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ルーンゲルド その10

 エルガンにしてみれば迷宮やダンジョンとは、言ってみれば極小の魔界であった。


 そして例外なく迷宮やダンジョンの魔物は、倒しても倒しても数ヶ月から数年もすれば、どこからか新しい魔物が生まれ、また元通りになる。


 しかし魔素の発生原因についてはいまだに何1つわかっていないのだ。


 エルガンも若い頃は他の冒険者と同様に、それが尽きない財宝の山のように思えて喜んでいたものだが。


「魔界を滅ぼすなど不可能だな」


「おぬしは諦めておるのか! この先も延々と天魔戦争の犠牲者を出し続ける事を容認するのか!!」


「そうではない! だがいまは無理だ」


 少なくとも魔素の発生原因が判明するまでは、魔界へ攻め込んでも冒険者がダンジョンへ潜るのと同じ結果だろう。


 戦場が人界から魔界へ変わるだけで、遠征という負担が増えるだけで、望む戦果は得られないだろうと、エルガンは考える。


「ならばどうすれば終わるのじゃ! いつなら攻め込めるのじゃ!!」


「もっと多くの魔界の情報が必要だろうな。お前が持つ先祖の日記には魔素の発生原因について言及があったか?」


「魔素じゃと? 人界で知られている以上の事は特になかったわい。じゃが何故そこで魔素がでてくる?」


「魔素を止めねば魔物は生まれ続けるからだ」


「おぬしの言う通り、魔素が魔物を生む。じゃがその全てを抑える必要などないのじゃ。よいか? 魔界とは知性のある一部の強大な力を持った魔物によって支配される、絶対的な縦社会なのじゃ!」


「知性のある魔物……それに社会だと?」


「……七大魔王セブンス・カタストロフィ。1500年前にその1柱が勇者ダスティンの手によって討たれ、いまや6匹となった魔界の頂点たる絶対支配者。奴らを倒せば天魔戦争は終わるのじゃ!!」


「無駄だな。倒したところでいずれ復活するか、代わりの者が現れるだろう」


「無論、復活せぬとは言い切れぬ。じゃが! 復活せぬ可能性はあるのじゃ。少なくとも勇者ダスティンに討伐されてから1000年。その空席は埋まっておらんかったのじゃ! 七大魔王セブンス・カタストロフィの討伐こそが開放の鍵なのじゃ。そしてその偉業はダスティンの如き異世界からの勇者の手によってのみ達成可能となるじゃろう!! わしに協力せよ、英雄エルガン・エスカフォードよ! 共にこの呪いを討ち祓い、人界に安寧の平和をもたらそうではないか!!」


 逡巡してエルガンは静かに首を横に振った。


「勇者召喚は俺達を救いはしないだろう」


「ぐっ!? おぬしもか! おぬしもわしの勇者召喚を否定するのかッ!!」


 ルーンゲルドは3つの魔力図を大きく展開すると、その怒りを体現するかのように巨大な火球を放った。


 軌道制御された巨大な火球は湾曲した軌道を描きながらエルガンの正面と両側面へ回り込むように飛んでいく。


 エルガンは左手で鯉口の留め金をパチリと外すと鞘の封印を解除した。


 柄を握った右手ですらりと剣を引き抜く。


 幅広で、明鏡の如き、その青みを帯びた漆黒の両刃の刀身には、ラザーニ城上空に輝く星星の光が映りこんで見えた。


「その火球は物理では防げぬわい。斬れば剣ごと全身が燃えあがるぞ?」


「普通の剣なら、そうだろうな」


 エルガンは正面から迫る火球を唐竹に斬って捨てる。


 続けて両側から迫る火球を巻き込んで、その場で回転しながら一瞬の内に真一文字に3回斬りつけた。


 3つの巨大な火球は、まるで剣の刃に吸われてしまったかのように消え失せた。


「な、なんじゃとッ!! 魔法を斬った、じゃと!? まさか……まさかそれは!」


「神器『夜空ノ祈リ子』。無形魔法を斬れる剣だ」


「ぐぬぬ……。よりにもよっておぬしの手にそれが握られておるのか!!」


 空間転移ゲートの魔法は間もなく構築を終える。


 ルーンゲルドはあと少しの時間を稼ぐため、畳み掛けるように構築済みの魔法を放ち続けた。


 岩や氷、水や火に風、時に複数の属性を混合した射出魔法を繰り出しながら、その影に潜めて脱力や加重の魔法を放つも、エルガンの神速の剣によって弾かれ、神器の力でかき消される。そして状態異常の魔法は動物的な勘によって避けられた。


 やがて追い詰められ、接近を許してしまったルーンゲルドは、拘束魔法を放つと同時にエルガンの蹴り足をまともにその身に受けた。


 吹き飛んだルーンゲルドが宮廷魔術師団の宿泊棟の壁をその衝撃で破壊する。


 周囲に集まってきた宮廷魔術師ごと風魔法で瓦礫を吹き飛ばすと、ルーンゲルドは怒りの形相で再び上空へ舞い戻った。


「はぁ……はぁ……、ぐぅ、おのれぇ……!! 冒険者風情がぁ!!」


 ルーンゲルドは完全に攻めあぐねていた。


 大魔法を紡ぐだけの時間さえあれば、神器を手にしていたとしても力押しでエルガンに傷を負わせる事が出来たかもしれないが、すでに大魔法級の空間転移ゲートの魔法を紡ぎながらで、さらに前衛がいないこの場に於いては望むべくもなかった。


 それに王城を破壊することも、巻き添えで城の兵士を傷つける事も、どちらもルーンゲルドが望まぬことだった。


 しかしルーンゲルドは別にエルガンに戦闘で勝つ必要はないのだ。


 当初の目的を思い出し、ルーンゲルドは怒りの感情を必死に沈める。


 空間転移ゲートの魔法の構築はもう終わった。あとは発動に必要な魔力の注入と、ゲートの大きさと開く位置を決定するだけだ。


 そしてレンジを連れて遠方へ逃げおおせればルーンゲルドの勝ちなのだ。


 魔力図の構築に注げるリソースが大幅に増えたルーンゲルドは強力な風魔法といくつかの魔力図を構築する。


「なかなかタフだな。物理防御魔法か?」


 拘束魔法を筋肉の力で破り、エルガンがルーンゲルドの眼前に迫る。


「自慢ののう。わしを傷つけたくば竜種の魔物でも連れてくることじゃ!」


 ルーンゲルドは不利を承知であえて接近戦を受け入れた。


 筋力強化と物理防御魔法で身を守り、エルガンの剣に打たれながらも近距離で魔法を放ちながら肉薄する。


「硬いな。だが!」


 エルガンの剣撃が鋭さを増していく。


「ぐっ、ぬうぅ! いままでは手を抜いておったのか!」


 物理防御の魔力図に小さくヒビが入りだす。


 間もなく魔力図は砕け散り、魔法は消失するだろう。


 エルガンの剛剣の前に生身を晒す事を想像してルーンゲルドの背筋に冷たいものが流れた。


 予想外の事に焦りながらもルーンゲルドは魔法の構築を急ぐ。


「殺してもいいと言われているが。できれば生け捕りにしたいからな」


「このわしを舐めおって……じゃがッ! その甘さが命取りじゃわい!!」


 物理防御の魔力図が砕け散るのと同時に、ルーンゲルドは光の魔法を発動する。


「むっ!?」


 続けて拘束魔法を放ち、目をくらませているエルガンを縛りあげながら暴風の魔法を発動した。


 さながら1匹の竜といった様相の暴風が大きく展開した魔力図から飛び出た瞬間に目の前のエルガンに喰らいつく。


 高速に螺旋を描きながら激しくうねる暴風が、その鎌首の先にエルガンを咥え込んだまま騎士団の宿泊棟へ突き刺さった。


 轟音と共に宿泊棟の壁を大きく吹き飛ばした後も、暴風の竜はその身を削りながらエルガンをその場に押しとどめた。


「神器の前では長くはもつまいて」


 屋根の上で呆然とするレンジの前に降り立ったルーンゲルドは、すぐさま空間転移ゲートの魔法を発動する。


「さっさと入るのじゃ! 逃げるぞ!」


「お、おお。じじいもなかなかやるじゃん」


「まったく、エルガン・エスカフォード。噂どおりの怪物じゃったわい……」


 空間転移ゲートに片足を踏み入れ、気が緩みかけたその時。


 ふと首筋に悪寒を感じて、ルーンゲルドはなんとなしに後ろを振り返った。


 直後、左顔面に走る熱い衝撃!!


「ぐっ!?」


 反射的に顔を抑えた左手があっという間にびしゃびしゃに濡れた。


 熱いものが、ワイングラスを倒したように勢いよく腕を伝って流れていくと、肘の先からぼたぼたと滴り落ちる。


 確かめる指先からいつもと違う顔の形を感じ取った時、燃えるような激痛が顔全体を包み込んだ。


「ぐああああッッ!!」


「どうしたじじい? げっ……!」


 ルーンゲルドは半分塞がった視界でレンジを押しのけ、転がり込むように空間転移ゲートを潜り抜ける。


「うぐ、ぐうぅ~ッ、な、何事があったのじゃ!?」


 閉じていく空間転移ゲートの向こう。王国騎士団の宿泊棟に空いた大穴に立つ、両手持ちで剣を振り切った姿勢のエルガンが見えた。


「ま、まさかあそこから斬ったとでも、いうのかッ!? ぐ、ぐああああッ!!」


 どうすることもできずに立ち尽くすレンジ・カナムラサキの前で、辺りに血を撒き散らしながら激痛に苦しんだルーンゲルドは、血を流し過ぎたせいかやがてその動きを止めた。




 空間の亀裂が閉じて消失したのを見届けたエルガンが剣を鞘に納めると、王国騎士団の団長がその傍らに立った。


「すまんな。取り逃してしまったようだ」


「構わぬ。お前にできなかったのなら、この場の誰にもできなかっただろう。遠目であったがかなりの深手とみる。大魔導士とて魔法では傷は癒せぬのだ。逃げ延びた所でおそらく長い命ではないだろう」


 僅かだが手応えはあった。エルガンは静かに頷いた。


「……これでよかったのだ。ルーギンス陛下もラウゼル副団長も彼の者の最後を見取るのは辛いことであっただろうからな」


 エルガンは旧友の悲しみを湛えた瞳の中に小さな安堵の光をみた。


 空が暁に染まる頃、騒々しかったラザーニ城は次第に落ち着きを取り戻していった――。




 翌日、大罪人ルーンゲルドはその罪を購って死去したと告知された。


 兵士達の間でルーンゲルドに王への叛意があった等、様々な憶測が噂として流れたが、事情を知る者達は身勝手な噂に憤りを感じても是正する者は殆どいなかった。


 それはひとえにルーンゲルドに対する落胆と、擁護できない自身との葛藤の表れだったのかもしれない。


 斯くして、ルーンゲルドの計画はその命と共に水泡に帰したと思われた。



 ~ 『神の一滴ひとしずくの涙』本編へつづく ~


 個人的に人生経験を積んだ強いおっさんも好きなんですよね。(自分が読みたいから)エルガンについては話を膨らませたい気持ちもあったりなかったり。まぁいずれにしても本編が終わるまでは無理ですね(´v`ゞ余裕ない;


 さて、サイドストーリーとしては他に、本編1話を投稿した時点で途中まで執筆してあって、そのままおいてあるものがあったりします。


 ただ内容的に本編完結後でないと出せないものなので、もし出すとしても当分先になりそうです。


 ですので、『SideStory』はここで『完結』にしたいと思います。




 ◆以下、お肉の戯言。


 本編も予定では100話前後で終わる予定だったんですが、気がつけば73話(※20210926時点)。


 しかもまだ王都を出ていないにも関わらず、この場所で書きたいことがまだまだ残っています。


 このペースだと当分終わりそうにないですね……きっと時間が経つと、またプロットにない書きたいことが出てきてしまうと思います。


 ここまで読んでくださっている方は、拙い私の文章でもそれなりに楽しんでくれている人たちだと思います。ありがとうございます。


 本編含めブックマークや評価を下さった方もありがとうございます! すごく励みになっています。感謝('-'*♪


 時間が経って冷静になれたときに読み直して、説明的だなぁとか、これは書かなくてよかったなぁとか、角度を変えて表現した方がよかったなぁ等、反省しては次のお話に活かせるようにと苦心する日々ですが、少しずつでも読みやすくなっていたらうれしいです。


 SideStory、本編共に思わせぶりなフラグやヒントを散りばめていますが、私が初めて書いている小説ということもあって、こんな調子では回収できずに完結しないのではと心配をされている方もいらっしゃるかもしれません。(”エタる”っていうらしいですね?)


 フォローになるかわかりませんが一応伝えておきますと、本編1話を投稿した時点で最終話から遡って5話分は既に執筆を終えていますし、大雑把ですがプロットも作っています。


 最後まで書ききるつもりですが、もしも続けられなくなってしまった場合でも、この最終5話は必ず投稿する事をお約束します。


 ここには一部を除いて全ての答えが記されています。少なくともメインストーリーに関するモヤモヤは解消されると思いますので……。


 もちろん、そうならないように頑張っていきたいと思っていますよ!d('v'*


 それでは引き続き、本編をおたのしみください♪


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