ルーンゲルド その4
「――以上が事の顛末の仔細にございます。陛下」
玉座の間にて肩膝をついた副団長ラウゼルは、国王への報告を終えた。
俄かには受け入れ難いその報告を飲み込むために、ルーギンスは少しの時間を要した。
しばしの沈黙の後、ルーギンスは沈んだ声で言った。
「賢人ルーンゲルドともあろう者が、なんと愚かな行為をしでかしたものじゃ」
ラウゼルは王の心情を正確に捉えた。
「心中、お察し申し上げまする」
「そうじゃな。ラウゼルよ、おぬしも立場は違えど彼の者を信頼していた者のひとりじゃ。胸中複雑であろうな」
「はっ。誠に残念でなりませぬ……」
「うむ……。じゃが勇者召喚は許されぬ行為じゃ。強制召喚は禁断魔法たる理由の片面にしかすぎぬ。ルーンゲルドは何故もう片面に思慮が及ばなかったのか」
「陛下、それはどういうことでありましょうか?」
「おぬしもこの国では力あるもののひとりじゃ。なれば想像してみよ。おぬしほどの者がいまの生活の全てを投げ打ってでも、見も知らぬものの呼びかけに見返りもなく応えるとすれば、どのような場合であるか」
「それは……私には考えも及びませぬ」
ラウゼルそう答えたが、本心ではわかっていた。
しかしそれを口にすることはできなかった。
まして仕えるべき国王陛下を前にしては口が裂けても言葉にできるものではなかった。
「言えぬか。ふむ、少し意地が悪かったかの」
「滅相もありませぬ。陛下」
「じゃが、そういうことじゃ。理由はいろいろあるじゃろうがな。共通して言えるであろうことは元の世界に不満があり、新しい世界に夢を見ておるということじゃ。そして求められれば今いる国、世界を捨てられるという事なのじゃよ。それは凡そ忠誠心とはかけ離れた行為よ」
ラウゼルはルーギンスの言わんとすることを理解した。
強制召喚が召喚される側のリスクとすれば、もう片面は召喚する側のリスクの事だ。
それはつまり、召喚された力のある者が、この世界の秩序を乱すリスクになるという事だ。
彼等はこの世界の住民ではない。当然、愛国心など欠片も持ち合わせてはいないのだ。
ましてやいざとなれば国を、世界すらも捨てられる者達なのである。
勇者召喚の呼びかけに応える事こそが、その者が信頼できないことの証左となる皮肉。
「勇者が夢を裏切られたと思えば、我々に反旗を翻す可能性があるというわけですな」
「その通りじゃ。力あるものが集えば必然的に脅威はあがる。その者たちの手綱を握っていられるうちはよいであろう。じゃが、魔界を滅ぼせるほどの力となれば、力及ばぬ我々に扱いきれる道理がないのじゃよ」
「……ルーンゲルド団長の計画は初めから破綻していたのですな」
「連綿と繰り返される天魔戦争が闇深く、そして勇者ダスティンがこの世界にとってあまりにも眩し過ぎたのじゃ。ケフストラト家は光を妄信し過ぎたあまり、逆に呪いとなってしまったのじゃな。1000年前、人々はわかっていたのじゃ。かような者は2度と現れぬとな」
だからこそ禁断魔法とし、その魔力図を永遠に葬り去ったのだろうとルーギンスは続けた。
そして悲しみを湛えた瞳に力を込めて言った。
「沙汰を申し渡す。大罪人ルーンゲルドには法に則り、死を。召喚されし勇者には出来る限りの当人の希望に沿う生活保護を与えよ」
「っ! ……ははっ!」
「ラウゼルよ、後をおぬしに任せてしまう余を許してくれ。余はもうルーンゲルドの顔を見るのが辛いのじゃ……」
最後の言葉を力なく残し、玉座から退席する国王を見送りながら、ラウゼルはルーギンスがどれほどルーンゲルドに信を置いていたのかを察した。
その落胆と、それでも尚、等しく沙汰を下さなければならない重責と心労を僅かばかりでも感じずにはいられなかった。
そしてこの後、自分も同じように振舞わなければならない事を思うと、両肩がずっしりと重く感じたのだった。
――後日、城内の軍法会議室にて簡略的な裁判が行われた。
そこには宮廷魔術師団と王国騎士団の大隊長以上が、例外的に武装して参加していた。
それはひとえに、ルーンゲルド単身の脅威を正しく推し量った結果であったと言える。
「被告人を前へ!」
裁判官席に座る副団長ラウゼルが発すると、拘束されたルーンゲルドとレンジが数名の兵士に連れられて入室し、被告席へ立たされた。
ルーンゲルドは両手の拘束の他に、魔力を強制的に奪う魔道具を枷せられていた。
これは人が活動するために必要最小限の魔力を残して奪い続ける古くからある魔道具であり、より拘束力を高めるように改良されたものであった。
そして皮肉な事にルーンゲルドが改良に携わったものでもあった。
被告人席から辺りを見回し、その場に国王の姿が見えないことに気づいたルーンゲルドは、ここで初めて焦りを見せた。
「ルーギンス陛下はいずこじゃ!」
「静粛に! これは裁判である。勝手な発言は慎まれよ!」
「ぐぬっ……!」
ラウゼルは裁判の形式に則り、聞き取り調査と宮廷魔術師達による現場捜査で得た情報を元にまとめた一連の騒動の経緯を順を追って話し始める。
そして本来であれば被告人の申し開きのための時間を省略し、判決を言い渡した。
「大罪人ルーンゲルドはこの国の法に則り、極刑とする。また、召喚されしレンジ・カナムラサキにはこの国の住民権と可能な限りの生活保護を与えるものとする。以上の判決を以って裁判を閉廷とする!」
「なんじゃとッ!? そんな馬鹿なッ!! これは一体どういうことじゃ! ラウゼル、おぬしでは話にならんッ! ルーギンス陛下はどこじゃ! 陛下ならばわしの考えをわかってくださるはずじゃ!! これはこの国の、この人界のためなんじゃぞ!!」
「団長……いや、大罪人ルーンゲルド。陛下は酷く心をお痛めである。いえ、陛下だけではありませぬ。この私も、部下達も! あなたは皆の信頼を裏切ってしまわれたのですぞ!! 師として尊敬していたあなたのそのような見苦しい姿は私も見たくはありませぬ! 兵士達よ、さっさと連れて行け!!」
「「はッ!」」
それはラウゼルの本心からの叫びであった。
彼はこれ以上、ルーンゲルドの前に立っている事に耐えられなかったのだ。
ゆえにルーンゲルドの声を完全に塞ぎ、結果として彼に申し開きの猶予を一切与えなかった。
「ぐ、馬鹿なァ!!」
「おい、じーさん! まじでどうなってんだよ!? 俺との約束はどうなるんだ!!」
引きずられるように退室させられる2人を見送り、責務を全うしたラウゼルには晴れやかさなどなく、その表情は疲労感と喪失感に染まっていた。
ルーンゲルドには国王陛下に直談判さえ出来れば、言いくるめられる自信があった。
それは彼がまだ若かった頃、幼かったルーギンスの教育係を務めていた経験からくる、彼なりの自負であった。
計画では裁判の申し開きの場で王を説き伏せ、強制ではない勇者召喚ならば違法性はないと認めさせる予定であった。
そして新しい勇者召喚の有用性を雄弁し、王の許可を得て国家戦略として新しい勇者召喚の魔法を使った最強の魔法師団の設立へと未来を繋げる予定であったのだ。
しかし彼は読み違えてしまった。
彼の言う事をよく聞いていた幼いルーギンスが、いまは私情に流されず国を背負う重責に耐えうるだけの強さを身につけていたことと、ルーギンスがいかにルーンゲルドを信頼していたか、その深さを量り間違えてしまったのだ。