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命脈の手綱《下》







 * * *


 俺の目の前で身体の一部が花吹雪のように舞った。

 飛び上がった赤い血が少々顔についたようだがそれすらも気にならないほど綺麗だ。


 俺の短剣の刃は一切血に濡れずに、光沢を保っていた。

 つまり俺が()った訳ではない。これを起こしたのは誰なのかなんて一目瞭然だ。

 望まれた『罰』を下すために力を使い、意識を失っている彼を抱き上げる。この様子では当分目を覚まさないだろう。だからといってここに置いておくのも危険だ。


 俺はすっかり真っ暗になった夜を駆け出した。

 時々腕の中の彼が寝言を零しているようだが適当に聞き流して、黒に染まった森の中に入った。

 一点の光を目指して、ただ走る。


 「お役目ご苦労だったな、遼くん」


 走った先にあった馴染みのログハウスの扉を開けると、想像していた通りの声が聞こえた。近くにあるソファーに彼をゆっくり下ろすと隣の椅子に腰掛けた。長距離を走ったため足が尋常でないほど痛い()()()()。だが彼の体重に関しては軽すぎると文句を言わせてほしい。通常よりも遥かに軽すぎる。女子小学生と同じくらいじゃないか。まあ、そうある運命だと『彼』が言うのなら俺の否定に意味はないが。


 「で、今日の処理数は?」


 目を閉じたままの彼に黒白のボーダーのブランケットを掛けたジジィ―――通称『“山の神”の門番』は聞いてきた。処理、という言葉にチクリと痛みが走る。


 「およそ二十だ。堕ちていった奴は今日だけで三十超えだろう。 」


 用意されたホットコーヒーを口に含む。旨さより苦味が際立つそれに当たりようもない怒りをぶつけたくなる。


 「そうか。ここ数年では最高数だな。ちなみにだが、お前が処理した数は?」

 「今日はゼロだ。毎日のように俺が手をかけるなんてあってたまるものか。

 ――――――と言うより、俺が手に掛ける前にみんな自滅していくからな。己の闇に溺れて、罠にハマって、自分の望む『死』を再現していくんだよ。生きていることに意味を見いだせなくなった挙句、『嘘の幸せ』に身を投げるんだ。極めつけに記憶に蓋をして知らないふり、他人のせいにする。ああ、なんてシアワセなんだろうねぇ。 」


 甘みが恋しくなりミルクをチョロチョロと入れる。そうだ、この味だ。


 「この世界、どれだけ生きたいのに死ななきゃいけなかった人間がいると思ってるんだろうな。自身の愚かな欲を満たすだけに終止符打つなんて、昔じゃあありえねーだろ」

 「しょうがない。この世界、生きるのが当たり前なのじゃよ。生に縋り付く意味はもうとっくに薄れておる。それに脳を使うことが主流の、守られるはずの自由まで法によって奪われた今の若者にとって『生』は当たり前に呑まれているのだろうな。それは必然とも言える現象だ。 」


 ニヤリと口角を上げて指摘する。俺はその完璧っぽいその理論に対抗するすべをまだ持っていない。


 「お前は()()アレに未練はあるのか?」


 指差すアレを見る。オンボロ校舎が闇の中ひっそり呼吸をしているようだ。見るたびに感じるこの胸の痛みを未練だと言い切れる自信は、ない。


 「……我らの『山の神』はまだ起きないのか?」


 だから“俺”は話題をそらした。そして門番はそれを知りながらも話に乗っかった。


 「最低でも二日は目覚めないだろうね。あれだけの人数を堕としたのだから。 」

 「だよな。それもたち悪いのが無意識だってことだろ?」

 「そうだ。ちゃんと覚醒していないところが一番の難点でありシアワセだよ。 」


 俺はそいつの頭を撫でる。相変わらず寝言はうるさいが、彼が今この場に存在していることの証明のように思えて安心する。


 「 『死』を望む人間が集まる村、我らの通称『遼東(りょうとう)(いのこ)村』。

 そこから抜け出せるか抜け出せないかは――――――きっと、己の精神の強さと周りとの支えがあるかどうか、そして欲に忠実かつそれを切り出すきっかけがあるかどうかが関わるのだろうな。 」


 門番は笑う。


 「お前だって私だって未練があるからここに()るのみ。元はちゃあんと心の臓を動かして生きていた人間だよ。その時の感覚と叶えたいと願う欲が動力となり我らを支えているだけさ。 」

 「そうだな。 」


 脱ぎ捨てられた外套と真っ白な白衣。

 チェーンで縛り付けられていた真っ黒な懐中時計が床に当たる。


 「俺らは俺ら自身の価値を見つけ出すためにいるんだからな」


 向かい合ったそれらは――――――共に骸骨(ガイコツ)の姿をしていた。



 * * *






 * * *


 この村で一番真っ青な空に近い屋上で、二人の男子生徒がお弁当を広げる。まだ寒さが目立つこの時期にそこで好んで食べようとする人はいないようで彼らの貸切状態になっていた。

 早めに弁当箱の中を空にした彼はさも当たり前のように携帯を弄りだした。


 「ねぇ、遼。また村の人たちが死んじゃう事件があったんだって。内容はーっと――――――え。 」

 「どうした」

 「えっと、ね。三日前にまた事件があったんだって。内容は、す、数時間以内にバラバラの場所で合計三十六人の人が亡くなっていたらしくて。死因も一定しないし、その内の二十二人は、うちの学校の生徒で――――――」


 彼は口元を押さえた。その時のことを思い出してしまったのだろう。()()な彼には刺激が強かったに違いない。


 「遼。 」

 「なんだよ」

 「俺、その日のことなんにも覚えていないんだ。自分がどこにいたのか、何をしたのか、何があったのか――――――ぜんぶ、わかんないんだ。 」


 落ちる直前まで目に涙を溜めて呟く。

 『遼』はまだ残っている弁当箱の蓋を閉め、恐怖で震える彼の背を(さす)った。


 「大丈夫だ。恐怖に惑わされる必要はねぇよ。 」


 慰めるには不十分に思える乱暴な口調で彼に言った。


 「どれだけの人が死んでもお前は生きるんだ。どんな時でも自分自身を忘れるんじゃねぇ。

  『死』を気にするなよ。お前は『生』だけを見ていれば良いんだよ。 」


 そうなのかな?と聞く彼。わからないとばかりに頭を振る。

 その様子に『遼』は笑った。


 「そうだ。それ以外のことは俺に任せておけ。自分のやりたいことに忠実に生きろ。

 ――――――――――――そうだ、忘れていたが今度真っ白で綺麗な景色を見に行くか。お前の好みに合いそうな風景だぞ。 」

 「わあ!それはとても良さげだねぇ。じゃあ、楽しみにしておこっかな」


 緊張していた頬が緩んだ。


 「そうしておいてくれ。俺も全力を尽くすからな。――――『(とう)』。 」



 遼の懐に仕舞われた二本の漆黒の短剣。

 彼の笑顔に笑いながら、側面にそっと触れた。



 タイセツナヒトにウラギラれるクルシミヲ、

 ムナモトにササるホウチョウヲ、

 ソコからナガレる血ヲ、

 アクイにミチたメヲ、


 オマエハシラナクテ、イイ


 リカイスルノハ、

 アジワウノハ、

 オレダケデジュウブンダ。


 ソノキョウフハゼッタイ二、()()()()()()()()()()()チカヅカセナイ。













 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・



 To fulfill the underlying wish


駄文を読んでくださりありがとうございました…!

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