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異世界シャーロック ―Another Sherlock―  作者: 朝霞 敦
『タスキギーの足音』事件
2/17

タスキギーの足音②

《マル秘情報①》

 ワトソンが煙草を始めた理由は「せっかく支給品でもらえるのに、吸わないのは損した気分になるから」だそう。

【獣人部隊テント】


「やぁジョン、遅刻するんじゃないかと心配だったよ」


 私がテントに入ると、()()の聞き慣れた皮肉が聞こえてきた。

 彼の名前はブレイン、カメレオンの獣人で同僚の中で一番背が低い隊員の一人だ。頭が良く、魔道具いじりが得意で作戦中はなにかと重宝する優秀な兵士だが、小柄な体格がコンプレックスなのか頭の良さをひけらかすために常に敬語で皮肉を呟いている。その最たるモノが、一見女と分からない私を揶揄して本名のジョアンナを男性名のジョンと故意に間違えて呼んでいるところだ。


「人助けをしてるのよ、そんなに責めなくてもいいじゃない」


「別に責めてなんかないさ」私の言葉にブレインとは別の、しゃがれた女の声が反論した。「どうせ一般兵士(あいつら)、アタシたちの悪口ばっかり言ってんだろ。自分たちの無能さを棚に上げてさ。そんな奴らをどうして助けるんだ、って話さ」


 声の主ランペイジにブレインも無言の同意をして自分の定位置に戻っていった。ランペイジはバイソンの獣人で、ブレインとは対照的に同僚の中で一番恵まれた体格を持ち、難しいことには耳を塞ぐ単細胞な脳みそをしている。不思議なことに、相性の悪そうなこの二人は何かと意見が重なって奇妙な説得力を周囲に与えるきらいがあった。現に、二人の人間嫌いが同僚の内で広がって、私のような獣人が肩身をせまい思いをしている。人間嫌いに(そう)なるのに納得がいく以上、反論ができないのも事実だった。


「本当に責めてないんだったら放っておいて。貴方たちに迷惑かけてないでしょ」


「君が気を使えるタイプだと分かって嬉しいよ。それならジョン、悪いんだけれど本当に気を使いたいのなら手鏡でその綺麗な顔にゴミがついていないか確認して見てくれ」


「その回りくどい言い方、嫌いなんだけど。顔に血がついてたなら直接そう言ってくれればいいじゃない――――――」


 その時、気が付いた。

 私の顔が人間であることに。

 それで二人のアタリが強かったのに納得がいった。獣人は集中すれば人間の姿になれる。しかしそれは人間から忌み嫌われている。苦労してそんな人間たちの身体を真似ることは獣人(わたし)たちにとって屈辱でしかないのだ。都会に住む獣人や、私のような友好的な関係の地域出身の者はその限りではないけれど、同僚には人間嫌いの方が圧倒的に多い。暴力を振るわれないだけ、まだマシな対応だった。

 私は羽織った上着を脱ぎ、すぐに姿を獣人のモノに戻した。毛穴という毛穴から頑強な銀毛を生やし、顎と鼻が伸びて鋭い牙が屹立する。体中の筋肉は太く逞しくその熱まき散らして、身に纏った軍服がたちまち獣人の身体に適応を始め、支給用のブーツは変異した脚に弾かれてどこかへと吹っ飛んでいた。

 身長200㎝、体重130㎏。希少種ダイアオオカミの獣人、それが私ジョアンナ・ワトソンの本当の姿だ。


「うん、本当の君の方が綺麗だ」


 私を見て、ブレインは満足そうに頷いていた。


◇◇◇

 私が定位置に着くや否や、テントの奥の方から分隊長のモラン軍曹と副官のホーク伍長が入ってきた。モランはコモドトカゲの獣人で模範的な軍属獣人だが、仲間想いの良い上官。オウギワシの獣人のホークはモランに従順な副官でかつその特性を活かした優秀な狙撃手だ。ブレインたちや私とは違って、この二人は徴兵で集められたのではなく志願して入隊した軍人で、その扱いは一般兵士と何ら変わりない。世間体から決して表舞台には出られないものの、遮光性とリーダーシップに富むモランと寡黙で従順なホークは理想的なコンビに見えた。


 モランは定位置に収まっている私たちに目をやり、「全員いるな」と確認すると、さっそく与えられた任務の説明に入ろうとした。


「―――軍曹」ブレインの挙手と言葉がモランを遮った。「そちらの見学者について説明を貰えますか?」


 彼の視線の先にはここには相応しくない高級な背広を着た人間の男が立っていた。終始薄っぺらい笑みを浮かべている、どこか信用ならない胡散臭い男だった。


 男は前に出て答えた。「自分は霊長類調査局から来た者です。ここにはお忍びできているので、本名で名乗るのは控えさせていただきます。お呼びになる際は『スミス』と」


「なるほど、人体実験に飽きたから今度は僕ら獣人で実験しよう、というわけですか。亜人人権規定をご存じないのなら一から教えて差し上げますよ、ドクター」


「おい、ブレインッ! 口が過ぎるぞ」彼の過ぎた言葉にホークが重たい口を開けた。


「―――いいんですよ、伍長。不本意な評判が広まっているのは仕方のないことです」背広の人間、スミスはホークを制止すると、その空虚な瞳にブレインを映して言った。「あなた達に対して実験を行うことはもうありません。なにせ随分と昔にやり尽くされていますからね。今回あなた達に頼みたいのは、自分たちの研究成果の回収なのです」


 そう言うと、スミスは黒板に2枚の写真を張り出した。自らの研究成果だという白人の男女2人の写真を。二人は綺麗な赤髪と幼さの残るそばかす、希望に溢れた栗色の瞳をしていた。きっと兄弟か同郷に違いない。それを見た瞬間、私は腹の底から爆ぜ狂う怒りの感情を感じた。他の2人もそう感じたのだろうか、ブレインは皮肉を吐かず、ランペイジは丁寧に掃除していた敵の鹵獲火器を握りつぶした。


「ドクター・スミス、後の説明は私が……」そんな私たちの心情を察したモランが説明を受けついだ。「お前たちが詳細を考える必要はない。俺たちの仕事は『敵拠点に潜入し、捕虜2名を救出すること』それだけだ。俺たち獣人部隊と同様、この捕虜2名は軍部にとって公式なモノではない。よってこの作戦は、敵は勿論味方にも知られるわけにはいかない。しかも先の大規模攻勢のせいで今動ける獣人部隊は俺たちだけだ。つまり、この捕虜を助けられるのは俺たちしかいないってことだ。理解できたな?」


 モランの言葉に、私は頷くことしかできなかった。いかにスミスという男が胡散臭くとも、捕虜2名が人体実験を受けていようとも、これは捕虜の救出作戦に変わりはない。人助けなんだ、と私は自分を納得させて怒りを収めることにした。

 しかしまだ疑問を解消しきれない者がいた。ランペイジだ。


「あんたがそう言うんだ。あたしゃあ任務に異議はないよ。でもどうやって捕虜のいる拠点まで行くんだい? まさか味方と敵の塹壕を突っ切ってハチの巣になる覚悟をしろ、ってんじゃあないだろうね?」


「その心配はない。先の大規模攻勢に乗じて獣人部隊の別動隊が、敵塹壕の後方50㎞、目標拠点から約30㎞の地点に直通の魔術転移門(ポータル・ゲート)が設置した。特にトラブルがない場合、行き来は簡単だ」


「へぇ、そんな貴重なモンをどうしてあたしたちが使えるんだい?」


「それこそ俺たちが知らなくていい事柄だ」


 モランにぴしゃりと言われてランペイジは肩をすくめた。


「他に質問は?」モランはみなが納得したことを確認すると、今回の任務で使う装備を配り始めた。


 私たち獣人部隊が扱う装備は、一般兵士のそれとは異なる。5カ国と8つの戦線で戦争をしている我が国では常に最新鋭の武器が開発されており、往々にして開発したてなモノは人間では到底扱いきれない代物ばかりだった。銃が大きすぎたり、致命的な不備があったり、弾丸の威力があり過ぎて反動で使用者の肉体を破壊したり、それはまさに兵器として破綻しているとしか思えないモノが次々世にその足を下ろしているのだ。そこで『大きすぎ』たり『強力すぎ』たりしたモノに限って、身体的に人間より優れている獣人に配備させて、その戦闘情報から具体的な改善案を模索する方法が取られたのだ。


 今回持ってこられたのは、塹壕防衛に用いられる機関銃と一般的な歩兵銃の両方の特性を兼ね備えた、試作連射式歩兵銃。開発にあたるコンセプトとしては立派だったが、裏を返すと両者の欠点を有しているということで、それは重量12㎏、全長100㎝、使用弾薬は機関銃用の大口径魔術強化弾頭、弾倉は20発が限界という、歩兵が立ったまま撃てないのに、地面においても装弾数が少なくて機関銃として機能できない役立たずのキメラのような銃だった。しかし、それは人間にとっての話。獣人ならばそれを軽々扱えるため、小回りの利く歩兵が持つ機関銃、という理想を体現できる。獣人部隊のために開発された名銃に生まれ変わったわけだ。


 それを私とモラン、ブレインが受領し、狙撃手のホークは数発で重戦車を無効化できる代わりに一発の反動で人間の肩を粉砕する大口径対戦車ライフルを、ランペイジは爆撃機の銃座にある機関銃と5000発収容可能なバックパックとを繋げる給弾ベルトを受領した。

 武器の他には、衛生兵の私にはモルヒネなどの数人分の『手術キット』、魔術技巧兵のブレインには魔道具をハッキングする『マスターキー』、支援兵であるランペイジには『多数の爆薬』、通信兵も兼ねるホークには本部まで通信できる『拡張通信魔道器』が渡された。

 出動命令が出たのは、召集がかけられて2時間後のことだった。

 最後まで読んでくれてありがとう!

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 感想やレヴューも大歓迎です!


 次回もお楽しみに!

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