモランが頭をひっぱたいたおかげで意識がはっきりした。決死の自爆の所為で周囲の魔力供給炉は半壊、拠点内は警報がけたたましく鳴り響いていた。潜入がバレた。私が招いた失敗だ。


「すいません、軍曹……。私……」


「言い訳はいらん。自分の失敗はこれから挽回しろ」モランは私を立ち上がらせると、ブレインとランペイジと目配せをして臨戦態勢に入った。


 魔力供給炉が壊れたことで拠点は機能停止し2秒後に復旧する合間にブレインは拠点の魔術システムへの侵入に成功、情報を引き出すまであと少しだったが、同時に私たちがいる冷却室に大量の兵士が送り込まれていることが分かった。

 すぐに戦闘になるだろう。私たちはもう敵を迎え撃つ準備が整っていたが、すぐ入り口近くの排気口からわずかにシューッと音がしていることに気が付いた。


「脱酸素ガスだ」モランは注意を促した。


 燃え上がった魔力供給炉の火が静かにその息を引き取るのが見えた。精密機材がある部屋や美術館では、水にぬれてはいけない代物を火の手から守るために消火に酸素を抜かしたガスを充満させる手法が用いられると聞く。火事を収めるためにも、中にいる敵を無力化するためにも、このガスは脅威であった。そして何より、周囲から酸素がなくなるので銃が無効化される危険性もあった。私たちは銃を背負い、大きく息を吸って耐えることにした。時間にして数分と言ったところか。一枚の扉を挟んで敵が暴動鎮圧用の盾と棒を持って密集陣形(ファランクス)状態のまま待ち構えている。


 ―――扉が開きます。敵の数は20名、近距離重装備。


 敵の情報を引き出したブレインがハンドサインをした。5、と示した指が秒針と同じタイミングで4、3、とカウントを始め、最後の1本が折れ曲がった瞬間に扉が解放されて敵が押し寄せてきた。

 開戦の合図だ。

 敵は新開発の酸素吸入器を顔につけ、数分間無呼吸で耐えていた獣人(わたし)たちに立ち向かってくる。始めて武装した獣人を見ただろうに、彼らには恐れの色を感じなかった。だから、なのだろうか。私の心の底から、先ほどのような慈しみの精神が安物の金メッキのように剥がれ落ちていくのが分かった。ランペイジやモランと同様に、私が振り下ろした拳は敵の盾を砕き、その鋭い牙と爪で敵を引き裂いていった。敵が渾身の魔力を込めて振るった警棒の一撃は頑強な体毛に吸収され、ある者は反撃でマスクを引っぺがされて呼吸ができずに情けなくうずくまり、ある者は体ごと抱えられて天井に叩きつけられて失神した。ブレインが換気機能を作動させて呼吸ができるようになったころには、戦闘不能になった敵の山が出来上がっていた。


『兵士が集まってきている。このままだと数で押しつぶされるぞ』


 久しぶりの酸素にありついた私たちをホークがたしなめた。モランは頷いてブレインの方へと向く。「捕虜の場所は掴めたか?」


「えぇ、ここから別棟の感染症研究室です。後ついでですが、拠点内の隔壁システムを完全に掌握しました。これで友達の結婚式に行くよりも簡単にたどり着けますよ」



 ブレインの言う通り、冷却室での騒動が嘘だったかのように楽々と捕虜のいる『感染症研究室』とやらにたどり着いた。人体実験された兵士を捕虜にしたのだ、解剖してその機能や仕組みを解明したい気持ちは分からなくはない。しかし、どうして『感染症研究室』なのだろうか。肌の色が違うからか? いかに内地で分離政策をしている国だとしてもそこまでひどい扱いはしないはずだ。


「不思議なら直接見てみたらどうだ、答えがすぐに分かるぞ」


 一足先に踏み込んだモランが言った。促された通り部屋に入ると、写真で見た片方の捕虜(女の方)を見つけた。そして、もう一人も。彼の姿を見て私は言葉を失った。


「Wウィルス…………」


 Wウィルス、それは南部地方で流行している昆虫由来の感染症だ。まず脳を侵食し特定の部位の機能を停止させ、様々な脳内物質を分泌し神経信号を阻害、最終的には脳それ自体が壊死するか、免疫の暴走・または消滅で死に至る。わが国では南部戦線の長期化に伴ってワクチンが開発され、それ以降根絶に向けた国際的な取り組みが行われていた。


 その患者が目の前にいる。はたから見れば単なる末期のWウィルス患者だが、医療の知識がある私からは、彼が故意に感染され症状を進行させられたと分かった。脳の壊死が進んでいても、免疫の異常からくる様々な症状の進行が最近にモノだったからだ。もう根絶が見込まれる感染症だというのに今更進行状態の経過観察をするなんて、とても正気の沙汰じゃない。

 彼を見たランペイジは慌てて防護服を探し始めたが、「Wウィルスは空気感染じゃない、体液のやり取りで人同士の感染が起きるの。防護服は必要ない」私はそう言って彼の治療をしようと牢からだし、適当な机の上に寝かせようとした。


「待て、ワトソン」するとモランが私の手をつかんできた。「何をする気だ?」


「何って治療よ。このままじゃあ転移に耐えられない。症状に合わせた魔術防護を施さないと」


「状況が分かっていないようだな。そんな時間はない。すぐにここから出る。さっきの爆発もお前のせいで―――」


「―――それは分かってる。あれは私のミスよ。私は軍人で、任務を果たすのが仕事。なら捕虜を二人とも連れて帰る努力をするべきじゃない? たしかに危険はある、彼を見捨てれば無事に早く帰れると思う。でも適切な処置をすれば彼は助かる。とても見捨てることはできない。お願い()()()()()()、私にチャンスをちょうだい。こんな獣人(わたし)でも人助けできるっていうチャンスを……」


「…………」モランは眉間に鋭い鱗を集中させたまま黙っていた。そして少しの沈黙の末、「……いいだろう。どれくらい時間がいる?」


「あなた達がどれだけ持ち堪えられるかによるわ」

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 次回もお楽しみに!

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