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異世界シャーロック ―Another Sherlock―  作者: 朝霞 敦
『タスキギーの足音』事件
16/17

タスキギーの足音⑯

 落ち着いて相手の戦力分析を図る。


 銃火器を装備していないことから、長距離戦は挑まずに近距離戦に絞ってくる。

 強靭な鱗と筋肉は標準装備の拳銃や歩兵銃の弾丸を弾き、巧みな格闘術と歪な挙動をする柔軟な尻尾を駆使して敵を圧倒する。

 極めつけは唾液に含まれた麻痺性の毒と独自に配合した血液凝固を阻害する毒。前者は牙による攻撃、後者は爪による攻撃で体内に侵入し、良くて戦闘不能、最悪は即死するだろう。


 一方、私とアレックス(こちら)にはこれといった武器はない。

 私のダイアオオカミとしての体毛や爪などの特性と身体能力、アレックスの強化人間としての性能を組み合わせれば、なんとか有利に立つことはできよう。

 だが、アレックスが二つのうちどちらかの毒をくらったが最後、敗北が決定する。それらを最大限警戒するとなると、途端に状況が怪しくなる。


 ……ここは思い切って私が正面からモランと相対しなければなるまい。

 アレックスと目配せをして、私は真っすぐ眼前の敵へと突貫した。

 今度はブラフなど必要ない。

 小細工なしに突っ込んで、正面堂々とモラン相手に腕を広げて組み合わせた。


 私とモラン、身長こそは変わりない様に見えるが、その実体重は50㎏差。純粋な力比べ(パワーゲーム)を挑むには大きすぎる相手だった。

 だが、私の狙いは力比べ(ここ)ではない。

 踏ん張って人狼の叫びが漏れ出したのを隠れ蓑にして、後ろから来た軽い足音が私の背中を踏んで飛んだ。

 小さな人影は足を空高く伸ばし反転、がら空きとなったモランの背後にまわって強烈な踵落としを肩に炸裂させた。


「がァ……ッ!」


 鱗が砕け、モランの頑強な骨格にひびが入ったのを腕伝いに感じた。

 モランは溜まらず腕組みを解いて、自分が置かれた状況に戦慄した。

 前方には人狼、後方には強化人間……いかに自在や尻尾や二つの劇毒を駆使しようとも苦戦は逃れられない、理想的な二対一の挟み撃ちを形成されたのだ。


 舌打ちも唸り声も許されないまま、戦況は次の展開へと進む。

 私たちは受けを中心とした立ち回りでモランと対峙した。

 モランは5年間苦楽を共にし、一度は真に心を通じ合わせた存在だ。腕力や戦闘技術で劣っていようともどのようにして攻撃を繰り出してくるのか予測できるのは難しいことではなかった。

 それでも、手の内を知っている者同士というのは私にだけ有利に働いているわけではない。どちらかと言えば私の負け筋を減らしているだけで、戦況はモランに握られているのに等しかった。


 十合も攻防を繰り返すごとに、モランの繰り出す一手は鋭く、そして私の予測の先へと向かっていた。そういった勝ちを狙った行動が大振りになるのは相変わらずで、後方で控えていたアレックスがその隙を的確に突いてモランの勢いを殺していた。


 密着した近接戦において最も重要な好機は、相手が勝機を逃したその瞬間である。

 かつてモランが教えてくれたように、そうした絶好の機会は幾度となく訪れた。が、私たちはいまだにモランに決定的な一撃を食らわせられないでいた。

 はるかに大きく鈍重なこのコモドトカゲの獣人は向きを変え、回転し、驚くほど楽々跳躍し、宙返りを打ち、私たちを自分の望む場所に巧みに引きずり込んでいく。

 その攻撃は素早く、巧妙で、狙いは徐々に鋭さを増していき、耐えず攻撃を仕掛け、同時に反撃をうまく躱し受けつつ、容赦なく守りの隙をついてこようとする。


 幾度となく私たちはモランの攻撃を受け流し、その反撃を素早く仕掛けたが、直ちに理解した。

 モランは時間を稼いでいると。

 早々に決着がつかないのであれば、なるべく戦闘を長引かせアレックスの時間切れ(タイムリミット)を狙っているのだ。そうなれば私は戦う理由を失くし活かして返すことができる。

 つくづく私を舐め腐った男だ。

 私は苛立ちから戦略を忘れ、果敢に攻め立てた。アレックスは同調して二人で同時に連打をお見舞いして隙を作り出さんとした。ところが軍人としてのモランは狡猾で、まるで隙を見せない。激しい攻防は延々と続いた。


 私たちは拳と血を交えながら待合室を抜けて教会上部へと向かった。

 モランは巧みに私たちの退路を塞ぎつつ、自分の脅威を誇示しながら後ずさっていくので、私たちは仕方なく彼を追いかけるしかなく、まんまとモランの戦いやすいところへと誘導されていた。

 時刻はそろそろ日付が変わる頃、職員も来訪者もいない教会で私たち三人の戦いは激しさを増した。


 気が付くと戦場は唯一昔から変わらない教会の機能を保つ鐘の塔へと移っていた。

 モランは巧みに私たちを足場のない塔の上へ上へと誘い、隙を見たところで一段上の柱へジャンプした。

 私は一番近い後ろの出口を確認した。

 敵は上にいる。

 うまくいけばこのまま逃走できるかと思ったが、その希望は打ち砕かれた。

 出口までの距離は20メートル弱、私とアレックスならば3秒以内に到達できる距離だが、それでは上から飛び降りたモランが一瞬早く私たちに追いついて無防備な背中を狙ってくる。

 私たちは仕方なく続いた。位置は相変わらず私が前方、アレックスが後方の挟み込む形だ。鋭く光る爪は閃き、飛び散る汗と血は真横の鐘と夜空の星々に反射して閃光を発していた。


 すると、戦いの均衡は予想外のモノに崩された。

 新しい日を告げる鐘の音だ。

 リベック全てにその音を響かせるそれは、真横にいる私たち三人の耳や腹はおろか、脳みそまでも容赦なく揺らす音響兵器へと変わって襲いかかってきた。


 その隙を、歴戦の獣人は見逃さなかった。


 大きく振りかぶったその爪は後方にいたアレックスの腹を切り裂き、その尻尾ではるか下へと叩き落した。

 震える視界の中、かすかにモランの動きを捉えていた私は負けじとがら空きになった背部を狙ったが、それもモランは見通し伸ばした私の腕に噛みついてそのまま全体重をかけて足場を離れて自由落下にその身を任せた。

 下になった私はいく本の柱を割り、いくつかの石床を砕いて着地するモランの下敷きにされた。


 ―――腕が動かない。


 意識がもうろうとする中、私は麻痺毒に侵された左手を感じた。

 委縮した肺は徐々にその機能を取り戻していき、混乱した脳みそは鐘の音を認識し始める。そして思考が戻ってくる度同時に思い出した。


 アレックスッ! 


 激痛を忘れて起き上ると、目の前には血だまりに沈む彼女の瞳があった。彼女は息を絶え絶えしく震わしながら、必死に生きようともがき苦しんでいる。


 アレックスッ!


 私は叫ぼうとしたけれど、塔から落ちた衝撃でのどがまだ完全に回復していない。

 口から吹雪の風のような呻き声しか絞り出せなかった。

 麻痺の腕を引きずって、無事な方の手で彼女の手を握る。


 アレックス……どうか死なないで、アレックス…………。


 私の願いを運命は嘲笑ってか、アレックスの呼吸は徐々に数を減らしていき……

「あとはよろしく」

 と言っていたように口が振れていた血だまりを揺らしたのち、瞳の輝きと共に途絶えた。


 アレックスの死を確認すると、モランは私を担ぎ上げ、裏口に繋がる扉の前で下ろした。

 そして力なく横たわる背中に2本の注射をさした。

 瞬間、体の底から力が溢れ、今まで感じていた痛みや肉体の疲労が抜けていくのを感じる。


「鎮痛剤と強壮剤だ。片腕が吹っ飛んでも自力で基地に帰れるように開発されたドーピング薬ってところだな」

 起き上った私とモランは目を合わせた。彼の腕には見たことのない魔道具がはめられており、チカチカと光っていた。

「たった今、部下に合図を送った。ここに来るまで90秒といったところか……それまでにとっとと逃げるんだな」


 どうやら、私を生かしながら任務を達成する魂胆は本当だったらしい。

 私はアレックスの遺体のそばにいてやりたかったが、教会に響く軍人たちの足音を聞き、ホームズのことを思い出して思い留まった。この敗北でへし折られた私の心は保身に走り、その場からの逃走へと至らせた。



 血だらけでしびれた腕を引きずりながら、私は人が消えた夜中の帰路についた。

 後悔と敗北感に顔を涙でゆがめ、その場に倒れて泣き崩れては起き上がってまた泣き崩れるのを繰り返した。


 太陽が空を朱く染め、早起きの人々が現れるころになってようやく駐屯所に到着。

 私の脱獄によって一晩中警戒態勢を取っていた軍人たちは大慌てで私を拘束し、あらかた治療をしてからホームズの待つ牢へとぶちこんだ。


 それから釈放されるまでずっと、私は自分の無力さを呪い続けた。

 最後まで読んでくれてありがとう!

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 次回もお楽しみに!

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