ルーンゲルド その3
青く光り輝く発動中の大きな魔力図の前でルーンゲルドは焦燥感を隠さず、右往左往しながら落ち着かない様子で待っていた。
「まだか、まだ来ぬのかっ!」
オリジナルの勇者召喚はこの世界の外から無選別に、かつ強制的に空間転移させるものであったが、彼が完成させた新しい勇者召喚は選別的かつ、相手の同意を得るものである。
該当者が見つかるまでに時間を要することは自明の理であった。
しかし彼は自分に残された時間がそれ程多くないことを知っていた。
この国の頂点にして至高の魔法の才を持つルーンゲルドにして、その資質を認めた唯一の人物。
ラウゼル副団長の存在があったからである。
「才能と熱意にほだされ、彼の者に空間転移ゲートの魔法を伝授したのじゃが……こうなっては失態じゃったかもしれぬのう」
言葉とは裏腹に、その表情は満足気であった。
それはルーンゲルドに血縁者がいないことが要因として大きかったのだろう。
この世界の命に対する厳しさは万能の魔法の下に於いては明らかに異質であった。
だからこそ、彼は魔法を極めるほどに確信していったのだ。
それはこの世界を作った神が定めた摂理であると。
神の力が相手では、いくら魔導を極めても己の寿命から逃れる術はない。
いつか終わる命を前にして、異才を持つ彼も多くの凡人同様、自分の生の証を求めたのだ。
そのような時にラウゼルという最高の後継者を得たのである。
ラウゼルはルーンゲルドが与える魔法の知識と経験をみるみる吸収していった。
そしてルーンゲルドは期待以上のラウゼルの器に、自身が持つあらゆる知識を注ぎ込むことを決意したのである。
それは今日に至ってほぼ達成されていた。
「ラウゼルがこの場所を特定し、空間転移ゲートで直接乗り込んでくる迄に、召喚に応じる勇者がおらねばこの計画は終いじゃ」
準備には手を尽くすことができたが、この1点に於いては賭けであった。
しかし強制召喚では意味がないのだ。
新しい勇者召喚を国王に認めてもらわなければ、本来の計画を実行することができない。
気を揉みながらうろうろと歩き回っていると、魔力図上に光が集結していった。
「き、来おった!」
集結した光が人型を形成すると、魔力図の消失と同時に砕け散った。
そこにはこの国のものでない衣装に身を包んだ、ぼさぼさで長い黒髪の、色白で細身の十代後半と思われる青年が立っていた。
ルーンゲルドは高鳴る胸の鼓動を抑えながら、努めて冷静に思考を巡らせた。まだ魔法が成功したとは限らない。
「じーさんが俺を呼んだの? つか、言葉通じんのかこれ」
青年が話しかけてくるが、ルーンゲルドは焦りを覚えた。
それはまだ言語通訳の魔法を使っていないにも関わらず、青年の言葉が理解できたからだ。
先祖の手記では、過去に呼び出された勇者達は例外なくこの世界とは異なる言語を使ってくるため、この魔法が必要だと書かれていたのだ。
脳裏に過ぎる『失敗』の2文字。額を冷たい汗が流れ落ちた。
「俺が言ってることワカリマスカ?」
「つ、通じておるわい。その通りじゃ、おぬしを召喚したのはわしじゃ」
「おお! すっげ、会話できるじゃん! あれか、異世界言語翻訳のスキルとか!? ひょ~」
飛び跳ねて喜ぶ青年を見て、ルーンゲルドは少し落ち着きを取り戻す。
「わしはこの国、ラザーニ王国の宮廷魔術師団団長のルーンゲルドじゃ。おぬしの出身と名を教えてくれぬか」
「へへっ、俺は金群崎煉滋。日本の東京在住だ」
青年の口から発せされた明らかにこの世界に文化のない名前と、聞いた事がない地名にルーンゲルドの内にあった一抹の不安は消え去った。
(言葉が通じる不可解はあるが、異世界からの召喚は成功したとみて間違いないじゃろう。残された問題はただ1つじゃ……)
「じーさん宮廷魔術師団の団長ってことは偉いんだろ? あんたが俺に魔法を教えてくれんのか?」
「そうじゃ。じゃがその前におぬしの資質を確かめさせてもらうぞ」
ルーンゲルドは青年の手を取ると瞬く間に診断魔法を構築・発動した。
「うへぇ、なんか流れてくる。きもちわるっ」
「我慢せい。魔力を通しておぬしの適正を観ておるのじゃ」
「ふーん。これが魔力ってやつか。で、どうなんだ? 俺の適正ってやつは」
「……予想以上やもしれぬ。おぬしの魔力総量はわしと同程度もあるようじゃ」
「なんだよ、同じくらいって微妙~。圧倒的に上じゃねーのな」
「愚か者めがっ! このわしは国で一番の大魔導士と呼ばれておるのじゃぞ!!」
「だってよぉ。異世界転移だぞ? もっとチートな力があるべきじゃね?」
「意味のわからぬことを……。それよりもじゃ。改めて問うが、おぬしはわしの計画に助力するということで相違ないのじゃな?」
「最強の魔法師団を作って魔界を滅ぼす手伝いだろ? へっ、俺に任せろよ。ただし、じーさんの魔法を全部教えてくれるんだよな?」
「無論じゃ。ラウゼルにすら伝えておらぬ、裏も含めたわしの持つすべての知識をおぬしに授けようぞ!」
不敵に笑う2人だったが、悲願の魔法の成功に酔いしれていたルーンゲルドには気づけなかった。
レンジ・カナムラサキの瞳に微かに宿る邪な光に。
「2人共動くな!!」
突如として現れた空間転移ゲートの中から、ラウゼルを筆頭に十数名の宮廷魔術師団員が隠し部屋の中へと雪崩れ込むと、慣れた動きで2人を取り囲んだ。
「流石はラウゼル、思っていたよりも早くここを突きとめおったようじゃ」
「あ? じーさんの知り合いか?」
「その青年は……? ルーンゲルド団長、事の真意が明らかになるまでその身を拘束させていただきますぞ」
「無論、そうじゃろうな。逆らいはせぬ。連れて行くがよい」
「おい! じーさんどうなってる!?」
「うろたえるでないわ! すべては計画通りじゃ。無駄に痛い思いをしたくなければ素直に従うのじゃ」
「ちっ、一体なんだってんだ」
その夜、2人は拘束され城の地下牢へ収容された。
後日の取調べにより、ルーンゲルドが禁断魔法を使用した事が判明する。
取調べを担当した者によれば彼は隠す気などさらさらなく、揚々として新しい勇者召喚の魔法について語ったという。
宮廷魔術師団団長が犯した罪は、その目的と共に副団長ラウゼルの手によってまとめられ、国王ルーギンス・フォー・ロンブルク陛下の知るところとなった。