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異世界シャーロック ―Another Sherlock―  作者: 朝霞 敦
『タスキギーの足音』事件
10/17

タスキギーの足音⑩

《マル秘情報⑨》

 もともと『探偵』は魔術研究の費用工面のために始まった職業(というより副業)だった。

 でも『探偵』で生計をたてるには研究する暇はなく、腕の良い探偵のほとんどは自分の研究テーマを持っていないのが現状である。本末転倒とはまさにこのこと。

 

 ホームズは気が向いた時に趣味の養蜂に関する研究と、魔術に頼らない捜査手法に関する研究をしている。それ魔術と関係なくね? とか言ってはいけない。

【第7区画労働組合広場 1号宿舎】

 アレックスから事情を聴くべく、私とホームズは急いで紹介した宿に向かった。

 魔力が乏しくて自動車が使えず、賭けにも負け続けで馬車に乗る金もない私たちは徒歩で向かう羽目になった。到着したころには太陽が空高く上り、街を行き交う人々は各々の仕事に励んでいた。


「全く、小銭も持ち歩いていないとは見損なったぞ、ワトソン」

 獣人の私に走って追いつこうとしたホームズはやりどころのない悪態をついた。


「今月の家賃を払ってくれって頼み込んできたのは誰でしたっけ? それに生活費を寄こせって私の有り金を全部持っていったのも」


「あの時は偶然金がなかっただけだ。ありがたいことに依頼も事件もなし、挙句の果てに破産した養蜂家から貴重な蜂がオークションにかけられたときた。俺と君の全財産よりも価値がある。相対的に俺たちはより多くの資産を有しているんだぞ。それにだ、金に関してはこないだ名案を思いついた。当面は考えなくていい」


「天才さんがそう言うんなら信じましょ。具体的にはどんな名案なのかしら?」


「拳闘に出場して格上と対戦する。そしてファイトマネーを全額自分に突っ込んで、勝つ。元金いらずでたちまち億万長者だ」


「なるほどねぇ。それで何勝したんでしたっけ?」


「2戦中……2引き分けだ」


「つまりお金を貰わずにただ怪我をしただけってことね」


「それは誤った認識だぞ。俺の理論は正しい。現に敵を打ち負かした、俺よりもはるかに優れた体格をしたオークや獣人たちを相手に取ってな」


「引き分けでしょ」


「引き分けじゃない。相手をノックアウトした瞬間に俺もノックアウトされただけだ」


「それを引き分けって言うんじゃない」


「どうやら俺と君とでは『引き分け』という言葉の認識に行き違いがあるようだな。どうかな、今日君は非番だし一日中『引き分け』について語り合おうか?」


「遠慮しておきます」


 そんな下らない話をしている内に目的地に到着した。が、そこには警察が陣取って宿を封鎖していた。今日はつくづく先回りにされる日らしい。


「ホームズじゃないか。今連絡を入れようとしたところだ、耳が早いな」

 背広を着た女性が私たちに話しかけてきた。特区警察の現場トップ、レストレード警部だ。100%人間とは思えないほど背が高く、何にも染まらない正義の証と言わんばかりの浅黒い肌、清廉潔白を体現したスキンヘッド、法の番犬と名高い鋭い瞳と言動、最近ホームズと子育てのストレスで太り始めた以外は理想の刑事そのものだ。


「おはよう、警部」

 流石のホームズも彼女に対しては愛想よく挨拶をした。

「実のところ、ここに来たのは偶然だ。今朝ワトソン君が友人にこの宿を紹介したというのでね。俺も彼女の同居人として挨拶をしておかないと、と思ったんだ。それで、何か事件か?」


 警部は頷いた。

「今日未明に匿名の通報があったんだ。指名手配犯がいるってな。そこで当直だった制服組が確保に向かったが、返り討ちにされた。重傷だったが命に別状はない。今は何か痕跡がないか調べているところだ」


「そうか、災難だったな。覗いてもいいか? ワトソンの友人が無事か確かめたい」


「いいとも、今宿泊客にモランが聞き込みをしているところだ」


 警部は制服警官に「通してやれ」とジェスチャーを送ると、私たちを規制線の中へと入れてくれた。


 聞き取りをしている刑事は私にとって見慣れない姿をしていた。

 顔に大きな傷を持っている色男の刑事の名前はセバスチャン・モランという。昔共に戦ったコモドトカゲの獣人と同姓同名の他人ではない。特区の治安強化のために軍から派遣されてきた、わが国初の公式な(・・・・・・・・)軍属獣人であり、優秀な刑事でもあるセバスチャン・モラン元軍曹その人だ。


「元気そうね、モラン」

 愛想よく挨拶をしながら、私は聴取されていた宿泊客を確認した。その中にアレックスの姿がないと確認すると

「ちょっと話したいことがあるの」

 彼の手を引いて人気のないところまで連れて行った。


「話ってなんだ?」


「指名手配犯の詳細を教えて。いつ登録されたの?」


「分からない。いつの間にかデータベースにあったんだ。今こそ公開されているが、制服組の全員見覚えがないと来た。何か知ってるのか?」


「私の知り合いなの。覚えてる? 南部戦線の捕虜救出作戦。あの時助けた捕虜の女性、アレックスに今朝会って、救貧院が燃えたからここを紹介したの」


「そのこと、警部に言ったか?」


「いいえ、貴方とシャーロックだけよ」


「そうか、なら良かった……」

 モランはホッと息をつくと、一歩歩み寄り声を潜めて言った。

「政府の人間が来てる。IDは保健局だったがあれは軍人だ、立ち振る舞いで分かる。そのアレックスが極悪人じゃなければ、なにか国と面倒ごとを起こしているぞ」


「非公式の人体実験を受けて戦場に投入されたのよ、彼女の存在は私たち以上にタブーに決まってるじゃない。なんとしても彼女を保護しないと」


「アレックス捜索は俺たちに任せろ。もし仮にWウィルスが関連しているとすれば、余計にお前を関わらせるわけにはいかない」


 モランの口ぶりからこの件に関しての警察の立場が何とはなしに分かった気がした。

「分かった。ならこの件は私たちと警察(あなた)たちとの競争ってわけね」


「ワトソンッ、話を聞いていたのか?」


「聞いてたわよ、一言一句逃さずね。お互いの仕事をしましょ」


 そう言って私はモランの厚い胸板をポンと叩くと「ワトソーンッ!」とわめきまくるホームズのもとへと向かった。

 モランとすれ違った際、甘ったるい香水の香りが私の鼻をつついた。

 最後まで読んでくれてありがとう!

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 次回もお楽しみに!

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