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異世界シャーロック ―Another Sherlock―  作者: 朝霞 敦
『タスキギーの足音』事件
3/17

タスキギーの足音③

《マル秘情報②》

 ブレインはワトソンと初対面の時、彼女から汚物を見るような目で見られた。

 

【転移門前】


 転移魔術で遠くに移動するのは不快なモノで、私はいつも底の見えない湖の底に沈んでいくような息苦しさと不安に襲われる。私たちより長いキャリアを持つモランやホークも苦虫を噛み潰したような顔をして出てくるので、どうやら彼らも堪えるところがあるようだ。


「んあ~、何度やっても慣れたもんじゃあないね。早いとこぶっ放してスッキリしたいよ」


 ゴリっと骨に悪そうな音をたてながらランペイジが肩を回した。彼女は手に持った機関銃の薬室に弾を込めて今にも気分転換と称して乱射しそうな勢いだった。


 そんな彼女を横目にモランは私たちの様子を一人ずつ確認して、「よしみんな転移酔いはしていないな。行くぞ、時間がない」と行軍の号令をかけ、斥候としてホークに上空を飛ぶように命じた。


 目標の敵拠点までおおよそ30㎞、足の速い私や空を飛べるホークなら30分弱、鈍重なランペイジでも2時間足らずで到達できる。もし敵が索敵をかけていなければ、の話になるのだが。


「その心配はないよ、ジョン」ブレインはその左手に取り付けた魔道具『マスターキー』をいじりながら言った。「ホークの『拡張通信機』と『マスターキー』をリンクさせて敵塹壕と敵司令部の通信を傍受した。すると驚き、敵は反撃攻勢(カウンターアタック)に出るそうだ。昨日の攻勢の失敗で僕らが大損害を被ったとみての判断だろうけど、僕からしてみれば愚策だね。わが軍はそれに乗じて敵を殲滅する腹だ。実に巧妙だね」


「たいそうな戦況分析をどうもありがとう。でも、それが私たちとどう関係あるの?」


 よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりにブレインは満足そうに頷いた。「敵は今日で戦争を決める気だってことさ。そうすると全戦力を上げて攻めなきゃやられてしまう。仮にも僕たちの国は世界一の軍事力を持っているんだからね。きっと使える人員や機材、魔術の触媒なんかは全部前線に持って行ってるんじゃないかな。だから目標には最低限の戦力しかいないし、高度な索敵は機能していない可能性が高い、ってわけ」


 よくもまぁ頭が回る小男だ、と私は歓心半分呆れ半分でモランの方へと向いた(一番近かったのはランペイジだったが、彼女はブレインの話に疑問を持たず信頼しきってしまっているので判断の参考にならなかった)が、この上官は何も反論もしないしブレインに黙れとも言わなかった。つまり、彼もランペイジと同じ意見だという。それならば仕方がない。私はどうか見つかりませんように、と祈りながら行軍を続けた。

 けれど、私は自分が無宗教で無神論者であることを思い出した。一先ず、その祈りを亡くなった父と母に捧げてお茶を濁すことにした。




【敵拠点前】


 目標となる拠点は、軍事施設というよりも極秘研究所のようないでたちだった。建造されたのは我が国と戦争を開始し、私たちが『南部戦線』と呼んでいる大規模塹壕がにらみ合う戦場が泥沼化し始めた1年半前。主にわが軍が投入した新兵器を鹵獲したり、捕虜を捉えて審問するなりして情報を獲得して、それに対抗する戦略や兵器の開発を行う場所だそうだ。それ故に、配備されている兵員や設備は最奥に位置する敵司令部を凌ぐほど潤沢だった。そんなところに人体実験の被験体である救出対象がいるのは何ら不思議なことではなかった。


「外の様子はどうなっている?」モランは通信機の先にいるホークに問うた。


『建物内にいる兵員のはおおよそ500人、壁の上部に銃座と迫撃砲が一辺に4門ずつ。重要な場所には魔力反射板があって透視できない』


「了解、何か異常があれば連絡してくれ」モランは通信をきると、ブレインの方へと向いた。「捕虜は魔力反射板のある部屋にいるようだ。特定できそうか?」


「僕はエスパーじゃあありませんからね。拠点の制御盤に『マスターキー』を接続できなければどうもできません」


「なるべく早く済ませたい。どこならできる?」


「少々お待ちを」ブレインはそういうと左手の魔道具をいじり始めた。「見つけました。拠点建造当初の見取り図です。排水路から入ってしばらく行くと魔力供給炉の冷却設備があります。その制御盤から入り込めば何とか情報にアクセス可能です」


「よし、なら決定だ」決断を下してから行動が早いのが、モランの魅力の一つだ。彼の命令に従い、私たちは上空のホークの道案内のおかげで夜中に忍び寄る盗人の影のように静かに排水路まで到達、ランペイジの持ち込んだ消音爆弾で無事潜入に成功した。


 オオカミと同じ嗅覚を持つ私には排水路での行進は堪えたけれど、運良く敵の遭遇もなく魔力配給炉の冷却設備までたどり着くことができた。


「どれくらいかかるの?」制御盤にマスターキーをさしこんだブレインに私は言った。


「さぁね、魔術で出来たシステムへの侵入はピッキングとはわけが違う。気づかれずに入り込むのが一番大変なんだ。今からティータイムを始めてお開きになる頃には完了してると思うよ」


 つまりかなり時間がかかるようだ。「そう、頑張って」私はそう言って所定の位置について待機することにした。

 排水路ほどではないが、この冷却室も独特のにおいが充満していて居心地が悪い。前線の医療テントで香る人の汗と血と油と薬品に慣れてしまっていたせいか、ここの無機質な機械と冷温入り混じった冷却水の匂いは、生物らしい自分がつま弾きにされているようでどうも落ち着くことができなかったのだ。

 そんな中、無機質な冷却室にそぐわない異物の香りが漂ってきた。


 人の香りだ。


 人の香りが二つ。武装をしていて、こちらに向かってくる。私はすぐさまモランに目配せをしてランペイジともども戦闘態勢についた。ブレインがいじっている制御盤は入り口から入って右側、ちょうど供給炉に阻まれて直接様子を見ることができない所にある。私たちはその大柄な身体を隠して、どうかそのまま通り過ぎてくれと願った。だが、その願いは裏切られた。


「本当に地震だったのか?」

「本当だって、確かに揺れたんだ。上から突き上げてくるような揺れさ」

「俺にははなはだ疑問だね。寝ぼけてたんじゃないのか?」

「気のせいだったんならそれでいいさ。でももし小さい地震でここで異常が出たら一大事だぞ」

「はいはい、技術屋の腕がなりますよ」


 どうやら排水路に入る際に使った無音爆弾の衝撃が原因らしい。会話の内容からも入ってきた片方が技術士でもう片方は警備を担当する兵士だと分かった。それに、彼らは私たちに気が付いていない。


 ―――お前は技術士をやれ、俺は手前の兵士をやる。


 モランが無音のハンドサインで伝えてきた。私は彼と呼吸を合わせ、3カウントの末身を乗り出して二人に襲い掛かった。相手は人間の技術士だ。戦う訓練を受けていなければ、死ぬ国語もしていないだろう。そんな彼を殺すことは私にはできない。なので軽く喉を突いて一時的に発声機能を奪い、顎とみぞおちを叩いて意識を奪った。軽度の脳震盪……一日休めばいつも通り動けるようになるだろう。


「モラン、怪我はない――――――」満足げに振り返った瞬間、私は言葉を失った。モランの足元に血に染まった兵士が横たわっていたからだ。私は急いで彼に駆け寄って傷の深さを確認した。首に深い裂傷、腹は抉れ臓物が漏れ出ていた。出血は大量で止まる気配がない。それどころか、異様なほどにあふれ出ていた。まるで何かの薬物にそう仕向けられたような……。


「最近爪に毒を仕込んだ。素材は忘れたが、血液の凝固作用を阻害するモノだ」


「口の麻痺毒だけじゃあ足りないんですか……」


「それは有意義に使ってる。だが、噛むのと爪でひっかくのじゃ戦闘での使い勝手が違う。素早く敵を排除するためには爪の方が有効だ」


「そんなことを聞いてるんじゃないッ!」私は怒ってモランの胸ぐらをつかんで供給炉に押し付けた。「交戦規定を知らないんですかッ。彼は攻撃する意志がなかった……それなのにこんなむごいことを……ッ」


 唸る私とは裏腹にモランは冷たい瞳を向けていた。「もちろん交戦規定は憶えている。一応下士官だしな。だが、俺たちがそれに従う道理はない。公式には俺たち獣人は従軍していないことになっているからだ。それにこいつは敵だ。武器を持っている。確実に息の根を止めなければ作戦に支障が出る。お前は医者じゃない、軍人だ。いい加減自覚を持て、ワトソン」


「…………ッ」


 私は歯ぎしりをしながらモランを離した。あの兵士はもう助からない。それにこれ以上問答を続けても私とモランとでは平行線になるだけだ。任務はまだ始まったばかり、ここで突っかかるメリットがなかった。

 私は短くモランに謝罪すると、兵士の方へと振り向いた。せめて、これ以上苦しまないでほしい。彼を安らかに眠らせるために注射器を出そうとしたその時―――


「―――爆発するぞッ‼」


 モランの叫び声が轟いた。

 刹那、兵士は光を放って手榴弾のように炸裂した。爆破魔術で私たちを道ずれにしようとしたのだ。

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