ルーンゲルド その1
本編は一人称視点で現在執筆中ですが、こちらは初めての三人称視点になります。(私にはこの話を一人称視点では表現できませんでした(TдT)
視点がわかりづらいところがあるかもしれませんが、何分小説を書き始めて数ヶ月の若輩オブ若輩です。生暖かく見守っていただけたら幸いです。
舞台は本編のサブタイトル『禁断魔法』から5年ほど遡ったラザーニ城です。
それでは、おたのしみくださいませ('-'*
夜の帳に包まれた王都ラザーニの中心に建つ巨大な城は、夜勤の警備兵を残して皆が寝静まっていた。
王宮からわずかに離れた位置に建つ、宮廷魔術師団が住み込む寮棟の最上階の自室に、団長ルーンゲルドはいた。
「いよいよじゃ……!」
呟いたひとり言は自制心によって強く抑えられてはいたものの、聞いたものにその湧き上がる高揚感を感じさせるものであった。
彼の眼前に濃密で複雑な、大きな魔力図が尋常ならざる速度で構築されていく。
展開を終えた魔力図が黒く青い光に輝くと、その場の空間が音もなく大きく裂けた。
――離れた2つの空間を繋げる高等魔法。空間転移ゲートの魔法だ。
ゲートが繋ぐのは、王都の地下にさながら迷宮のように複雑に入り組んだ下水道網の一角。
彼だけが知る隠された秘密の部屋であった。
揚々として、ルーンゲルドがゲートの中へ足を踏み込むと、役目を果たした空間の亀裂はゆっくりと閉じていくと静かに消失した。
転移先で暗闇に立つルーンゲルドは、慣れた手つきで魔法を発動する。
紡がれた魔法によって生まれた小さな火は元気に闇の中を駆け回りながら、けれど正確に、無数の蝋燭に火を灯していった。
間もなく、暗黒で満たされた空間に石材のブロックで囲まれた薄暗い部屋が浮き上がる。
生活感のないその広い部屋には古い書物が並ぶ本棚と、1セットの机と椅子。それと何かが山積みにされている大きな木の箱が2つあるだけだ。
壁には窓も扉もなく、一見すると完全な密室だった。
「ようやく、ようやくじゃ。まったく特級魔法とは馬鹿げた大喰らいじゃわい。発動に必要な魔力量を貯めるのに魔核ではロスがあるとはいえ、1年以上もかかったわ!」
ルーンゲルドは懐から彼の魔力を注ぎ込んだ大きな魔核を取り出し、木箱の1つに積み上げると、同様にして集めた2箱分の魔核の山を前に感慨深く呟いた。
「尤も、わしほどの魔力量でなければ1年でも足らなかったじゃろうがのう。ほっほっほ」
どのようなものであれ、目に見える成果というものはわかりやすく満足心を刺激してくれるものだ。
大魔導士と呼ばれ、この国の魔法使いの頂点に立つ彼にとってもそれは等しく同じだった。
ルーンゲルドは椅子に腰掛けると、机の上に乱雑に広げられた紙の束を手にする。
何度も何度も手に取っては思案し、手直しを加えてきた新しい魔法理論。
熟考に熟考を重ねたそれをいま一度確認する。
元来、慎重派の彼だが、計画の実行を前にここまで念を入れる事には理由があった。
それはこれから行う事は国を問わず、この世界では重罪にあたる行為である事を熟知していたからだった。
常人を遥かに超越する魔力量を有するルーンゲルドが1年がかりで貯めた魔力を一度に消費するような大魔法なのだから、発動すれば少なく見積もっても、王都の住民にはその瞬間に知れ渡るであろうことは容易に想像がついていた。
まして彼の優秀な部下達は、確実に魔力の波動とその根源を感知する事だろう。
「失敗はできぬ。失敗すれば次はもうないのじゃ。じゃが! もし成功すればこの人界に訪れる太古より連綿と続く災厄を完全に取り払う事ができるやもしれぬのじゃ!」
何度見直しても手の中の紙に記された魔力図に欠点やミスは見当たらなかった。
それでも一度の実験も行えないまま、ぶっつけで本番に挑むことを彼の慎重さが躊躇させる。
ため息をついて紙の束を置いたルーンゲルドは、古ぼけた1冊の日記帳を手にした。
「この理論は正しいはずじゃ。そうじゃろう? 我が偉大なる先祖ミューゼよ!」
それは彼の家系に代々引き継がれてきた秘蔵書のうちの1冊であり、彼がその使命に目覚めるきっかけとなった1冊であった。
その内容たるや、ルーンゲルドにして驚愕の内容であった。
500年ほど昔の彼の先祖であり、この日記の筆者であるミューゼ・ケフストラトは人の身で魔界に入り、そして生きて人界へ戻って来たと記されていたのだ。
魔界に行って帰ってこられた人間など、ルーンゲルドの知る限りではただのひとりもいない。
おそらく歴史上もいないはずだった。だから俄かには信じることができなかった。
日記には数年に渡る魔界での隠匿生活が主として記されていたが、後半は殆どがそこで知り得た新しい魔力図についての考察で埋め尽くされていた。
そして人界へ戻ったあとの日々についても日記は続く。
帰ってきたミューゼは魔法学園のある王都ラザーニに居を構えたようだ。
そして学園の図書館へ足繁く通いながら、魔界で集めた魔力図と人界で集めた魔力図、そして無数の魔術書を数十年がかりで読み解いた彼は、ついに失われた禁断魔法、勇者召喚の魔力図を復元してしまう。
人の身にしては長生きをしたミューゼであったが、やがてその命を燃やしつくすと彼が生涯をかけて復元した勇者召喚の魔力図と、彼が目指した真の目的はその子孫へ受け継がれることになる。
それからミューゼの子孫は代々、ケフストラトの姓を継ぐ者がこの隠し部屋で彼の意思を継ぎ、密かに目的の魔法の研究を重ねてきたのであった。
魔法の資質に恵まれなかったルーンゲルドの祖父が研究を諦めてしまうまでは――。
実父の死をきっかけに、この隠し部屋の存在を知る事になったルーンゲルドは、この日記を初めて手にする事になる。
そして本棚の中の無数の研究資料に目を通した時、日記に記されている事が全て真実であると悟ったのだった。
かくして、一度は途切れてしまった偉大なる先祖ミューゼの意思は、大魔導士と呼ばれる希代の魔法使いの子孫の手に委ねられ、数代に渡った研究は今日、ここに完成をみようとしていた。
しばらく感慨に浸っていたルーンゲルドは、閉じた瞼をゆっくりと開くと日記帳をそっと机に置いて立ち上がった。
魔核を積み上げた箱の前へ移動するその足取りからは、もう迷いは見られない。
位置についた彼は躊躇うことなく、1000年前にこの世界から失われた勇者召喚の魔力図を、眼前に広がる石畳の床一面を使って構築を始めた。
それは彼とその先祖が改良した、新しい勇者召喚の魔力図。
「勇者召喚の魔法が禁断魔法たる所以は単純じゃ。相手の意思を尊重しないというその1点に尽きるのじゃからな。ならば、召喚に応じる者だけを呼ぶようにすれば良いのじゃ。むろん、帰れぬことも含めてじゃがな」
空間転移魔法よりも複雑で大きな魔力図が淀みなく描かれていく。
ルーンゲルドの類稀なる魔力制御の精密さと、大容量の魔力に支えられた圧倒的な魔力圧を以ってすれば、いかなる魔力図もその構築に手間取る事はなかった。
それは特級魔法であっても変わらなかったが、構築にかかる魔力量が自力を遥かに越える膨大な量を必要とした。
その足らない魔力をルーンゲルドは箱に積み上げた魔核から補給しながら、巨大な魔力図を構築していく。
「じゃが、雑魚をいくら呼び寄せても魔力の無駄じゃ。勇者ダスティンの如き強者を選定する方法こそが肝要であり、難題じゃった」
代々続いた研究に於いて、その命題こそがずっと取り残されていたのである。