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VRゲーマーお嬢様はeスポーツ動画配信でご飯が食べたい  作者: 五月晴くく
Playlist04 わたくし、夏休みをエンジョイいたしますの ~お泊り会編~
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1本目 私の日常



 VRレースゲームと現実のレースの一番大きな違いは何だろうか。

 

 だれでも楽しめること?

 事故で怪我をしないこと?

 いつでもプレイできること?

 ピットインで失敗しないこと?


 VRレースゲームをeスポーツとしてではなくアミューズメントの一種として見るならば、これらのどれもが正しいのだろう。

 けれどもeスポーツとして捉えるならば、ことリアル系VRレースゲーム――通称eモータースポーツにおいてはこのどれもが本質ではないと私は断言できる。


 怪我をしないからと言って雑な運転をすればどんどん敵に抜かれていくし、それで少しでもヘマをすれば大幅なタイムダウンにつながる。それに、雑な運転で負荷をかければ平気で車体が故障する。現実と同じく故障や損耗を防ぐように負荷を抑える走りをするのは当たり前だ。

 ゲームのピットインの時間と現実のピットインに大差はない。結局現実のピットインも人間のできる最高効率で行われるからだ。


 結局のところ、現実におけるレースはレースという枠組みの限界ギリギリで繰り広げられていて、ゲームに落とし込んだところでその限界を大きく超えることは難しいのである。


 それでは、これらよりも大きな違いとはなにか。

 もっと言えば、なにがeスポーツVRレースゲームを()()くさせるのか。


 その正体の一つは時間だ。もっと言えば、VR特有の時間の引き伸ばしによって生まれた駆け引きの激しさだ。

 VRゲーム特有の、状況を知覚し思考して操作に繋げるまでのラグの無さ、それから体感型VRゲームにおける想いの力による思考速度の増加など、時間に関する要因が複合的に混ざり合い、一瞬の駆け引きを現実のレースよりも遥かに複雑で激しくしている。


 傍目から見れば一瞬、けれども当のプレイヤーたちから見ればいくつものステップを踏んでその動きに繋がっているのだ。

 研ぎ澄まされたプレイヤーたちのムーブが織り成すめくるめく戦略の(あや)こそ、eスポーツVRレースゲームの魅力の一つなのだ。


 熟練のプレイヤーが見れば、その戦略を想像して楽しむことができるだろう。けれども一般の観戦者からすると、理解するにはやはり難しい部分がある。

 そこで実況と解説が現れるのだ。eスポーツの発展において一つ大きな要素に、試合の面白さを伝える実況・解説の存在があった。

 ここが面白い、ここがすごい、こんな戦略だからこんな動きをしていると言ったことを観戦者に教える実況・解説の力あってこそ、eスポーツの面白さは観戦者に伝わるのである。


 私たち、いわゆる熟練のプレイヤーからすれば、実況解説の存在は特に関係がないが。

 当たり前だ。相手の思考を、戦略を、自分から考えようとしないプレイヤーは、すぐに前線から脱落する。


「仕掛ける……いえ、今はまだ仕掛けない。あなたのライン取りの癖はだいぶ見えています。でも、タイミングがまだ見えてこない」


 前方を走る車両に乗ったプレイヤーの思考を()()する。コース取り――すなわちラインの癖は大方(おおかた)掴んできた。


 前方のプレイヤーが的確なブロックラインを敷いてくる以上、インコースを狙うのは現状困難だ。さすが国内トップ大会の予選、前方のプレイヤーがコーナーへの侵入を甘くする様子もない。


 何度かブレーキを遅らせてアウトから並びに行くのを狙ったが、それがうまく行く気配はない。今は予選だからタイムを早くすることを考えるべき場面であるし、一位争いの一対一だからこそラップタイムを伸ばすべきだとは思うのだが、前を行く車両は何を警戒してかこちらへの対策を念入りに行い、抜かれないようにしているように見える。


Shingetsu(シンゲツ)、コンディションはどうだ」


 コーチング席にいる相方から無線が届く。そろそろ最終フェーズだから、それに向けての通信だろう。すぐさま返答する。


「何度か仕掛けてタイヤを損耗しましたけれど、他は悪くはないです。どこかのストレートで仕掛けたい感じかと」

「オーケー。次のストレートで仕掛けろ。ラインの癖は覚えたな?」

「ええ、ばっちり。そちらからアドバイスは?」

「これまでの試合の情報からだが、コーナーの読み合いは得意だがストレートはそこまで得意じゃないプレイヤーだ。相手の損耗からしても、ラインを追えればお前なら抜ける」

「ラジャー。任せてください」

「ああ、グッドラック」


 eスポーツゆえの特徴はもう一つある。それは戦略の組みやすさだ。タイヤや燃料、車体の耐久がデータとして可視化されることによる情報の透明性は、深い戦略性へとダイレクトにつながっている。


 私がコーナーで何度か勝負を仕掛けていることから、ストレートをメインとしたバトルが発生した際に多少の思考の隙ができる可能性が高い。

 車体のコンディションを見ればこちらの方がやや有利と予想される。私の車の損耗を考えれば、次のストレートから始まるバトルが五分五分以上のコンディションで挑めるラスト勝負。

 ここで抜ききれば予選Cレース一位だ。現状のタイムについて相方から忠告がなかったことから、今のままでも文句なしの本戦進出であることに間違いはないだろう。

 けれども、私はプロとしてのプライドがある。ここで負けるわけには行かない。


「行きますよ……!」


 テールトゥノーズ――敵のすぐ後ろに接近しスリップストリームを狙う。ここからがバトル本番だ。




++++ ++++



 お泊まり会の集合場所である空港のラウンジへと到着すると、すでに他の三人は到着して談笑しているところだった。九条院(くじょういん)さんがいち早くこちらに気づく。


不知火(しらぬい)様、お久しぶりですわね」

「お久しぶりです。皆様とお会いできて嬉しいですわ」

「関西の方へ会社関係のご訪問に行っていらしたのでしたっけ?」

「まあ、一応そうですわね」


 祖父の会社――SHIRANUI自動車の関係で関西に行ったというのは間違いではない。


 ただそれが本業の自動車製造業に関してではなく、SHIRANUI自動車が保有するeスポーツチームのメンバーとして大会に出場していたというだけで。


「浮かない顔をしていますわね。長旅でお疲れかしら?」


 こういうときに察しが良いのが夕凪さんだ。久しぶりだというのに私の些細な表情の変化を見て取ったらしい。


「いえ、まあ訪問先で少し残念なことがございまして、思い出しておりました」

「そうなのですわね。でしたら今だけは忘れてリフレッシュいたしましょう!」


 夕凪さんの前向きさに当てられて、私も悔しかったことは一旦忘れようと心に念じる。けれどもやっぱり、どこかに抑えきれない悔しさが残っている。


 予選レース自体は問題なく突破できたし、チームメンバーも相方も「気にするなよ」「よくやった」と温かい言葉をかけてくれた。


 けれどもプロゲーマーとして、あの状況は絶対に抜かなくてはならなかった。

 前を走っていた相手はプロではないアマチュアチームだったし、プロゲーマーの、いや、私自身の誇りとして勝たなくてはいけない勝負だった。車体のコンディション的にも、勝てたはずの勝負だったのだ。


「そろそろ飛行機の時間ですし、行きますわよ」


 九条院さんの言葉に従って、私たちはラウンジを歩き始める。家族と空港を利用するときに使うVIPラウンジではなく、一般向けのラウンジだ。九条院さんと夕凪さんの希望らしい。お互い理由は違うのだろうがなんとも彼女たちらしい希望だ。


 私は数日前の予選の記憶を振り切るために頭を振って頬を叩く。


 よし、今は友人とのつかの間の休息を楽しもう。




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