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Who am I...?

作者: トミネ

 貴方を始めて見付けたのは私だった。でも、貴方が欲したのは、もう一人の方だった。


 その日、身体の弱い妹の為に、私は国の薬師と共に森に材料を採りに行っていた。その森は隣国との国境であり、あまり近付く人が居ないのだけれど、薬草や他にも薬の材料は豊富な為、薬師や私はたまに来る場所だった。でもまさか、その日、隣国の騎士が集まった場面を目にするとは思ってもいなかった。驚く私に、薬師は


「警戒する事ではありません。中央を流れるこの川は流れが速く、馬で渡るのは不可能。泳ぐなんて以ての外で、橋もございません。弓を射れば当たる距離ですが、そんな事をすれば戦争になります。それに、人数も侵攻を考えた人数ではなく、雰囲気も穏やかです。恐らくは、あの子供の為に居るのではないでしょうか」


 と教えてくれた。物陰に隠れつつ、私は示された方を見ると、金色の髪の男の子が居た。騎士とは年齢が違う、私に近い様に見える子供だった。ハッキリとは見えなかったけれど、楽しそうな雰囲気は伝わってきた。もしかしたら、偉い人の子供なのかもしれない。そう思った。そして見つかる前に行きましょうと薬師に促されるまま、私はその場を後にした。

 その日から私はあのキラキラとした金色の髪の男の子の事が忘れられなかった。恐らく、一目惚れというやつだったのだろうと思う。別に金髪は珍しくもないのに、騎士に混じって楽しそうにしていたあの男の子が忘れられなかったのだから。でも、あれから何度か薬師について森に行ったけれど、彼を見かける事は無かった。その代わりというのか、妹は出歩けるまでに元気になった。私は男の子の事も気になったけれど、何より妹が元気になってくれた事が嬉しかった。

 妹は私と双子で、私が先に産まれたから妹なだけ。髪の色も瞳の色も同じ。家族ですら私達を見間違うほどそっくり。健康な姉と病弱な妹だったから分かり易かっただけで、それが無くなったら一緒なのだ。私の大好きな妹。半身。だから私が、本来は許されない事だったけれど、我儘を通して薬師と一緒に妹の為に材料を採りに行ったのだ。何とかしたかった。産まれてくる時、私は妹から健康を奪った。その丈夫さのお陰で、今まで一度も大きな病気に罹ったことが無い。だからせめてもの償いに、私が、何かしたかったのだ。だからお父様達に頭を下げて、ちゃんと自分の事が自分で出来る様になった四年前から、私は薬師について勉強していた。

 私は今年で10歳。妹も同じ。この国の成人は15歳だから、後五年ある。間に合って本当に良かった。子供として遊んでいられる時間が残っているのだ。ベッドの中でも勉強は出来た。妹は本を読んだり勉強したり、絵を描いたりは出来ていたけれど、外で遊ぶ事は出来なかった。だから私は元気になった妹と外で遊べる日が来た事が、本当に嬉しかったのだ。

 一番楽しかった事は、入れ替わって遊ぶ事。家族ですら私達を見間違うほどそっくりな人間が、一番やりたかった事なのだから、許して欲しい。惑わされる周りを見て、私達はお腹を抱えて笑った。令嬢としてあり得ない!とマナー講師やお母様には怒られたけれど、本当に楽しかったのだもの。私達は好き嫌い同じなんだから、同じ様にやって二人で同じ様に笑った。お陰で、私達のあだ名は双子の小悪魔になった。そこまでお転婆になったつもりは無かったし、やり過ぎたらちゃんと謝ったのに!と怒ったけれどそのあだ名は定着してしまった。納得がいかないと、私達は二人でずっと憤慨したわ。

 私達には兄が二人居る。上の兄と下の兄だ。上の兄はこの家を継ぐ事が決まっていて、私達の五つ上。下の兄はお父様の弟、叔父様の家に養子になっていて、私達の三つ上。我が家は伯爵位で、叔父様は侯爵位だから、下の兄の方が偉くなる。何故叔父様の方が偉いのか、それは叔父様の方が優秀で、お爺様が跡を継がせたから。我が家の伯爵位は、お母様の物。お父様は所謂婿。でも穏やかな性格のお父様はその事で誰も恨んでいないし、お母様もお父様の事が大好きだし、上の兄もこの家を継ぐ事を誇りに思っている。叔父様の家には女の子だけしか産まれず、下の兄は将来上の兄の助けになれるならばと、養子に行く事を了承したのだ。両親や上の兄は最後まで本当に良いのかと聞いていたけれど、下の兄は大丈夫だと言って10歳の時にこの家を出て行った。でも、私達は皆今でも仲良しだ。お爺様の事を兄二人は少し嫌っているけれど、こういう事は貴族の中では別に珍しい事でもない。でもお爺様自身は少し、否かなり将来の跡取りに嫌われて凹んでいるらしい。


 そんなある日の事。私達は隣国へ旅行に行く事になった。川を越えた隣の国。あの、金色の髪の男の子が居る国だった。その話を聞いた時、頭の片隅にあった記憶が思い起こされた。もしかしたら彼に会えるかもしれない、何故だかそう思った。彼の事は誰にも話した事はなかった。妹にすら。彼がどんな身分なのか分からないけれど、高鳴る胸を抑えられなかった。妹に訝しげに見られたけれど、隣国へ行けるなんて楽しみに決まっていると嘘と本音を入り混ぜて笑ってみせた。

 結論を言えば、会う事は出来なかった。当然である、星の数ほど居る人の中から、たった一人の人と会える確率は限りなく低いのだから。がっかりはしたけれど、彼の国を見る事が出来ただけでも、私は嬉しかった。そんな滞在三日目の夜、妹の様子がおかしくなった。明日帰る事になるのがつまらないのは分かる。でもそんな雰囲気ではなかった。どうしたのかと聞いても、誤魔化された。昼間一緒に居なかった時に、何かあったのか。一緒に居た筈の侍女に聞いても、首を振って困った顔をされるだけだった。こんな事になるなら、別行動なんかしないで一緒に行けば良かったと思ったくらい。でも、次の日の朝にはいつもの妹に戻っていた。本当に何でもないのだと、戻るのがつまらないと思っただけだったのだと、妹はそう言った。今迄嘘なんかつかれた事は無いから、きっと今回もその通りなのだろう。私もそう納得した。


 この時から、少しずつ私達の違いが出ていたのだと思う。


 妹は私と悪戯をする回数を減らしていった。母やマナー講師に怒られるのがいい加減嫌になってきた、と言って。それは私も思ったから、ちゃんとしたレディになれるように変わろうとした。でも、社交界にデビューする様になって、異性相手が面倒な時とかは、未だに成り代わりはやっている。お互いにメリットになるから。

 そんなある日の事、父が私を呼んだ。改まって呼ばれた事に、私は嫌な予感がした。案の定、縁談の話だった。しかも、相手は隣国の公爵家の嫡男。私を名指しで、どうしてもとの事だと言う。隣国の会ったこともない人に、名指しされるほど私は悪戯をしたのだろうかと一瞬思ったが、国を跨いだの結婚はこのご時世珍しい事ではあれど、ない事ではなかった。かなり寂しいけれど、仕方の無い事だと思う事にした。身分が上の人でもあるのだから、受ける事にしたのだ。

 私と入れ替わりで、妹もお父様に呼ばれた。妹も縁談が決まったのだろう。受けるのか否か、出て来たら話そう。そう思って外で待っていると、妹は泣きながら出てきた。驚いてどうしたのかと聞くと、縁談はこの国の第三王子からで、断るとかが出来ないと言う。凄い相手じゃないかと言えば、妹はますます泣いてしまい、嫌なのだとすぐに分かった。場所を私の部屋に移動して話を聞けば、妹には好きな人が居ると言う。私に言わなかったのは、私と好みが同じだから取られたくなかったからだと謝られた。そしてその彼とは文通をしており、想い合っていた、と。私は奪われると思って黙られていた事にショックを受けたが、何よりも妹には幸せになって欲しいという思いが優った為、その相手の名前を聞いた。


「…隣国の、アイル・ガーランド様」


 何という事だろうか、と私は再び驚いた。その名前は、私にとって衝撃的なものだった。ついさっき、お父様から聞かされた縁談相手だったからだ。でも少しおかしいと思った。だってお父様は言ったのだ、お前を名指しで、と。妹と想い合っているのなら、妹の名前を出す筈。まさかお父様が嘘を吐いたのか。私に縁談が無くて妹ばかりに来るのを哀れんで…とか?双子であり家族ですら間違えるほど似ている私達なら、どちらが嫁いでも一緒だろう、と?でも妹と想い合っている方へ妹を嫁がせた方が、幸せになれるのでは。病弱だったのは過去の話であり、今は走り回っても問題ない。隣国では遠く心配でも直ぐに行く事は出来ないから、代わりに王子にした?そんな事を考えるお父様だっただろうか。

 子供の頃、家族には妹を優先して欲しいと頼んだ事は確かにあった。健康を奪い取っていつも元気な私より、病弱でやりたい事もろくに出来ない妹を優先するのは当然だと思ったからだ。過保護とまでは行かなくても、私を含め家族は妹を中心としていた。妹が嫌がる事をするのだろうか。いや、お父様はそんな事をする人ではない。第三王子が何故妹を見初めたのかは、妹本人も分からないらしい。ならば、私のやる事は決まった。


「ねえ、貴女の二週間を私に頂戴?」


 それは私と妹が入れ替わる合言葉。いつもは貴女を頂戴と言うけれど、今回は一日やそこらで終われそうにない。だから二週間、本当はもう少し欲しいのだけれど、頑張るしかない。戸惑いつつも、妹は頷いてくれた。大丈夫、私は貴女の幸せの為に動くだけだから。そう思いを込めて、微笑んだ。


 先ず、私は第三王子に会いに行った。何故()なのでしょうか、と。()では駄目なのか、確認しに行ったのだ。すると、答えはノーだった。


()()()と比べ、我儘と聞く。顔はどちらも一緒だが、だったら性格が良い方が良いに決まっている」


 と言われた。つまりは馬鹿にされただけ。妹を性格が良いと言われた事は良いが、()()を馬鹿にされた事は許さなかった。私は、不敬とも取られかねないけれど、そのまま怒って失礼した。慌てた様子の第三王子が追いかけてきたけれど、それも無視して。後日、お詫びの手紙が届いたので、彼自身完全に悪い人では無いのだろう。取り敢えず、次である。

 次は私の方だ。お父様に相手に会いに行きたいと願い、そういう場を用意してもらった。場所は隣国、お父様とお母様と私の三人で相手の家に行った。私にとっては初めての対面である。何故妹と想い合っている癖に、私を名指ししたのか。それが知りたくて仕方なかった。でも、相手を見た時、私は固まってしまった。初めましてには間違いない。でも、私にとっては初めてでも少し違う。頭の片隅に居た、子供の頃見た金色の髪の色を持つ男の子だったのである。見間違う筈もない。遠くではあったが、私が一目惚れした相手だ。でも、何故私の名前を?妹と想い合っているのでは?疑問が更に疑問を生んだ。だから二人きりになった時、聞いたのだ。何故、()を望んだのか。


「あの日出逢った時からずっと貴女しか居ないと思っていた。そして手紙のやり取りでその想いは更に深まったんだ」


 成る程、と私は笑ってしまった。彼には当たり前だが()の記憶など無い。有るのは妹の記憶だけ。妹は初めて会った時からずっと、()としてやり取りしていたのだ、あの時の侍女を巻き込んで。お父様も私宛に来た手紙を見ている筈だから、今回私が喜ぶと思ったのだろうが、微妙な反応だった事に、大層疑問に思っただろう。手紙が私の所に来なかったのも、侍女が手を回していたに違いない。妹は何と馬鹿な真似をしたのか。初めから私の名前など名乗らず、堂々としていれば良かったのに。私の一目惚れ相手のこの彼は、何も間違えていない。心から妹を欲している。ならばどうしたものか。一番良いのは、私と妹が入れ替わること。でも、妹は本当は自分の名前を呼んで欲しい筈だ。言っていいものか。


 否だ。


 私が言ってはいけない。絶対に。幸か不幸か、彼は今、私を妹だと思っている。妹を嘘つきになんか、私がしてはいけない。愛する妹。大切な私の半身。


「アイル様、どうか幸せにして下さいませね」


 そう告げれば、勿論だと微笑んでくれた。抱き締められそうになったけれど、身を引いた。それは妹の為のものだ、私が受けてはいけない。微笑んで、まだ駄目ですと言ってやれば、彼は一瞬驚いて、はにかんだ。胸が痛い。でも、これが一番誰も傷つかない。私は遠くから見ただけ。私だけが知っていただけ。彼にしてみれば、それこそ寝耳に水だろう。私が想いを告げた所で答えは決まっているのだ、言う必要など無い。敢えて誰かを悪くする必要は無いのだ。

 私は家に戻って、その夜誰にも分からない様に泣いた。私の中で燻り潰えた恋は、呆気なく終わってしまった。


 妹には次の日告げた。貴女が隣国へ行きなさいと。私の相手がアイル・ガーランド様である事、会って話したら間違い無く私ではなく貴女を求めている事を。妹は驚き、そして私の名前を使っていた事を謝ってきたけれど、それについて私は提案をした。


「このまま、貴女は私として、私が貴女として縁談を受ければ良いのよ。私が私であると露見する事は出来ないけれど、貴女は違う。本当の名前で呼ばれたいだろうし、二人だけの時とかに呼んでもらえる様にしたら良いのではないかしら」


 と。彼にならちゃんと事情を話し、理解してもらう事は出来るだろう。だが、第三王子は違う。彼は性格の悪い姉ではなく妹が良いのだ。だから()である事は許されない。それに騙したとなれば、家族もただでは済まなくなる。家族は騙すつもりなんか微塵も無いが、私が騙す以上、結果的にそうなるのだから一連托生となる。だから私は死ぬ気で妹にならねばならない。

 私は今まで散々迷惑を掛けてきた。妹の健康を奪い、遊べる筈の時間を沢山奪った。我儘を言って両親や兄達を困らせてきた。侍女達もお転婆娘に沢山振り回されてきた。これからの時間、その恩を返す時間にしても良い筈だ。愛する人達が困る様な事はもうしない。

 妹は本当に良いのかと泣きながら訴えた。私は勿論だと笑った。けれど万が一の事を考えて、兄様達には話しておくことにした。案の定、伝えた時は渋い顔をして本気かと言われたけれど、絶対にヘマをしないと約束をした。兄達はお前も幸せになって貰わねば困ると言われたけれど、十分幸せだから大丈夫だと答えた。だって本心だったから。王家と繋がりを持てる事で我が家は強い後ろ盾を得る。大切な家族が幸せになるのだし、第三王子だって性格の良い妹となれば、少なくとも悪い様にはしないのだ。愛は無くとも貴族として幸せである。私は笑った。笑わねば、皆が勘違いする。私が無理をしていると。兄達は私を抱き締めてくれた。それで十分幸せだった。


 妹の結婚式の日、私は姉とも妹とも名乗らずニコニコとしていた。妹はとても綺麗だった。誰もが幸せな日。それは私にとっても。大切な半身と私の一目惚れ、初恋の相手が幸せそうにしている姿を、誰が悲しいと思うのか。これが終わったら半年後は自分の番。より一層笑わねば。


「妻として、夫人として、女主人としてやれる限りの事は、完璧に致します。なので、今後もしも本当に愛する方が出来たなら、その方をどうか大事にして下さい」


 嫁ぐ寸前で、私は第三王子殿下に頭を下げた。彼は王族としてでは無く、外交官となる事が決まっていた。つまり、殿下ではなく一貴族になるのである。忙しい仕事柄、家を空ける事も多くなるだろう。彼に恥をかかせるつもりは無い。そして、縛り付けるつもりも無い。最初に彼は言った。我儘の姉では無く、性格の良いお前()が良いと。だが、残念な事に此処に居るのは、我儘な姉(妹の振りした姉)。彼が望んだ女は、愛する人へと嫁いでいった。申し訳ない。嘘を吐いて、別人が居て、本当に申し訳ない。だからその償いに、性格の良い、従順な女となる。そして(偽物)では無く、ちゃんと本当の、本物の大切な相手を見付け、幸せになって欲しい。だって彼は手紙で謝ってくれた。決して貶すつもりは無かったと。双子の姉妹でも、貴女()が良いと言おうとしただけだったのだと。家族を悪く言って、比べてしまって申し訳ないと。彼は悪い人ではない。あの手紙で分かっている、女性に対し不器用なだけだと。だからその事はもう怒ってなどいない。失礼な相手だとは思っていない。私の言葉に彼は驚いた様子で未だ怒っているのかと聞かれたが、私は笑って否定した。謝罪は十分、寧ろそこまで考えて貰えて嬉しいのだと。けれどそれに対して、自分が返せるものが無いのだから、この言葉を受け入れて欲しいと、再度深く頭を下げた。


「……分かった」


 暫くの時間を経て、返事を貰えた。それで十分だった。


 私達の結婚生活はとても充実していたのだと思う。忙しい旦那様が不在の中でも、家の事や社交界の事は完璧にこなしたつもりだ。沢山の人にお褒めの言葉を頂いたりもしたから、間違っていない筈だ。子供も四人、女の子が二人と男の子が二人。順番は私達兄妹の逆で、女の子二人が先、男の子二人が後だ。双子は居ない。長女は賢く、将来は父と同じ外国との懸け橋になる様な仕事がしたいと、幼い頃から旦那様に付いてあちこち飛び回っており、一年前独立。女性として初めて役職を得て、今もあちこちの国から手紙が届くくらい充実した毎日を送っている様だ。次女は早々に相手を見付け、先日嫁いでいった。幼い頃一目惚れした相手で、それこそ初恋の相手だった。家格は下になるが、誠実な嫡男である事は家族付き合いでも分かっていたから、安心している。長男はこの家を継ぐ為、今尚勉強に励んでいる。外交官になる事はしないで、領地経営をする為今は任されている私が教えている最中だが、呑み込みが早いので此方も何の心配もしていない。次男は騎士になる予定で、今は騎士寮で日夜訓練で忙しい。怪我が付き物の為、親としては心配の極みであるが、本人は至ってケロリとして笑っているから、今は幸せであれば良いかと思っている。

 旦那様は、私の知る限り、一人の女性を隣国で囲っているらしい。らしい、というのは本人の口からではなく、使用人の噂話から、偶然聞いたものだから。もしかしたら長女は知っているのかもしれないが、彼女の口からも聞いた事は無い。勿論、他の子からも。そして私から聞く事も一切していないから、一度だけ聞いたその噂話だけでの判断になるけれど。私に似た人だと話していたけれど、妹以外に似た人が居るなら、一度見てみみたいと思ったのが、その時の感想だった。けれど噂話はそれきり聞いた事が無いし、そもそもその使用人も、私が聞いていたとは知らない筈だ。でも、それでいい。旦那様も幸せであるならば。


 数年後、長男が結婚し、その相手にこの家の女主人としての在り方を叩き込んだ。長男も完全に領地に仕事を覚え、旦那様に家督を相続された後、私は田舎に在る別宅へ移り住んだ。次男も一年前結婚し、家を出ている。長女も外国の人と結婚した。仕事柄滅多に会えなかったが、今はお腹に子供が居る。生まれれば会いに行くと言ってくれているから、楽しみにしている。次女には既に二人の子供が居るが、やんちゃな男の子二人で振り回されている様だ。何とも微笑ましいと思ってしまう。旦那様も未だ仕事をされている。殆どは任せている様だが、後継者達が未だ完全に引き継げていないらしい。それでもそれを遣り甲斐と感じている様子は見て取れるから、きっと楽しくて仕方がないのだと思う。

 こんな幸せの中で、唯一の心残りは、私の半身、妹の事。家族とは手紙をよく遣り取りしていた。兄達も其々家庭を持って、その子供達が後を継いでいる。私の両親も未だ健在で、ひ孫達が可愛くて仕方が無い様子だ。それなのに、妹からだけは、ある日ぱったりと手紙が来なくなったのだ。死んだ知らせは聞かないし、家族も誰もがいつも通りだから、何かあったわけでは無い筈なのだが。あまりにしつこく連絡をするのも迷惑かもしれないと、此方からは月に一度手紙を送っている。どうしたのかと聞く事は、ここ何年はもうしていない。こんな事が有った、幸せにしていると、当たり障りのない内容に従事している。何か怒らせるような内容を書き、不愉快に思い、捨てているのかもしれない。そう思ったら、本当はその内容を聞き、謝りたかったけれど、それすら鬱陶しいと感じているかもしれない。でも、返事が無い以上、どうする事も出来ない。嫌われてしまったのなら悲しいが、返事が来なくても構わない内容、捨てられても困らない内容にしようと思い立ち、現状報告をする内容に変えた。何か万が一が有っても、それを読めば帳尻が会わせられる様に。書く事で気をつけていることは、互いの名前を書かない事。それこそ万が一、誰かに見られても大丈夫な様に。

 欲を言えば、会いに行きたい。でも許されないのだ、分かっている。私は死ぬまで、完璧でいなければならないから。今、妹を愛する彼を見ても、心は何とも思わない。だって私の心の中には、沢山の愛おしい存在が居るから。子供、孫、友人、家族、そして旦那様。初恋は実る方が稀なのだ。そして私の様な貴族は特に。私の周りには稀な筈のケースが多い気がするけれど、それもきっと珍しいケースなのだと思っている。後から愛おしく思う事が悪い事ではないと知っているから、そっちのケースも未だ現在進行形で主流なのだし。その主流に、私も乗る事が出来たのは僥倖だった。そのお陰で、幸せが増えたのは間違いないのだから。旦那様が囲っていると言う隣国の女性も、出来れば幸せであって欲しい。旦那様はあまり外国へ行かなくなってしまったから、寂しい思いをしているに違いないのだ。手紙を書いて、此方に来ませんか?という事も出来ない。妹とは違う、もどかしさを味わう事になるなんて思わなかった。それとも、別れてしまったのだろうか。ああ、気になる。でもどうしようも出来ない。


 長女の子を抱いてから一年後、私は心の臓を患った。本当は数年前から異変はあった。突然乱れる鼓動と共に胸が苦しくなるのだ。でもほんの数秒、長くても一分も満たない時間だったから、誰にも露見する事は無かったし、私も何かおかしいのだろう程度に軽く考えていた。いずれはもっと酷くなるかもしれないが、それがどれだけ先かは分からないのだし、何より直ぐに治まるのだし、と。けれどそれは意外にも早く来てしまった。それが来て、あ、来ちゃったと思った。今なんだ、って。でも意外と思い残す事って少ないのだ。妹や愛人様の事は、私が諦めれば良いだけだし…息子達の孫が見られなかった事くらいか。否、未だこれは会えるかもしれない。いつ死ぬか分からないのだから、希望は未だある。でも旦那様には、私が早く死んだ方が解放されるのも早くなる気がする。愛人様を呼ぶのも、彼女の元に行くのも、私が居るから気を使って出来ないのだろうと思うし。私の物は、全て子供達にあげよう。其々のお嫁ちゃんにあげてもいい。貰ってくれるのならば、だけれど。愛人様に残すのもいい。ああでも、妹とお揃いの物は死んだ時に一緒に埋葬してもらおう。子供達や他の人達からしたら、絶対に要らない物でしょうから。




 ~ 旦那様へ


 貴方様には心から感謝しております。私に愛おしい存在を下さった貴方様を。

 ライラ、リエラ、ルイス、レイドの四人。そして其々が愛し、育んだ家族。何より、貴方様の存在です。

 ですから、どうか、私が死んだ後は、貴方様の思う様に生きて下さいませ。

 隣国に居ると言う愛おしい方の所へ行くも良し、呼び寄せるも良し。

 ずっと申し訳ないと思っておりました。貴方様を縛り付けてしまっているのでは、と。

 結婚当初にしたお約束を、覚えておいででしょうか。誰か愛する方が出来たら、その方を大事にして下さいと申したそのお約束です。

 貴方様はとてもお優しい方です。私に気を使い、その方を隠しておられたのでしょう?

 申し訳ございませんでした、本当は気付いているから気にしなくて良いと、早くに言えれば良かったのですが、子供達が未だ成人しておらず、言い出せませんでした。

 その後も何度か言おうとは思っていたのですが、何故か言えなかったのです。本当にごめんなさい。

 私の方から言ったと言うのに、優柔不断だなんて最低でした。本当に反省しております。

 遅くなり、大変申し訳ございませんでした。ですからどうか、私の事はお忘れになり、残りの時間はご自身の為に使って下さいませ。

 子供達は十分立派になりました。何処に出しても恥ずかしくない、其々立派な大人です。

 娘達は母でもあります。息子達もいずれ貴方様の様な、子供達に誇れる父になる事でしょう。

 孫達もきっと良き両親の元、素敵な大人になって行く事でしょう。私達が心配する必要は、もう無いのです。

 ですから誰も、貴方様が幸せに成る事を、咎める人は居りません。

 どうか、愛おしい貴方様の残りの余生が、心から幸せにあります様、あの世から願っております。

 私は貴方様と結婚出来た事、愛した事、子供達に出会えたこと…心から幸せな人生でございました。

 懺悔したい事は他にも山ほど御座いますが、これから幸せに成る方の人生には不要だと思いますので、全て墓の中に持って行きます。

 心から愛を込めて。


 ~

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