立ちいれぬ領域
ハンドルを握り、陰の濃い林道を走らせる。霧のせいでスピードは出せなかったが、軽口を飛ばしながら目的地に向かっていた。やがて霧は晴れてゆき、湖面を反射した光が、木々の間から射し込んでくる。
俺たちは二台の車に分乗して、湖畔のキャンプ場までやってきた。
シーズン真っ盛りだが、客の数は少なく、閑散としている。過去に事故や不審死が多発しており、悪魔の儀式がどうのこうのという不吉な噂がまことしやかに流れているせいで、人気のない穴場スポットになっていた。
大学生が夏季休暇を満喫するには、ちょうどよい場所だろう。
オカルトに興味のない人間としては、彼女といい雰囲気になれる予感しかない。
『魔の侵入を禁ずる』
キャンプ場の入口には、鳥居に似たアーチと、妙な看板があった。数か月前に変わったという新しいオーナーは、噂を逆手にとった工夫を凝らしているらしい。
山小屋づくりの事務所にいたのは、ピアスとタトゥーにまみれた女だった。血色の悪い肌と紫色の唇が病的な雰囲気を出しており、露出はあっても色気はない。退廃的なクラブか、廃墟と化した病院のほうが似合いそうな女だったが、事務手続きのほうは問題なかった。
人数分の御札を用意してあると告げられ、全員を呼ぶようにいわれた。
「予約では、五人だったよね?」
紫色のマニキュアで彩られた指先で、女が一枚ずつ御札をならべる。
「あと一人、どこ?」
女が指摘したとおり、俺たちは四人しかいなかった。
男四人と女が一人、五人で予定を組み、五人でここまで来たはずなのに、残り一人の姿が見あたらない。
彼女がどんな姿だったのかさえ、はっきりと思い出せない。
まるで夢でもみていたかのように。
「その御札、ここを出てからも持っておきなよ」
動揺につけこまれたのか、俺たちはひとりずつ御札を受けとり、代金として別途に一万円ずつ徴収された。
俺たちはレンタルのテントを設営したのち、バーベキューの準備を粛々とすすめた。キャンプ場にきた目的がなんだったのか、霧のなかにぼやけてしまい、誰もが無言で予定どおりの行動をとるしかなかった。肉を焼き、ビールを飲み、男しかいないのに馬鹿騒ぎにもならないという、異常事態がおこっていた。
しばらくして、500mlの缶ビールを飲みほした、連れの男がいった。
「おれの彼女だったはずなんだが……」
「はぁ?」
「ちょっとお前、いきなりなにいってんの?」
「妄想がひどいな」
俺たちは三人でそいつの勘違いを正そうとした。結果、いまひとつ記憶は曖昧ではあるが、彼女といい雰囲気になっていたのは自分であり、お前たちが一緒にキャンプ場にきたのは、自分との関係が周囲にバレて冷やかされないようにするためのカモフラージュにすぎないのだと、四人とも言い張った。
主張を繰り返すうちに思い出してきた。
俺たちは、彼女との関係を深めるためにキャンプ場まできたことを。
「このキャンプ場を選んだのは、彼女だったのに」
「おれも彼女に誘われたんだが?」
「俺もだ」
「お前らもか?」
「もしかして、おれたち四人とも、騙されていたのか?」
「えっ、四股?」
「くそっ、あの性悪女が!」
「小悪魔すぎるだろうがよぉ」
俺たちはアルコール飲料の缶を空けつづけた。
飲み食いをつづけるうちに、ふっと疑問が浮かんだ。
彼女はどこにいったのか?
彼女はほんとうに、ただの小悪魔だったのか?
彼女はなんのために、俺たちをキャンプ場に連れてきたのか?
「明日、ちゃんと帰れるよな?」
「…………おれ、街へもどったら、ガールズバーに行くんだ」
「正気か!?」
「勇者すぎるな。よし、おれもついていこう」
二日酔いが酷すぎて連泊することになったが、その翌日には問題なく日常にもどってきた。それから一週間は過ぎているが、俺たちはまだ、ガールズバーに足を踏みいれることができずにいた。